第53話 強欲に落ちる

 デッドフォレスト領の領主、ルドルフ・ガーバレスト子爵が遅い朝食を取っていると、食堂の扉が勢いよく開いて、息子のアルフレッドが入ってきた。

 アルフレッドの顔は酷く腫れ上がっており、彼の顔を見たルドルフは驚いて、口に入れたばかりの食べ物をポロリと落とした。


「父上‼」


 食堂に入ってきたアルフレッドは、ツカツカとルドルフに近づくと、激しく食卓を叩いて身を乗り出してきた。


「ア、アルフレッド、一体その顔はどうした⁉」

「例の薬の出処が分かりました」


 アルフレッドはルドルフの質問に答えず、成果だけを口にした。

 例の薬とは、この3年ぐらい前から領内で出回っている回復量の高い治療薬の事で、彼は父親に命じられて薬の出どころを探していた。


「おお、見つかったか! それでその薬は?」

「薬はデッドフォレストの入口の村の村長が、奈落の魔女から買っていたみたいです」

「な、奈落の魔女だと‼」


 ルドルフは、奈落の魔女が3年前から森で暮らしている事を、去年死んだ父親から聞いていた。

 父親は奈落の魔女と交渉して、お互いに不干渉でいる約束を交わしたらしい。

 それでルドルフも奈落の魔女を放っておいたのだが、まさかアルフレッドの口から、彼女の名前が出るとは思ってもいなかった。


「そ、それで、まさか、奈落の魔女には手を出してないだろうな」

「見てくださいこの顔! 奈落の魔女にやられました‼」


 そう言ってアルフレッドが自分の顔を指す。

 アルフレッドは奈落の魔女にやられたと言うが、そもそもカールの邪魔をした彼に問題があるし、その場には彼女は居ない。

 しかも、ルディたちは奈落の魔女のところに行くとは言っても、彼女の仲間だとは一言も言っていない。

 だが、アルフレッドは自分に手を出したルディの行為を許せず、彼の頭の中では、全て奈落の魔女が悪いとシナリオを作っていた。


「アルフレッド。やり返したい気持ちは分かるが、奈落の魔女には手を出すな」

「何故です! 貴族が多くの者が見ている前で侮辱されたんですよ! このまま舐められたら、ガーバレスト家の矜持が落ちます」


 大声で怒鳴り返すアルフレッドに、ルドルフも頭に血が上ったのか、食卓を強く叩きつけた。


「それでもダメだ! お前も知っているだろ、ローランドの悪夢を!」


 それを聞いて、アルフレッドが鼻で笑い返した。


「父上もあれが本当だと思っているのですか? 魔女がたった一人で大国の軍隊が壊滅したなど。しかも、その軍隊は魔術師を含めた3000人の精鋭ぞろいだと言うではないですか。とてもじゃないですが、私には信じられません」

「お前の言う通り儂も信じておらん。だが、それだけの噂が広まるぐらい、奈落の魔女は危険だと言う事だ!」


 ルドルフはそう結論付けると、アルフレッドに向かって手を払い出て行けと促す。だが、アルフレッドは出て行こうとせず、逆に近付いて父親の耳元で囁いた。


「父上、あの薬は大金になりますよ」


 その言葉に、ルドルフの動きがピクリと止まった。


「……真か?」

「商人から聞いた話だと、1本の末端価格は金貨80枚になるそうです」


 金貨80枚は二つの村の1年分の税収と匹敵する価値があった。


「それほどか⁉」


 金に強欲なルドルフが悩む。


「もし、奈落の魔女を捕まえて作らせれば、大金が手に入ります。それに、彼女自身も1000万の賞金首です、役に立たなくなったら殺せば良い」


 アルフレッドも父親が金に強欲な事を知っており、甘い言葉で誘惑する。その結果、ルドルフが欲望に負けて落ちた。


「……分かった。お前に500の兵士を渡す。必ず奈落の魔女を捕まえろ」

「分かりました」


 ルドルフに頷くアルフレッドの目は、復讐に燃えていた。




 昼前にマナの回復薬の実験に使う素材が切れて、ルディは外のガーデニングから実験素材を採取していた。

 すると、ソラリスたちを乗せたエアロバイクが森から姿を現した。


「到着しました」

「……森の中にこんな豪華な家があるのか!?」

「これ全部丸太? 建築技術が凄いんだけど!」


 ドミニクとションがナオミの家に驚いていると、ルディが近寄ってソラリスに話し掛けた。


「エアロバイクを使ったにしては遅かったです。それと、その服はなんですか?」


 ソラリスの着ているションの服を見て、ルディが質問する。


「襲撃に遭って遅くなりました。この服はション様からお借りしております」

「……そうですか」


 ルディがソラリスの顔をジーッと見つめる。


「なんか昨日と少し違う気がするけど、気のせいですか?」

「…………?」


 ルディからジロジロと見つめられても、ソラリスが平然とする。

 顔は美人だけど、何を考えているのか分からない無表情。

 だが、ルディは昨日までと何かが違う気がした。


「兄さん‼」


 家の玄関が勢いよく開いてフランツが現れると、ドミニクとションに走り寄ってきた。


「フランツ!」

「フランツ、父さんと母さんは?」


 ドミニクとションが緊迫した様子で、フランツに質問する。


「母さんは無事だよ。父さんは昨日一睡もしてなかったkら、今は寝てる」

「そうか…母さん助かったのか……良かった」

「一時は覚悟したが、無事で良かった」


 ずっと母親のニーナの容態を心配していたドミニクとションは、フランツの報告を聞いて、体が崩れそうになるぐらい安堵した。


「うん、ギリギリだったみたい。ルディ君が助けてくれたんだ」


 フランツの話を聞いて、ドミニクとションがルディの方へ顔を向けた。


「ルディだったな。昨日は時間がなかったけど、改めて礼を言う。母さんを助けてくれてありがとう」


 ドミニクが頭を下げると、ションとフランツも一緒に頭を下げた。


「礼を言うのは、ニーナの病気が治ってから言やがれです」


 ルディはそう言い返すと、照れくさそうにそっぽを向いた。

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