第26話 なんでもお任せ春子さん

『どうしたらとは?』


 ソラリスの問いかけに、ルディが聞き返す。


『私は代理艦長よって目覚めましたが、船は大破して飛行不能です。何をすればいいのか分かりません』


 確かに情報欲しさにソラリスを目覚めさせた。だが、ルディもまさかAIの人格がここまで生きているとは思っておらず、先の事など考えていなかった。


『確かにその通りだな。空っぽの筐体があれば、それに入れるんだけど……』


 ルディが悩んでいると、ハルが一つの提案を出した。


『マスター。今回の積み荷の中に、児童育成用のアンドロイドがリストにあります』

『そんなのあったっけ?』


 ルディが目を丸くさせていると、ハルが話を続ける。


『リストには「なんでもお任せ春子さん」で、登録されていますね』

『ネーミングセンスが秀逸だな』


 ルディが呟きながらナイキの積み荷リストを検索すると、「なんでもお任せ春子さん」が確かにあった。


『育児から掃除洗濯、格闘、銃撃も可能って……なんで育児育成に格闘と銃撃が?』

『説明書には子供の護衛を兼ねているらしいです』

『最強だな春子さん』

『それでどうしますか?』

『どうせ戻れないんだから、筐体が何であれ使える物なら使っちまおう。ソラリスもそれで良いか?』

『私にも「なんでもお任せ春子さん」のスペック情報の開示をお願いします』

『マスター?』

『開示してやれ』

『イエス、マスター』


 ハルがソラリスに「なんでもお任せ春子さん」のスペックを開示する。それを見たソラリスが話し掛けてきた。


『問題があります。「なんでもお任せ春子さん」では、私が保持している全てのデータが入りませんが、どうしますか?』

『ソラリス。お前が保持しているデータの大半は、ビアンカ・ブレアの運用に関する物だろ』

『79%が該当します』

『だったら、話は早い。ログはハルに転送しろ、後で分析する。船の運用関係は全て破棄だ。人格データだけを転送すれば良い』

『そうしたら、私の存在価値が消滅します』

『船が大破した今のお前に、何の価値があるか答えろ』

『…………』


 冷たく言い放つルディに、ソラリスは何も答えることが出来なかった。


『ハル、電源はあとどれぐらい保てる?』

『残り25分です』

『だそうだ。電源が切れたらお前は永久に眠るぞ。つまり人間で言うところの死だ。冷たい言い方をするが、俺はデータさえあれば、お前なんて必要ない。アンドロイドを提供するのは、情報をくれた報酬だ』

