第10話 振り返ること(別視点)


 ツデ国はヤーガスアの北隣、森を越えた場所にあり、女王が治める小国。


大国イロエストとは東にある広大な湿地帯を挟んでいて、隣とはいえ直接の交流はなかった。


しかし、ツデとヤーガスアとは古くから交流があり、イロエストとはヤーガスアを介して交易が始まる。


 ツデは元はヤーガスアとは同じ民族で、肌の色は多少薄いが黒髪黒目の者が多い。


国の産業は農業が中心だが身体付きは筋肉質なので、沼地に棲む魔獣を狩る猟師も多く居た。


しかしながら、イロエストとの関わりが増えてからというもの「野蛮だ」という理由で猟師が減り、彼らは国外に出稼ぎに出ている。


 ツデとブガタリアとは険しい山脈で隔てられ、直接の交流はない。


ただ、最近はヤーガスアより景気が良いらしいと、ツデ国からブガタリアに出稼ぎに行く者も少なくなかった。


そんな中、三年前、ヤーガスア王族がブガタリア王宮内で騒動を起こした。


しかも手を差し伸べたブガタリアの王族に対し、暴動、暗殺未遂という致命的な失態を犯し、そのお蔭で国を失うことになる。


ヤーガスアがイロエストの領地となるのに、さほど時間は掛からなかった。




 ある日、ツデ国の女王は王族の住む館で娘に告げた。


「マルマーリア、貴女にはイロエストに行ってもらいます」


「母上様、どうして?、私だけ?」


ツデ国第三王女のマルマーリアは首を傾げる。


「隣国ヤーガスアのように国を滅する訳にはいきません。


ツデ王族の血筋を絶やさぬため、貴女にはしばらくの間、イロエストの保護を受けてもらいたいの」


母親の顔は優しく微笑みながらも、どこか苦しそうだ。


しかし、今はツデ国内より他国のほうが安全であることは間違いない。


王都には数年前から病が流行っており、沼地の魔獣が攻めてくることが増えている。


女王は三人の娘のうち、既に嫁いだ長子以外の残り二人のうち、一番幼い姫を国外に逃すことにした。




 まだ六歳でもマルマーリアは自分の居る国が危ないことは分かっている。


「はい、母上様」


気丈に笑い、正式な礼を取る。


「侍女は選んであります。


まだこちらに勤めて日は浅いですが、国外の事情には詳しい者です。


他国でもしっかりと学ぶのですよ」


他国から来たその侍女は、若いが礼儀作法の教師も兼ねていた。


マルマーリアはつまらない授業を思い出して心の中でゲンナリする。


「分かりました。 再び母上様に会うまで、しっかりと学びます」


自分にはそれしかないのだとマルマーリアは知っていた。




 自室に戻るとすでに旅の準備が終わっている。


マルマーリアは、侍女一人と護衛の兵士二人に連れられて館を出た。


街で見た国民の姿は、女王である母親と同じで、誰もが疲れ果てているように見える。


 マルマーリアはチラリと侍女を見た。


せっかく自国を出てツデ国に来たのに、と嘆いていた。


彼女にも事情があったのだろう。


しかし、雇い主である女王には逆らえず、マルマーリアの側で淡々と仕事をこなす。


「ごめんなさい。 なるべく早くツデに帰れるようにがんばるから」


マルマーリアの言葉は、侍女にとって実現しそうもないもので、何の慰めにもならなかった。




 そして、ヤーガスアの領主館に到着してすぐ、


「我々はここまででございます。


すぐに国元に戻りますので、王女殿下、侍女様もお元気で」


と、二人の護衛兵士が去ってしまった。


侍女の顔色は青くなり、マルマーリアは国に見放された気がした。


「仕方ないわ、これからは二人きりだし、何とかがんばらないと。


まずは味方を作りましょう」


マルマーリアは知恵を絞り出す。


「こんな時、父上様ならどうしたかしら。


姉上様なら、いいえ、母上様なら……」


ブツブツと考え込む姫の隣で、侍女はボンヤリとただ座り込んでいた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



(またヤーガスアに戻って来てしまった)


