第3話 目指すはイージーライフ

 ワクチンの投与から2日後。

 ルディは私室で普段着ているボディースーツを脱いで、別の服に着替えていた。

 彼が新しく着る肌着は、自動で体温を調整する機能が付いている。砂漠や寒冷地でも快適に過ごせる仕様になっていた。ついでに抗菌仕様。


 次に、肌着の上から黒いズボンとロングコートを着る。

 ロングコートは長さが膝上まであり、襟の後ろにフードが付いていた。

 素材は布だが、強化コーティングと衝撃吸収シートが施されているため、実弾兵器の衝撃を吸収して破れる事もない。もちろん、こちらも抗菌仕様。


 最後に、ロングブーツを履いて、その上から膝まで隠れるレッグガードを装着する。

 黒いレッグガードは膝周りが厚くなって耐久性があり、ブーツの履き口の上に重ねて着用する事で、砂や水の流入を防ぐ。

 レッグガードとブーツも共に強化コーティングが施されていて、抗菌仕様。ブーツはおまけで消臭効果が付いていた。


「随分と無駄のある服だな……それに全身黒ずくめで葬式に行くみたいだ」


 ルディがロングコートの裾を掴んで呟くと、天井のスピーカーからハルが話し掛けてきた。


『レッグガード以外は現地から遠く離れた場所の格好に合わせました。彼等が冒険者、または傭兵と呼ばれる職業の服装です』

「現地の格好に合わせない理由は?」

『現地の格好に合わせると、正体が発覚する可能性があります。マスターを遠くから流れ着いた流浪の冒険者という設定にしました』

「ずいぶんと手の込んだ事で……」


 ルディが裾から手を離して、両肩を竦める。


『それと、マスターの希望通りの武器を用意しました』


 ハルが喋ると同時にドアが開いて、ボール型の反重力ドローンが部屋に入ってきた。

 ドローンが紐でぶら下げた台から、ショートソードと弓矢をテーブルの上に降ろす。


「ああ、これね」


 ルディはこの惑星で電子的な武器を持っていても、浮く存在になるだろうと考えた。そこで、この星の文明に合わせた、原始的な武器の作成をハルに頼んでいた。

 ルディが両刃のショートソードを手にして、刃の平たい部分を左の指でなぞる。

 刃渡りは45cm。手元の部分だけ少し狭くなっている流線形のデザインで、実用的で美しい。

 一見すると少しデザインに拘った鉄の剣だが、中身は全く違う。

 超硬度セラミックで作られており、硬さはダイアモンドと同じ強度。岩に叩きつけても刃が欠けない。

 剣の刃は洗わなくても、サッと拭き取るだけで奇麗になる特殊仕様。持ち手の部分は抗菌にカビ防止と、無駄にクオリティが高い。


 ルディはショートソードを鞘に入れて、腰のベルトに引っ掛ける。次に弓を手にして弦の硬さを確認。

 弓の見た目はただの木のロングボウだが、スタビライザーなどは小型化して目立たないようにしている。

 素材は特殊カーボンで、ただの弓とは比べ物にならない。弦も特殊で、刃物で切ろうとしても切れない、強化仕様になっていた。


ポイントやじりは鉄製ですが、鞄の中に小型グレネードを入れておきました。使用する時は、ポイントの上から取り付けてください』

「物騒だな」


 ハルの報告を聞きながら、弓と矢筒を背中に背負った。

 他には携帯食料、栄養サプリメント、小型のナイフ、ライター、固形ブイヨン。現地で使用できる通貨が用意されていた。


「この通貨は使えるのか?」


 電子決済以外をした事がなく、初めて目にする通貨に首を傾げる。


『原始的な構造なので、簡単に偽造できました』

「本気を出したら、この星の経済が崩壊しかねないな」

『やろうとすれば出来ますが、その必要がありません』


 ルディの冗談に、ハルはそんな事には興味がないと言った様子で答えた。




 最後にルディが左目のインプラントを起動させる。

 ルディの頭脳は電子化されており、本物の脳に連結した処理計算能力と、記憶媒体が組み合わされていた。

 そして、電子頭脳と連結している左目のインプラントは、電子頭脳からの外部媒体で、様々な機能が付いていた。


 左目のインプラントから他人に見えない投射スクリーンを投射する。視線でポインターを操作して、目的のアプリケーションを見つけた。

 電子頭脳へ必要なスキルのインストールを開始。

 このインストールを行うと、ルディは鍛錬する事なくプロレベルの能力を得る事ができた。

 インストールしたのは、『銀河帝国流統合格闘剣術』、『アーチェリー』、『サバイバル』の3種類。


 『銀河帝国流統合格闘剣術』は、戦場で白兵戦があった時に使うスキル。だが、大抵の場合は銃撃戦で片が付くためマイナーなスキルだった。


 『アーチェリー』は弓を使ったスポーツのスキル。ルディの左目のインプラントは望遠機能も備わっている。スキルと合わせて使うと、理論上300m離れた距離からでも、小さな的を撃ちぬくことができた。


 『サバイバル』は主に軍の地上部隊が降下作戦時にインストールするスキル。これは軍用だが、民間にも提供している。内容は野外の移動、現地での食料調達、水の確保など、生き抜くための知識と能力が得られる。


 以上の3つに加えて、ステルス型地上探査機から収集した、この星で使われている言語をインストールする。


『今マスターがインストールした言語ですが、降下予定地点では片言でしか喋れない仕様にしました』

「これも設定か?」


 ルディが顔をしかめて尋ねると、肯定の返事が返ってきた。


『マスターは遠くから来た流浪の冒険者ですから』

「本当、無駄に拘るね」

『ありがとうございます』

「別に褒めてはない……」


 全ての準備が終わると、ルディは部屋を出て揚陸艇に向かった。




 ルディが揚陸艇コックピットに座って発進の準備を終える。すると、機内マイクを通して、ハルが話し掛けてきた。


『マスター準備はよろしいでしょうか?』

「ああ、何時でも行ける」

『ところでマスター。1つ質問があります』

「何だ?」

『マスターはこの星で、何をするつもりでしょうか?』


 その質問に、ルディが片方の口角を尖らせて笑みを浮かべる。

 右手の親指と小指を広げると、軽く回して「シャカ」のジェスチャーをカメラに見せた。


「今までの人生を捨てて、イージーに生きるさ」


 ナイキのハッチが開いて、ルディの乗る揚陸艇が宇宙へと飛び立つ。

 揚陸艇は惑星に向けて速度を上げると、そのまま大気圏内へ突入していった。

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