『……分かりました。指示に従います』


 こうして、ソラリスは大半のデータを破棄して、人格データだけを「なんでもお任せ春子さん」に転送する事になった。


『ハル、その春子さんが稼働できるまで、どれぐらい掛かる?』

『調整を含めると、4,5日必要です』

『分かった。調整が済み次第、地上に降ろしてくれ』

『確認ですが、何のために?』

『師匠の世話をさせる。多分、あの人は魔法以外、色々とダメな人だ』

『……分かりました』

『では、あとは任せた』


 ルディがため息を吐いて、頭に刺したケーブルを抜く。

 その様子に彼の後ろで待っていたナオミが話し掛けてきた。


「ルディ、どうだった?」

「相手の頭が固くて色々と疲れろですよ。詳細は戻ってから話せです」


 ナオミは今すぐにでも聞きたかったが、疲れた様子のルディを見て頷いた。




 ベースキャンプに戻った二人は、昼食を食べながら先ほどの出来事を話していた。

 昼食はドローンが作ったハンバーガー。ナオミはシンプルだけど美味しいと全部平らげ、ルディはまだ二日酔いが抜けきれず、「胃もたれしろです」と半分以上残していた。


「……すると、そのソラリスというゴーレム…違う、AIがうちに住み込むのか?」

「その通りです」


 困惑しているナオミにルディが頷く。


「ご迷惑おかけするですか?」

「……そのソラリスが入るというアンドロイド? それを実際に見てみない事には何とも言えないな」

「人間女性、同じですよ。年齢と顔は設定できろらしいから、ししょーの希望あれば聞くです」

「いや、それは任せるよ」

「だったら、可愛げな女にするです」


 そうルディが言うと、ジロッとナオミが睨んだ。


「それは、私に可愛げが無いとでも言いたいのか?」

「ししょー、逆に聞くです。自分に可愛げがある、思っていろですか?」


 ルディからの問いかけに、ナオミが苦笑いを浮かべた。


「まあ、無いけど、そうハッキリ言うんじゃない」

「ごめんなさいです。まあ、ししょーの性格が合わなければ、家の地下に閉じ込めておくです。だから安心してろですよ」

「それはさすがに可哀そうだろ。暴れるような性格じゃなければ、居ても構わないよ」

「頭のかてー性格だけど、暴れろな性格違う、それ保証しろです」

「なら問題ないな」


 ルディは頷くと、ポケットからスマートフォンを取り出した。


「あと、これ。約束していろスマートフォンです」


 ルディの手にあるスマートフォンを見て、ナオミがポンと手を叩いた。


「そう言えば、そんな約束していたな。スッカリ忘れてた。だけど、本当に良いのか?」

「倉庫に在庫、3999個あるから構わぬです。それじゃ渡す前、こちらで認証設定しろです。ハイ、チーズ」

「うわっ!」


 スマートフォンのシャッターフラッシュにナオミが驚き、両手で顔を覆った。


「い、今のは?」

「カメラです。ハイ」


 ルディがスマートフォンをひっくり返せば、画面には驚き顔のナオミが映っていた。


「これは……私の絵か? それにしてはまるで鏡みたいに描かれているな」

「パスワードは、703440ナオミ師匠しとくです」


 感心しているナオミを他所に、ルディがチョイチョイと弄ってスマートフォンの設定を完了させた。


「それじゃ色々説明しろです」

「ちょっと待て」

「なーに?」

「もしかしてだけど、今のは私の顔を使ってコイツに鍵を掛けたのか?」

「ししょー、何も説明してないのに凄ぃ! 正解です」

「やっぱりそうか。だったら、撮り直しだ。あんな顔は嫌だ」

「ただの認証、変顔は関係ないですよ」

「それでもだ!」


 頑として拒絶するナオミにルディが折れる。そして、5回も撮り直しをさせられた。


「……これで良いですか?」

「……まあ、良いだろう」


 ……なんで女性は、たかが顔写真にそこまで拘るんだろう。チョット、理解できない。ようやくナオミから許可を得て、若干げんなりした様子のルディがスマートフォンの説明を始めた。


「……ふむ。確認だが、これはメモ以外にも、今みたいに写真が撮れて、音楽も聞ける。そして、離れた相手にも連絡を取れる。で合ってるか?」

「大体合ってるです。だけど、連絡…相手も同じスマートフォンを持ってろじゃないダメ。まだ通信衛星を飛ばしてない、星の反対側から通じないですよ」


 その説明にナオミが肩を竦める。


「安心しろ。この星の反対側なんて、そうやすやす行けるものじゃない」

「だったらへーきです。他にも地図で現在地も分かれ、書いたメモを相手に送れです」


 そこで不思議に思ったのか、ナオミから質問が飛んできた。


「ルディはこの星に来たばかりなのに、もう文字が分かるのか?」

「昨日、ししょーの家から持ってきた本…解析して、文字…理解したですよ」


 実際に解析したのはハル。

 ちなみに、ハルが頑張っている時、ルディは酔っ払って倒れていた。


「たった1日でか……」

「この星の文字、文法、銀河帝国の文字似ていろですよ。だから、すぐ解析できろです」


 「なるほどね」と頷きながら、スマートフォンを受け取ったナオミが画面を操作して電話のアプリケーションを開くと、連絡先にルディの名前だけが載っていた。


『はい、もしもし』


 試しに名前を押して電話を掛けると、1コールでルディと電話が繋がった。


「……ルディはスマートフォンが無いのに電話に出れるのか?」

『午前に言ったよ、僕、脳みそ手作りです。頭の中、色々できるのですよ』

「……なんか不気味だな」

『ししょー酷いです』


 ナオミの感想にルディがぷくっと頬を膨らませて剥れた。

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