第36話 道化師な気分

 ナオミの家が新しくなってから1カ月が経過した。

 季節は春から初夏に差し掛かり、太陽の光を浴びた若葉が森を明るく輝かせる。


 晴れた日の午前中、丸太小屋のテラスでは、ナオミがリクライニングチェアに座って、コーヒーを飲みながら目の前の光景を眺めていた。

 彼女の前では、ルディとソラリスが模造刀を振り回して、戦闘訓練を行っていた。


 ルディの戦いは見たから知っているけど、ソラリスも熟練の兵士より遥かに強いな。ナオミが冒険者として戦っていた頃、多くの戦士を見てきた。メイド服のままルディと互角の勝負をしているソラリスは、そんな彼らと遜色のない強さだと思う。

 ルディとソラリスの電子頭脳には、『銀河帝国流統合格闘剣術』がインストールされていた。技術だけならこの星の戦士よりも遥かに強い。

 ただし、2人とも実践経験は皆無に等しく、こうして日々訓練に勤しんでいた。


「育児アンドロイドのくせにアホ強えぇです」


 ルディがソラリスの剣を受け流すと、体を捻って反撃の回し蹴りを放った。


「仕様でございます」


 ソラリスは言い返しながら足蹴りを避けるや、左手で掌底を放った。

 その掌底をルディが頭を傾けて寸前で避ける。

 ソラリスが左腕を戻す前にルディが左手首を掴む。体を捻って片手で彼女を投げ飛ばした。

 そのまま地面に叩きつけられると思ったソラリスだが、空中で体を捻って足から着地。ルディが体勢を立て直す前に、剣の柄で頭を殴りつけてきた。

 危険を感じたルディが電子頭脳を活性化。ゾーンに入るとバックステップで攻撃を回避する。

 そして、ルディはソラリスをジロッと睨んで大声をあげた。


「危ねえです。お前のバカ力で頭殴られたら、僕、死ねですよ!」

「失礼しました。目の前に殴りたくなる顔があったから、ついうっかり」

「もしかして、今のは冗談ですか?」


 もしかしてアンドロイドに感情が芽生えたのかと、ルディが問いかける。


「冗談ではなく煽りでございます」


 その質問にソラリスが澄ました顔で応えた。


「ムキー! それで死んだらたまらんですよ。今日の訓練は中止です」

「おつかれさまでした」


 プンスカ怒るルディとは逆に、ソラリスは無表情のまま頭を下げ、訓練を見ていたナオミに近づいた。


「飲み物のお替わりはいりますか?」


 ソラリスが尋ねると、ナオミが頭を横に振った。


「いや、結構だ。それよりも、ソラリスは強いな」

「仕様でございます」


 褒められてソラリスが頭を下げていると、後からこっちに来たルディが話し掛けてきた。


「ししょー、おはようです。今日もかっけーですね」

「……ありがとう」


 ナオミはルディに応えるが、その顔は少し恥ずかし気だった。

 何故なら、今着ている彼女の服は、自分がデザインしてソラリスが作った服だった。




 時間はナオミの新築祝いから5日後まで戻る。

 まだ慣れない家のリビングでナオミが寛いでいると、大きな包み袋を持ったソラリスが彼女の前に現れた。


「ナオミ、服が出来ました」

「え? 本当に作ったのか?」

「当然です」


 驚くナオミにソラリスはそっけなく答えると、テーブルの上に包み袋を置いて結び目を解く。すると、中からナオミがデザインした服が何十着も現れた。


「…………」


 ナオミが唖然としていると、ソラリスが服について説明を始めた。


「上着が上下10着、クローク2着、ワイシャツ20着、ネクタイ5掛けを作成しました。それと、ナイキの積荷から強化生地のパンスト20足、ブーツを5足。あとは下着の類が何にもなかったので、ブラジャーとパンティも各30着持ってきました。不足でしたら追加で持ってきますので、ご命令下さい」


 ナオミはソラリスの説明を茫然と話を聞いていたが、ブラジャーを手にして首を傾げた。


「……これがブラジャー?」


 ナオミが知っているブラジャーは、乳房が垂れないように胸に巻くさらしの布だった。だが、彼女が手にしたのは、立体感のあるブラジャーだった。


「サイズはナオミのデータに合わせたので大丈夫だと思います」

「これはどうやって着けるんだ?」

「……では着け方を教えます」


 ナオミの質問にソラリスはしばらく考えたのち、彼女を洗面所へ連れて行った。

 そして、15分後。ソラリスに下着を着けてもらったナオミは、鏡の前で驚いていた。


「なんか着ける前より、胸が大きく見えるぞ」

「寄せて上げる仕様でございます」

「なあ、このパンティとやらは生地が少なくないか?」

「普段は見せず、見せる時は勝負仕様でございます」

「発想がすげえ!」


 それから、ソラリスはついでとばかりに作った服を持ってくると、全てをナオミに着せた。

 ソラリスはナオミが怪我した時に取得したデータから、彼女のデザインした服を寸分違わず作成した。

 上は体のラインが分かる袖なしの黒いスリムスーツ。スーツから少しだけ見える胸元には、白いワイシャツに赤いネクタイを巻いている。

 下は大きく開いたスリットスカートで、こちらも黒色。スリットからは、ナオミの太腿と膝下までの黒のロングブーツが見えていた。


「感想は如何ですか?」

「……道化師になった気分だ」

「では問題ないですね」

「何故、その返答が出た?」

「後でムダ毛は必ず・・剃ってください。そうしないと本当に道化師になりますよ」

「無視するな」

「……何かご不満があるのですか?」


 騒ぐナオミにソラリスが問いかけると、彼女は顔をしかめた。


「……服には何も不満はないけど、その……派手じゃないか?」

「クロークで隠せるので問題ありません。それに以前のアレも目立っていましたよ、貧乏人という意味で」


 ソラリスはそう言うと、ナオミが着ていた緑のローブに視線を向けた。


「そんなに酷かったか?」

「頭の狂った魔女という設定であれば、有効でございます」

「……そうか」


 ナオミが落ち込んでいると、ソラリスは一礼して洗面所を出て行った。




 ナオミがリビングに戻ると、ルディがキッチンでトレーニング後のプロテインを飲んでいた。


「ししょー、その服は何ですか?」


 ナオミの服装を見てルディが目を丸くする。


「ソラリスが作ったけど、おかしくないか?」


 ナオミの質問に、ルディが頭を横に振ってサムズアップを返した。


「かっけーですよ。他はどんなのあるですか?」

「他? そう言えば何着も作ったのに全部同じ服だったな」


 それを聞いてルディがため息を吐く。そして、頭を横に振った。


「ソラリス、何で同じ服しか作らぬですか……命令通りにしか行動しねぇ頭かてーです」







※ これでナオミの衣食住がそろったのでプロローグは終了です。

 明日から新章に入りますが、そろそろストックが厳しくなってきたので、一日一話、昼前ぐらいの投稿になります。


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