第11話 守ること


 俺が館に戻るとすでに朝食の準備は終わっていた。


軽く水浴び後、着替えて部屋の中にある食卓につく。


俺は心の中で「いただきます」をして、パンにハムとチーズを乗せ、目玉焼きとカリカリベーコン、果物のジュースの朝食を摂る。


山盛りで出て来るサラダは一度茹でた温野菜。


ドレッシングはクオ兄が試行錯誤中なので毎日違う。


乳製品のヨーグルトもどきにも荒切りの果物が入っていて、日頃は大きな器で出て来て取り放題なんだけど、今回は器を持って来ていないので各自一皿ずつ。


すごい充実したな、異世界朝食。


ま、朝食だけじゃないんだけどね。




「相変わらず美味いな」


何故か、俺の対面で義大叔父おおおじが一緒に食べている。


「ありがとうございます」


クオ兄、礼なんて言わなくていいよ、勝手に食ってるんだし。


絶対に自分の別館でも朝食を食って来たはずなんだ、この人は。


「朝から何か御用ですか?」


ギディが目の前の皿を片付け終わるのを見計らって、俺は話を振る。


「少し待て。 ふむ、何故、お前のところのパンだけが柔らかいんだ」


知らんがな。


「クェーオとか言ったな。 私のところで働かぬか」


やーめーてー。


「引き抜きは困ります、王弟殿下」


俺はレシピの一部をシェーサイル妃用にピアから渡してもらっている。


義大叔父おおおじには、ちゃんとシーラコークの事情も話してあるのにな。


「わははははは、冗談だ。


しかし、その気になったらいつでも参られよ」


冗談ちゃうやろ、それ。


「申し訳ありませんが、私は現状に満足しておりますので」


クオ兄も苦笑いである。




 義大叔父おおおじの食事が終わり、俺たちは席をソファに移す。


食卓は残りの者たちが食事をするためにけないといけないからね。


食後のお茶を出したギディに食事をさせるため、俺は義大叔父おおおじと二人だけになる。


「昨夜、さっそくツデ国の姫に絡まれたそうだな」


「ああ、マル姫ですか」


マルマーリア姫だったかな。 マルで良いだろ。


「マルか、まあいいだろう」


ツボりましたか、義大叔父おおおじ様。 そんなに苦しそうな顔で笑いをこらえなくても。


「まあ、なんだ、くくく、その、な」


お腹を抱えてるのは食べ過ぎたからじゃないかな。




 少し落ち着いてから義大叔父おおおじは本題に入る。


「実はな、あのツデ国の姫は、侍女を一人しか連れて来ておらんのだ」


護衛の兵士も二人を送り届けてすぐに自国に戻って行ったらしい。


それでヤーガスア領主は、まだ子供である姫が一人で過ごすのはかわいそうだと同情し、領主家族と一緒に食事をさせるなどの配慮をしていた。


でも客であることには間違いはない。


 しかし姫は、まるで自分が主であるかのように振る舞っているという。


「どうやら使用人たちに嫌われてしまったようでな」


使用人たちにすれば、主である領主の家族と客とでは明確な違いがある。


例えば、食事の好き嫌い、使う小物の好み。


それをいちいち「あっちが良い」とか、「何故違うのじゃ」とか言われたら、そりゃ混乱するだろう。


「シェーサイルも産後で神経質になっておる。


そこで剣術の弟子でもあるコリルバート、お前に頼みがある」


「お断りします」


こんな時だけ師匠ぶるのはいかがなものか。


俺は、確かイロエスト剣術は合わないって言われた記憶があるから、たぶん弟子ちゃうわ。


「早いな、まだ何も頼んでおらんが」


今度は苦笑いになる義大叔父おおおじ




「あの姫をお前のところで世話してやってくれんか」


断っても頼まれる。


「事情は分かりますが、こちらに利はなさそうです」


俺はわざと顔を逸らしてカップのお茶を飲む。


「そう言うな。 お前のところが一番人数が多いから人は余っておるだろう?」


他国への牽制の意味を込めて、兵士も魔獣もかなり引き連れて来ている。


だけど、我が儘姫の子守りのためじゃない。


「それに、ツデ国はヤーガスアとは同族国家だったはずだ」


やはり、同じ民族だったのか。


だからって俺たちが面倒みる必要ある?。


