第37話 カールとフランツ

 二人の親子が森の中の道なき道を歩いていた。


 一人は年配の男性で名前はカール。

 眼光の鋭い男性的な顔に無精髭を若干生やし、風貌は歴戦の戦士を感じさせる。黒い皮の服を着ていて、背中には大剣を背負っていた。


 もう一人は十代前半ぐらいの少年、フランツ。

 優し気な顔つきの少年で、青い目からは知性的な雰囲気が感じられる。

 彼は水色の麻のローブを着ており、身長と同じぐらいの杖を持っていた。


 カールはニーナという奥さんと、子供3人を持つ5人家族。フランツはその末っ子だった。

 カールの家族は全員が冒険者で、本当ならば貴重な素材を落とす魔獣の討伐依頼を受けていた。だが、魔獣の目撃情報があった魔の森の入口の村で突然ニーナが病気に倒れて、宿屋で休ませることにした。


 都会から遠く辺境の村では医者も居らず、苦しんでいるニーナを宿屋で休ませていると、村の村長から森で暮らしている奈落の魔女へ、手紙を届けて欲しいと頼まれた。

 奈落の魔女と面識のあったカールは、医療の知識のある彼女ならニーナの病も治せると考え、村長の依頼を快く引き受けた。

 ただ、ニーナの看病もしなければいけないので、腕の立つ長男と回復魔法を使える次男を残して、自分とフランツだけで奈落の魔女の棲む森へと向かっていた。


「フランツ、この方向で間違いないんだな」


 先頭を歩くカールが振り向いて尋ねると、彼の後を歩いていたフランツが顔を上げた。


「うん。貰った地図だと、方向だけは合ってる」

「方向だけかよ!」

「仕方がないよ。だって、道が無いんだもん」

「……まあな」


 カールが前を向いて、道なき道を塞ぐ草木にため息を吐く。

 夏になる前の季節は植物が成長する季節でもあり、本来ならあるはずの道は茂った雑草で見えなくなっていた。


「でも父さん。本当にこんな場所に奈落の魔女が住んでるの?」


 フランツがこんな場所と言うのも訳がある。

 この森は古くから強い魔獣が住む森と恐れられていた。その代表が宇宙船ビアンカ・フレアの中に居た斑。そして、ルディがこの星に降りた時に襲ってきたドラゴン。

 最近では、復讐のために多くの人間を殺してきた奈落の魔女も、恐怖の対象に含まれている。


「知らん。依頼主が居ると言ってんだから、行くしかないだろう」

「父さんと母さんは奈落の魔女と一緒に組んで、戦った事があるんだよね?」

「昔、少しだけな」

「どんな人だった?」

「俺が知る限り、魔法使いとして最強だが、アレはあだ名の通り奈落に落ちている」

「相手がローランド人だったら、女子供でも殺すんだっけ?」

「それは噂で事実は分からん。だが俺が知る限り、アイツが無抵抗の人間を殺したのを見た事はない」

「ローランドに滅ぼされたフロートリアの姫だって噂もあるね。実際にローランドから賞金が……あっ」


 前を進みながらも会話をしていた2人だが、途中でフランツが強力な結界の気配を感じた。


「どうした?」


 カールが振り返ると、フランツが難し気な表情で魔法を唱えていたが、唱え終わるとどこか諦めた様子で頭を横に振った。


「強力な結界を感じて調べようとしたけど、少ししか分からなかった。多分このまま進んだら、気づかない内に向きを変えられて迷子になると思う」

「……なるほど。つまり俺たちは無事に到着したんだな」

「うん。おそらくこの先に奈落の魔女が住んでいる」

「じゃあコイツの出番だ」


 カールはそう言うと、村長から預かった鍵を懐から取り出した。


「さて、本当に道が出来るのか楽しみだ」


 村長から聞いた使い方通りに、カールが鍵を地面に刺したが何も起こらず首を傾げた。


「ん? 使い方を間違えたか?」


 訝しんでいたカールだったが、しばらくすると鍵を刺した地面が光り始めた。

 光はそのまま地面を前へ進み、やがて一本の光る道ができた。


「こいつはすげえな。どんな魔法だ?」


 魔法が苦手なカールが光の道に驚く後ろでは、カール以上にフランツが驚いていた。


「父さん。これ、本当に凄い魔法だよ」

「そうなのか?」

「領域を指定して地面に刺さないと発動しない条件、そして、結界を解除せずに光で道を出す……こんな複雑な魔法を小さな鍵1つに封じ込めるなんて普通出来ないよ」

「まあ、奈落だからな」


 カールの返答に、フランツが目を丸くする。


「その一言で片付いちゃうの?」

「アイツ、1発の魔法で1000人以上の人間を焼き殺すぞ」

「……魔法は凄いけど、それ以上に1000人を一度に殺せる精神が怖いね」

「だから奈落に落ちてるのさ。さて、この光がいつまで持つか分からん。先に進むぞ」

「分かった」


 カールとフランツは会話を終わらせると、光る地面に沿って歩き始めた。




「……来客か」


 スマートフォンから流れる音楽を聴きながら魔法薬を調合していたナオミは、知り合いの村長に渡していた鍵が発動したのに気づいて顔を上げた。


「しばらく行ってなかったから、生きてるか確かめに来たんだろうな」


 ルディと会うまでのナオミは、貯蓄の食料がなくなると、森の入口の名もなき村で食料を調達していた。

 今までは火傷の顔と賞金首な事もあって、ナオミが夜中に村に赴いてこっそり受け取っていたのだが、今年はルディが来たから全く村へは行かず、その事すらもすっかり忘れていた。


 作業を中断してナオミがリビングに行くと、ルディとソラリスが向かい合ってチェスをしていた。

 ルディはソラリスを嫌っている感じだが、午前中は格闘訓練、午後はマナ回復薬の研究、夕方は料理を一緒に作る。

 何時も行動を共にしていて、実は仲が良いんじゃないかとナオミは疑っていた。


「そこにナイトを置くですか……」

「最短、後19手でチェックメイトです」

「……待って欲しいです」

「時間の無駄です。おつかれさまでした」


 待って欲しいと懇願するルディを無視して、ソラリスが片づけを始めた。


「……冷酷な女です。それでも育児アンドロイドですか?」

「筐体は『何でもお任せ春子さん』なので育児アンドロイドですが、中身は軍用AIなので、イエス・ノーで答えるならばノーです。ただし、育児プログラムはアンインストールしてませんので、子供相手に愛想を浮かべる演技はできます。お望みなら笑いましょうか?」

「上っ面だけ笑われても不気味です」

「ならこのままで。私は掃除の仕事があるので失礼します」


 ごめん。そんなに仲は良くないかも……。二人の様子を見ていたナオミは、先程の考えを捨てた。




 席を立ったソラリスが、リビングの入口で様子を見ていたナオミに気づいて話し掛けてきた。


「ナオミ、仕事は終わったのですか?」

「まだ途中だ。それよりも誰かが家に向かってる」

「来客ですか?」


 新築に暮らし始めてからの一カ月。来客は一人も来ず、突然誰かが来ると聞いてルディが驚いた。


「まあ、あれだ。宇宙人とかアンドロイドとかだと、バレないように気を付けろよ」


 ナオミがそう言うと、ルディとソラリスが同時に頷いた。

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