第16話 デーモン誕生

 突然、繭の赤い光が強くなり、同時に鼓動が激しくなった。


「考える面倒、ぶっ飛ばすです!」


 ルディが危険を感じて、鞄から鏃型のグレネードを取り出す。


「乱暴だな。だけど、其の考えは嫌いじゃない‼」


 ナオミも杖を前に出して、魔法の詠唱を始めた。




 繭の中心部に亀裂が入って、中から手が現れ繭を掴む。

 現れた手から伸びる指の数は8本。全ての指先に鋭い爪が生えていた。


「炎の蛇よ、全てを燃やせ!」


 ナオミの詠唱が完了する。振った杖の先から炎が湧き出ると、蛇の様な軌道を描いて繭を包み込んだ。


「やったですか?」


 ルディの声にナオミが頭を横に振った。


「抵抗されて駄目だった」


 繭を包んだ炎は燃え広がらず、消滅するように消えていた。




 繭からもう片方の手が現れると、中の生物が両手で繭を引き裂いて姿を現した。


「植物うにょうにょです」


 ルディの言う通り、中から現れたのは人間の体をした植物の怪物だった。

 身長は2mほど。筋肉質な体を灰色の毛で覆っているが、顔は花が咲く前の蕾の様な形をしていた。

 相手の正体を見てものんきなルディとは逆に、ナオミは冷や汗を流してゴクリと息を飲む。


「……デーモンだ」

「デーモン、それなーに?」

「はるか昔に存在した怪物らしい。私も文献でしか知らない……」


 繁殖能力の無い戦闘生物が、進化した子供を産んだのか? もしかして、この星のマナが影響を及ぼしている可能性があるな……。ルディがそう分析する。

 そして、背中から弓を取り出すと、グレネードを取り付けた矢を構えた。




 デーモンがルディたちの方に向けて手を広げる。その手のひらが縦に割れると、充血した悍ましい目が現れた。

 手のひらの目で2人の姿を捉えると、顔の蕾が八つに割れて巨大な口が現れた。

 その口には棘の様な鋭い歯が並んでおり、人間の頭など軽く丸呑みできるぐらい広く、涎が床に滴っていた。


 突如、風を切る音が部屋の中を走る。

 ルディの放った矢がデーモンの頭に刺さると同時にグレネードが爆発。轟音を響かせてデーモンの頭を吹き飛ばした。


「なっ⁉」

「弱点晒す…アホですか?」


 呆れたように呟くルディ。

 彼とは逆にナオミはポカーンと口を開けて、視線をルディと頭のないデーモンの間で交互に行き来させていた。


「……今のは?」

「グレネードです。TNT母さん……ママ? 違う、換算で6倍の威力よ」

「そのTNT換算が分からんが、凄いな……」


 グレネードの威力にナオミが額の冷や汗を拭う。


「だけど、これでデーモンを倒した。このままアイツをのさばらしにしていたら、被害は……」

「待ちやがれです。まだ終らぬですよ」


 ナオミの話を途中でルディが止める。

 ナオミが爆煙の晴れた場所を見れば、吹き飛んだデーモンの顔が少しづつ再生しつつあった。




「なっ! 頭を吹き飛ばしても生き返るのか⁉」


 驚くナオミにルディが頭を横に振る。


「普通の動物が一緒…が? 違う、動物と一緒、その考え捨てろです。アイツの頭…口だけ、脳が別にある考えろです」

「……なるほど、理解した」

「ナオミ、弓使えろです?」


 ナオミが理解したのを見るや、ルディが質問をする。


「……ある程度だったら扱える」

「なら、これ渡すです」


 ルディがナオミに弓矢とグレネードを渡した。


「それ付けて矢で…で? …が? 違う、矢を放てば、爆発するです」

「そいつは分かったが、お前はどうするんだ?」

「ナオミ…準備出来るまで、どつき合うです」

「どつき? もしかして、直に戦うのか? 危険だぞ!」

「ルディ様の妙技を味わえです!」


 ルディはナオミの忠告に、昔何かの動画で登場したヒーローのセリフを返す。そしてショートソードを抜くと、デーモンに向かって走り出した。




 頭を吹き飛ばされたデーモンは、ルディの気配に気づくと、左腕を伸ばして長い爪を振り下ろしてきた。

 ルディがショートソードを合わせてデーモンの爪を受け流す。そのまま手首を返して再生中の頭に突きを放った。

 デーモンが右腕を上げて爪で跳ね返す。

 爪と剣の鍔迫り合いが始まるかと思いきや、互いに後退。同時に前に飛びだして、激しい打ち合いが始まった。




 部屋の中ではルディとデーモンの打ち合いで、激しい金属音が鳴り響いていた。

 年齢を聞いても子供だと思っていたんだがな……。ルディとデーモンの戦いに、ナオミは息を飲んだ。

 ナオミが文献で知るデーモンは、武器も魔法も効かない。伸びた爪は、剣だろうが鎧だろうが、あらゆる物を切り裂く。人間を喰い、その食欲は無限。

 800年前に現れた時は、10以上の都市を崩壊させて、災害とも呼ばれた。


 その災害と正面切って戦うルディの剣技は、熟練の戦士ですらその域に達するまで長い月日が必要なほど素晴らしく、同時に美しかった。

 ナオミは思わず見惚れそうになったけど、慌ててグレネードを矢じりに取り付け始めた。


 こんな小さい物が、あの爆発を発生させるのか……作り方を教えて欲しいが、きっと無理だろうな……。それと、弓を使えと言ったが、私はそこまで上手じゃないよ。だけど、魔法を使って撃てば百発百中さ。

 ナオミは弓を構えずに魔法の詠唱を始め、矢を放つタイミングを待った。




 デーモンはルディの攻撃が当たっても少し痛いだけで、傷を負わない事に気が付いた。それならば、防御などせず一方的に殴り始める。


 このままだとマズイ……。激しくなったデーモンの攻撃にルディが顔をしかめる。

 強化コーティングと衝撃吸収シートの服でデーモンの爪は防いでいる。だが、デーモンの攻撃はそれを上回り、殴られる度に体が痛い。


 ルディがデーモンの爪を剣で弾き飛ばして、左に飛びのく。ところが、床に落ちていた繭の糸を踏んで足を滑らせた。

 隙を見せたルディの腹にデーモンが蹴りを放つ。足がルディの腹にめり込んだ。


「うっ!」


 普通の人間が相手だったら胴体に風穴が開くほどの威力の蹴り。だが、ルディの強化服が衝撃を吸収する。それでも息が詰まって呻き声を上げた。


 痛ってぇな! ルディが睨み返してデーモンの足を掴む。そのまま体を捻って床に倒れた。ルディが放ったのは、ドラゴンスクリューというプロレス技だった。

 足を掴まれたデーモンがルディと一緒に床に倒れる。その時に、固定された足が転倒の勢いに追いつかず、足の膝関節を捻った。

 デーモンの右膝に激痛が走って、床の上で転げまわる。頭の口が再生中でなければ叫び声を上げていただろう。


「離れろ!」


 ナオミの叫び声に、ルディがデーモンから離れる。

 同時に彼女の魔法で放たれた矢がデーモンに突き刺さり、グレネードが爆発した。

 ルディも爆風で飛ばされるが、腕で顔を庇ったおかげで、辛うじて無傷で済んだ。

 一方、デーモンは固い体毛で爆破の衝撃を吸収していたが、本物の火による火傷は防げなかった。

 デーモンの体は至る所の体毛が焦げて、炎症を起こしていた。

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