ブガタリアはヤーガスア相手でさえ支援を渋ったのに、今まで付き合いのなかった国を相手に何かをするはずはない。


うちの国だって財政は厳しいんだから。




 でもここで強硬にお断りすると、ピアの心証しんしょうが悪くなりそうだ。


「小麦、今年から取引量を二割増しで」


俺は冷たい視線で義大叔父おおおじに突き付けた。


ブガタリアはイロエストから小麦を輸入している。


まだまだ国民全体には行き渡らない量だ。


産出国でも輸出量は年間で調整されているはずだから、勝手に増やしたりは出来ない。


だが、この人は王弟だ。 無理が通る。


「もちろん値段は据え置きでお願いしますね」


たくさん注文するから安くしろ、とまでは言わない。


ただ値上げはさせない。


「むぅ、お前は本当に、まあ良いわ」


「ありがとうございます」


早めに食事を終わらせたズキ兄が、急いで俺の後ろに立つ。


公子、そこまで護衛に徹しなくてもよくない?。




「ズキ兄、昨日の女の子、こちらで預かることになった」


俺は顔だけ動かしてズキ兄を見る。


「悪いけど、義大叔父おじ様に同行して、こちらにご案内してもらいたい」


「よろしいのですか?」


ズキ兄は、昨日の不機嫌な俺を見ているので、少し笑顔を引っ込めて真面目に訊いて来る。


「構わない。 ピア嬢によろしく伝えてくれ」


ふっふっふ、あのチビを利用してピアを呼び出しまくってやる。


俺がニヤリと笑うと「ああ、そういうことね」とズキ兄は頷いた。


「承知いたしました」


義大叔父おおおじにズキ兄を付けて早々に追い出し、俺はギディと打ち合わせに入る。


「本日の予定ですが」


ギディは俺が決めたことにはあまり反対はしない。


もうすでに自分が担当だということは理解してるんだろうなあ。


すまん、子守り担当ギディ。




 すでに領主館に到着している国は、まだ少ない。


クオ兄とズキ兄は、大国シーラコークの代表として宴の間だけ公子の役目をする。


なにせシェーサイル妃は、未だに本国からは、ほぼ絶縁状態だからな。


でも、隣接していなくとも両国とも大国だし、交流もない訳じゃない。


シーラコークもイロエストとは仲良くしたほうが得だと分からないほど愚かでもないだろうに。


公主は、そんなにお気に入りのシェーサイル姫を他国に取られたのが悔しいのかねえ。


父親の気持ちなんて俺には分からん。


 イロエストのほうは距離的に近いせいか、当日近くになってから到着する予定だ。


まだ七日ほどあるからね。




 俺たちが早めに来たのには理由がある。


「担当が早く設置場所を決めて欲しいそうです」


パルレイクさんから遣いが来た。


運んで来た小赤の水槽が大きいので、魔道具もかなりの数が必要になる。


そのためにパルレイクさんにも来てもらった。


「ああ、それは急いだほうがいいな」


今回、大量の小赤を持ち込んでいるのだ。


しかも領主が奥さんに内緒にしろというので、まだ専用の木箱の中である。


だけど、俺は先ほどのマルの件があり、すぐに動けそうもない。




 俺はギディに指示を出す。


「隣の部屋を女性用にして、エオジ班をもう一つ隣に移動。


使用人から侍女を二人ほど選んで、そちらに配置」


俺が他国へ遠出すると、何故か参加希望者に女性が多くなる。


今回も人員を運ぶゴゴゴで連れて来た中には女性兵士もいるので、余裕ありそうなら酪農場から少し移動してもらおう。



 

 しばらくして、タタタと廊下を走る足音が聞こえて来る。


俺はゲンナリしながら席を立つ。


バタンと扉が開き、少女が飛び込んで来た。


「トカゲ王子ー!」


ピクッと俺の顔が引き攣る。


「行け、ツンツン」


キュッ


「ぎゃああー」


朝から騒がしいな。


 俺は侍女の女性に「おはようございます」と丁寧に挨拶する。


どうやらズキ兄と入れ違いになったようだ。


「お、おはようございます、殿下」


俺は子供の世話をギディに任せ、話を聞くために侍女を椅子へと誘導する。


誰かが睨んでるけど無視だ、無視!。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る