現在はツデ国王族の侍女である女性は、以前はヤーガスア国民だった。


家業は麦を育てていた農家で、その辺りでは裕福な豪族である。


祖父母は「昔から由緒ある家柄だ」と話してくれたが、若かった孫娘は眉唾な話だと思っていた。




 しかしある日、ヤーガスア王族がその豪農の元を訪れた。


「由緒ある家柄の娘が欲しいのだ」


王族の血筋が少なくなり、ヤーガスア国内の古い血筋から若者を募り、養子養女として受け入れているそうだ。


誰かとすぐに婚姻という訳ではなく、ただ貴族としての教育を受けて欲しい。 将来は選ばれた者だけが王族として嫁ぎ、他の者は自由になるという話だった。


 この豪族の中では若い娘は彼女一人しかいない。


「名誉なことだ」


祖父母は大喜びで孫娘を差し出した。


両親は訝しがったが、農家の仕事に飽き飽きしていた若い娘は二つ返事で王宮に上がり、そこで王族としての教育を受けることになる。




 王宮には最初、数名の若い娘たちが居たが段々と減っていく。


教育の厳しさに逃げようとした者や、王宮内で恋人に会っていた娘などが密かに排除され、さらに残った者たちを追い詰めていった。


初めは選ばれたことを誇らしく思っていた娘も、これはおかしいと思い始める。


 そのうち、ヤーガスア王族がブガタリアの王宮で何かやらかしたという噂が流れて来た。


その噂を聞いた娘の両親はすぐに動く。


混乱で手薄になっていた王宮から何とか娘を連れ出し、


「逃げなさい、後は何とでもなるから」


と、僅かな荷物を持たせて馬車に乗せた。


 娘は馬車の中でヤーガスアのしでかしたことを知って愕然とする。


(待って、これって、ヤーガスアの王族ってだけで命が危ないのでは)


娘の名前はすでにヤーガスア王族の養女として記録されている。


娘は、すぐに名前を隠すと決めた。


これからどうなるのだろう。


陰鬱としていた娘が着いたのは、ヤーガスアの北にある隣国ツデだった。




 馬車を待ち受けていたらしい一人の老人が近付いて来た。


「ご両親から話は聞いておるよ」


と、娘に言った。


「ツデの王族には三人の王女がおられるのじゃが、このご時世で十分な教育が出来ておられん。


申し訳ないが、貴女には末の王女殿下の侍女と教師をお願いしたいのじゃ」


まだ三歳の女の子だった。


「姫様、私のことはタリーとお呼びくださいね」


気の強そうな黒い目をした、栗色の髪の幼女は頷いた。


 それから三年、マルマーリア王女と侍女タリーの仲は良くも悪くもなかった。


王族としての礼儀作法はタリーにとって覚えたばかりだったし、王女はまだ幼い。


厳しく躾けるには限界がある。


それに、忙しい女王や姉に構ってもらえないマルマーリアを見ていると、タリーもつい甘やかしてしまう。




 姫が六歳になり、タリーは少し難易度を上げた教育をと思い始めていた頃。


「女王陛下からのお達しでございます」


「はい?」


突然、侍従の老人から荷物を纏めるように言われた。


一人で追い出されるのかと思えば、タリーとマルマーリアの二人分だ。


「申し訳ないが、姫様をお守りして他国へ逃げていただきたい」


こっそりと、静かな口調で老侍従に頼まれれば頷くしかなかった。




 マルマーリア、そして護衛兵士二人と馬車に乗る。


タリーは活気の無いツデの街中を走りながら、ヤーガスアのことを思い出す。


(ここも酷いけれど、まだヤーガスアほどではないわ)

 

タリーの見た、かつてのヤーガスアはイロエストの顔色を伺うばかりの国だった。


それに比べれば、ツデの王族はまだ誇りを失っていない。


自分たちで何とかしようと足掻あがいている。


(時間の問題かもしれないけれど)


二人を乗せた馬車がヤーガスア領主館に到着してすぐに兵士は言った。


「我々はここまででございます。


すぐに国元に戻りますので、王女殿下、侍女様もお元気で」


彼らが本当に国に戻ったのか、それとも国も何もかも捨てて奔放ほんぽうしたのかは分からない。


残されたタリーはボンヤリと座り込んだ。


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