第49話 イージーライフの条件

 ルディたちがほうフォーを平らげた後、フランツが自ら手を上げて、食器を洗うと言いだした。

 ルディは家の物に触れさせたくなかったが、二人の前でドローンを出すわけにもいかず、食器洗いを任せる事にした。


 フランツは蛇口を捻るだけで、水どころかお湯まで出る事に驚き、食器洗い洗剤の効果にも驚いていた。

 実は自動洗浄機があるから、本当は手で洗う必要などない。しかし、自動洗浄機はオーバーテクノロジーなので、フランツには秘密。

 ルディは「ごめんフランツ」と心の中で謝った。


 フランツに洗いものを任せた三人は、リビングのソファーに座って今夜の部屋割りについて相談していた。


「フランツは1階の客室を使う事にして、お前は地下で良いんだな」

「ああ。できればニーナの側に居てやりたい」

「ルディもそれで良いか?」

「他の部屋ロックしとくです。毛布貸すから好きに寝ろですよ」


 ルディが承諾すると、カールが頭を下げた。


「本当にルディ君には何から何まで世話になる」

「秘密守れば何も言わんですよ。それと、全部ししょーの魔法です」

「おい!」


 ルディの返答に思わずナオミがツッコむが、彼は平然とした様子で頭を左右に振った。


「そういう事なのです」


 ルディの返答にナオミは「私に衣食住を提供するのは、こういう事なんだろう」と、考えてため息を吐いた。


「私を隠れ蓑にするのも限界があるからな」

「もちろん承知です」


 頷くルディだが、話を聞いていたカールは、もう無理じゃないかと思っていた。




 食器を洗い終えたフランツがリビングに戻ると、話の話題が村での出来事に変わった。


「アルフレッドか……」


 カールの話にナオミが顔をしかめた。


「知ってるのか?」

「そいつの親父はこの森を含めたデッドフォレストの領主だから、そりゃ知ってるさ。アルフレッドとは一度も会ってないが、父親に似て傲慢で我儘、傍若無人な性格だとは聞いている」

「その話は事実だな。俺もあの時、ニーナを抱えてなかったら何かしてたぜ」

「何かとは何だ」


 カールの冗談にナオミがツッコんで笑った。


「先代の領主とは、森に入る前に一度だけ面識があるんだ」

「その人はどんな人だったんですか?」

「貴族にしてはまともな人間だったぞ。子育てには失敗したみたいだがな」


 ナオミはフランツの質問に答えると、肩を竦めて話を続ける。


「その爺さんが死んだのが1年ぐらい前だったかな。代が変わってから税金がすごく上がったらしい。まあ、私は一度も払った事などないけど」

「さすがししょーです!」

「え、今の褒めるところ?」


 ルディがナオミを褒めて、褒める理由が分からないフランツが首を傾げた。


「フランツ、何言ってろですか。税金払わぬなんて夢みてーなイージーライフですよ!」

「……はぁ」


 力説するルディにフランツが引き、ナオミとカールが笑い転げていた。


「俺の予想だが、あのアルフレッドってガキが、このまま引っこむとは思えない」


 笑っていたカールが真剣な表情に戻す。

 ナオミがソファーにもたれ掛かって頬杖をついた。


「面倒な事になりそうだ……」


 ナオミが呆れていると、玄関の扉がバタンと開き、ソラリスが家に入ってきた。




「ただいま戻りました」

「ソラリス? 戻るのは2日後と言ってなかったか?」

「はい。今は補給物資を取りにきただけでございます」


 ナオミの質問にソラリスは答えると、そそくさと奥の地下室へ向かった。


「補給物資とは何だ?」

「……さあ?」


 カールの問いにナオミが首を傾げている。

 フランツがそれどころじゃないと口を開いた。


「それより兄さんたちはどうなったの?」

「確かにそうだな。俺の子供だから、簡単に死なないと思うが気にはなる」


 三人がドミニクとションを心配している間、ルディは会話に混ざらず、ハルから入ってきた緊急の報告に耳を傾けていた。


『……という状況です』

『そのアルフレッドってのは本当にクズだな。普通、腹いせに人を殺すか?』

『人間の心理はデータでしか知りません。だけど、彼の行動は銀河帝国だと間違いなく10年以上の労役刑になります』

『この星は法権外だから、そんなのどうでもいいよ。それより、そいつが急いでいる理由だ』

『音声までは分かりませんが、行き先は方角からしてこの近辺で一番の都市になります』

『都市ね。人口はどの程度だ?』

『約1万人と予測』

『……少くねえ』

『この星ではそれなりに人口密度が多い方です』

『ああ、そうだな。領主の息子だし、どうせ親父にでも泣き付くんだろう。まあいい、何かあったら報告してくれ』

『イエス、マスター』


 ハルとの会話で、ルディもナオミと同じく面倒になると考えた。




 しばらくして、ソラリスが袋を背負って戻ってきた。


「ソラリス、どうしてお前だけ戻ってきた。助けに行ったカールの息子たちはどうした。そして、その荷物は何だ?」


 ナオミが立て続けに質問すると、ソラリスが足を止めた。


「今は急いでいますので簡潔にお答えします。ドミニク様とション様はここから60Km離れた場所で休憩されてますが、現在補給不足により活動を停止しています。私がここに来たのは補給物資の確保、そしてこの袋の中身が補給物資になります」

「だからお前は頭かてーと言っているです。回収しか考えねぇで、水と食料忘れるとかバカですか」


 ソラリスの話を聞いていたルディは、ため息を吐くと、話に割り込んできた。


「ルディ、忘れたわけではございません。任務内容から不要だと判断しただけです」

「感情、時として柔軟な発想産めですよ。どうせまた走って戻るつもりだろです。ここまで来た、だったらエアロバイク使って運べです」

「エアロバイクは2人乗りでございます」

「頭かてーよ。エアロバイク無理すれば3人乗れるです。僕がカールとニーナ連れてくる、お前も見ただろです」


 そうルディが言うと、ソラリスは思考してから頷いた。


「……確かにその通りでございます」

「もういいから、早よ行けです」

「わかりました。では失礼します」


 ソラリスは一礼すると、背負った袋を置いて家から出て行こうとする。


「まてーいです!」


 が、それをルディが呼び止めた。


「……まだ何か?」

「何かじゃねーですよ。何で補給物資を置いてくですか?」

「エアロバイクで搬送するなら不要では?」


 その言い返しに、ルディは何度目かのため息を吐いた。


「お前は優しさがねえですよ。向こうは腹空かせて待ってやがるんだから、そいつは持ってけです」

「……分かりました。では今度こそ本当に失礼します」


 ソラリスはそう言うと、背負い袋を拾って今度こそ本当に家を出て行った。




「ルディ君。ちょっと今のは言い過ぎじゃないかな?」


 会話を聞いていたフランツが話し掛けると、ルディが頭を左右に振った。


「アイツ、感情ねーから怒る事できねえですよ」

「感情がない?」

「アイツが望んだ結果よ。これ以上は言えぬです。本当にアイツはバカです」


 そう言い放つルディだが、その顔は何処か悔し気だった。


「はぁ……」


 何も言わなくなったルディに、フランツとカールがナオミに説明を求める。だが、彼女も頭を左右に振るだけで、諦めた様子だった。

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