【9/10二巻発売】宇宙船が遭難したけど、目の前に地球型惑星があったから、今までの人生を捨ててイージーに生きたい
水野 藍雷
第1話 彷徨える宇宙人
無機質で白い部屋。
狭い部屋の中央に、1人の少年が眠っていた。
少年が眠るダブルサイズのベッドは透明なケースに覆われて、下からは複数のコードが壁へと繋がっている。
ケースの中では、人の体が冬眠状態となる31.6度の低温状態を保ち、コールドスリープによる老化防止処理が行われていた。
透明なケースの中の少年は、成長を止めるのと同時に、死者の如く深い眠りの中にいた。
眠る少年の顔は、幼さが残りつつも精悍。
肌は雪の様に色白く、細い体は無駄な贅肉のない筋肉に覆われている。髪は銀糸の様な光り輝く銀色をしており、首元まで伸びていた。
その姿は名画に描かれた美少年と比較しても、遜色のない芸術的な美しさがあった。
静かに眠る少年は肉体改造アンチエイジングを施されていて、寿命が500歳近くまで伸びていた。
少年の年齢は81歳。だが、寿命が延びた事に加えてコールドスリープで眠っているため、見た目の肉体と精神は15歳ぐらいだった。
少年の名前はルディ。
宇宙船『ナイキ』唯一の搭乗員だった。
突然、コールドスリープのベッドからピッーーッ!!と、電子音が鳴り響く。
再び静寂が訪れて、5分後。ベッドを覆う透明なケースが蒸気圧の様な音を立てて二つに割れ、ベッドの下へと隠れた。
ルディの肌が外気に触れて、生気のある色へと変わる。それから少しして、瞼をゆっくりと開ける。
開いた瞳は右目が青、左目は緑色のオッドアイ。ただし、左目は本物ではなく義眼のインプラントが入っていた。
その左右非対称の色彩がミステリアスな雰囲気を生み、美しい顔をさらに際立たせていた。
『おはようございます。マスター』
ルディが上半身を起き上がらせて体を解していると、部屋に備え付けられていたスピーカーから彼を呼ぶ声が聞こえた。
声は若い男性の声質に近いが、響に電子音が含まれていた。
「……ああ、ハル。おはよう」
やや声色の高いボーイソプラノの声で応じる。
声の相手は、船の操縦と乗務員の生命維持を管理するメインAI。正式名称は『HAL200X』。
ルディが50年前にこの船を購入してから付き合っている、良き相棒だった。
「目的地に着いたのか?」
ハルに質問して、白い床に素足を着けると、床の冷たさに一度足を引っこめた。
『いえ、まだです』
その返答に、歩き出そうとした動きが止まった。
「……?」
ハルの声がする天井を見上げて訝しむ。
『私では解決できない問題が発生しました。緊急ではないので、詳細はマスターがメインブリッジに到着してから説明します』
「……分かった。だけど、その前に1つだけ質問だ。問題はこれからなのか? それとも手遅れなのか?」
その質問にハルは暫く黙っていたが……。
『……両方です』
「聞かなきゃよかった……」
ハルの返答にルディが頭を左右に振る。それから、体にフィットするボディースーツに着替えると、メインブリッジへ向かった。
ルディはメインブリッジの操縦席に座ると、ハルの説明を聞いていた。温まったコーヒー入りの紙コップをゆっくりと回しながら思考に耽る。
ハルの報告が終わっても、暫くの間、眠っていたかの様に動かずにいたが、深いため息を吐いて瞼を開いた。
「信じられない話だけど、ジャンプゲートのトラブルで、目的の星域に向かわず未知の星域に跳んだって事か?」
『イエス、マスター』
その質問に対して無感情で肯定するハル。
ルディは再びため息を吐くと、今回の仕事内容を振り返った。
宇宙で運送屋を営むルディが乗る宇宙船『ナイキ』は、テラフォーミング済みの惑星に向けて、生活必需品や機材などを運ぶ依頼を受けていた。
今回、移民管理局から受けた仕事自体はそれほど難しくなかった。目標の星域は銀河商業圏中央から離れてるが、届け先付近の星域に海賊が出るという情報はない。
ただし、仕事を受けた星域から、目的の星がある星域まで行くのに、約3年の移動距離があった。
そこでルディは、安全な星間航路を決めると、後はハルに任せてコールドスリープで眠りに就いた。
ハルの説明によると、問題が発生したのはルディが寝てから半年後の事だった。
ナイキがジャンプゲートをくぐってワープをするのと同時に、突如ゲートが爆発。
寸前でワープ空間に入ったナイキに損傷はなかった。だが、爆発の影響でナイキは座標に載っていない、未知の星域に跳んでいた。
「なんでジャンプゲートが爆発したのか分からないな。帝国の管理がずさんだったのか?」
『原因は不明。しかし、帝国がずさんな管理をするとは思えません。最近のニュースを調べた結果、推測ですが95%の確率でテロリストの犯行と思われます』
「そうか……海賊の心配はしてなかったけど、テロリストの存在までは予想していなかったな。それで、救難信号は?」
『すでに発信していますが、反応はありません』
「帰還成功率は……聞くだけ野暮か……」
ルディが冷めたコーヒーを全部飲んで、空になった紙コップをダッシュボードへ投げ捨てる。見事に紙コップがダッシュボードの中へと吸い込まれた。
『天文学的に低い数値ですが、聞きますか?』
「自分の運の悪さに涙が出そうだから、やめとく」
『まず生きている時点で天文学的に運が良いと思います。もし、帰還成功率を聞きたくなったら言ってください』
「それは世間一般だと悪運って言うんだ。それと、数値は心の中で封じとけ」
『残念ですが、AIの私に心はありませんので、データとして保存しときます』
ハルからの心のない返答を聞き、AIの自虐ネタに肩を竦めて笑った。
「……だけど、この若さで
『ご安心ください。まず帰る事ができませんので、その心配は不要です』
ハルの返答にルディが顔をしかめる。
「まったくもって嬉しい限りだ。このまま彷徨っても仕方がない……まずは補給できる目的地を決めるのが先決か……」
『それについて一つ提案があります。コチラをご覧ください』
「ん?」
訝しむルディの目の前に空中投射スクリーンが現れる。スクリーン画面には、彼の見知らぬ星域の宙図が現れた。
『マスターが眠っている間に、現在ナイキが居る星域の宙図を作りました』
「気が利いてるね」
『ありがとうございます』
皮肉を言ったつもりが、逆に礼を言われて肩を竦める。スクリーンを見ると、恒星を中心とした10の惑星が存在していた。
「太陽系型か……」
『イエス、マスター。そして、この第4惑星ですが地球型惑星で空気があります。現在、我々はソル太陽系に居ます』
ソル太陽系とは、地球型惑星が廻っている太陽を中心とする太陽系のことを言っている。
「……は?」
目を丸くしてスクリーンに映る第4惑星を凝視していると、ハルが別のスクリーンに拡大した第4惑星を映した。
スクリーンに映る惑星は、一つの中型衛星を持つ青い惑星だった。
「テラフォーミングをしていないのに……もしかして人が住める?」
『正にその通りです。そこで、まずはこの惑星の調査を提案します』
ハルの返答にルディは冷静になり、少し考えてからゆっくりと頷く。
「にわかには信じられないが……何もしないよりマシだ。その惑星の近くまで航行してくれ」
『イエス、マスター』
ルディの命令に、宇宙船ナイキが動き出す。
暫くの間、ルディはスクリーンに映る、輝く青い惑星を眺めていた。
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