第2話 変えること


 俺の容姿については、三年の間にかなり変わっている。


クオ兄のお蔭で食生活が改善されたからね。


ふふっ、もうチビとは言わせないぜ。


相変わらず俺の生活のほとんどは厩舎で魔獣たちの世話だけど、十五歳を境に公式の場に出ることが増えてきた。


「キャー、コリル殿下ー!」


その頃から、何故か女性たちに囲まれるようになった。


えっ、ナニコレ。


驚いていたら、一歳年上で俺の専属従者のギディが「何を今さら」って顔をする。


「元々、イロエストに近いヴェルバート殿下より、ブガタリアの血が濃く出でいるコリルバート殿下のほうが国民には人気がありますよ」


はあ?、そんなの聞いてない。


平民志望の俺的には、これ、不味くないか。


「で、でも兄様のほうがカッコいいし、優しそうだし」


俺が困っていると、しらっとギディが言う。


「確かにそうですが、弟殿下のほうが親しみ易いというのは間違いございません」


ああ、そういうことか。


平民には王太子なんて雲の上の人だもんな。




 部屋に戻った俺は、あまり見ない姿見に全身を映す。


少し癖のある柔らか過ぎる黒髪。


母親似で愛嬌のある童顔、肌の色は父王や兄様よりは濃い。


身長はギディのほうが少しだけ高い。


筋肉に関してはエオジさんを目指してたので、ムキムキではなくピッタリと満遍まんべんなく付いた感じ。


この体型は弱く見えるよな?。


「弱く見えるわけないですよ。コリル様がお強いことは見れば分かります」


ええっ、嘘だあ。


ブガタリアは筋肉万歳、脳筋の民族でしょ?。


俺より筋肉質のギディがため息を吐く。


「ブガタリアは武人の国ですが、筋肉だけが全てではありませんよ」


武に厳しいというか、見慣れているから本当に強い筋肉は見れば分かるらしい。


ううむ、侮れない民族だ。




 それから俺は考えた。


せめて、他国の人間からは弱く見えるようにしたい。


少なくともヴェルバート兄より弱く見えなければ、また後継問題が起きる気がする。


 俺は鏡をじっと見た。


答えはきっと分かっているんだ、あまりやりたくないだけで。


俺はサラサラと一枚の紙に依頼を書く。


「ギディ、これを衣装係に届けて欲しい」


「良いですけど。 何ですか、これ」


服を作るためのデザイン画というか、こういうのが欲しいというメモだ。


「仕立て終わってからのお楽しみ、かな」


俺は相変わらず母さんが選んだ服を着ている。


この世界の流行とか、定番とか、いまいちよく分からんし、自分のセンスの無さは前世から変わってないしね。




 数日後、離れに大きな荷物を持った婆さんがやって来た。


「コリル殿下。 ご注文の件、詳細を伺いに来ましたよ」


衣装係というか、布関係部門担当の老婦人である。


 女性なのに太い腕、がっしりとした体型。


黒髪黒目だけでなく、働き者のブガタリアの女性の特徴そのものを体現している。


これでめちゃくちゃ細かい作業が得意なんだよなあ。


俺の正装である長衣のデザイン、大鷲のテルーの刺繍はこの人の作品だ。


「お手柔らかにお願いします」


この婆さん、実は豪商マッカス、つまり俺の実祖父の何番目かの奥さんである。


本当ならお義祖母ばあ様と呼ぶべきところ、『おばちゃん』と呼ぶようにと言われているんだ。


ずっとお世話になっているので、態度も自然と砕けてくる。


「がはは、可愛いコリルのためだもの。 


張り切るのは当然さね」


大声で応えながら俺の背中を叩いて、


「内緒なんだろ?」


と、上目遣いで見上げてくる。


いつもなら弟子のニ、三人は連れて来るのに、今日は一人だ。


「……はい、よろしくお願いします」


ブガタリアの女性たちには、本当に頭が上がらない。




 おばちゃんにお願いしたのは、俺の今のサイズから首、胴回り、手首、足首に余裕を持たせたものだ。


「ここに、触っても違和感が無い硬めの詰め物を縫い付けて欲しいんです」


胴と首と手足首だけ太くしたいので、肌に直接巻き付けるのではなく、服の部分に縫い付けたらどうかなって相談してみた。


ウエストポーチやリストバンドを服の内部に仕込む感じでお願いしたい。


 おばちゃんは何の文句も言わず、サクサクと手を動かす。


「細かい川砂をさらに砕いたものがある。


手触りが良いからおもちゃに入れたりするんだよ」


そう言って荷物から小さな袋を取り出す。


俺はそれを袋の上から握って、感触を確かめた。


「いいですね、これでやってみましょう」


適度な重さがあるので身体を鍛えるのにも良さそうだ。




 何で、こんな注文をしたかというと、体型を誤魔化すためである。


「わざわざ太って見えるようにするって、どうなんです?」


ギディはエオジさんに視線を向ける。


エオジさんは諦めたように肩を竦めた。


「筋肉が付いているように見せるっていうんなら分からんでもないんだがな」


俺は逞しくなりたいんじゃない。


「それじゃあ意味がないんだよ」


女性や他の国から来た客人たちに注目されたくないだけだ。


「別の意味で注目されそうですけど」


あー、確かに。


ギディの言う事は間違ってない。


武の国、ブガタリアの王子が小太りってあり得ないよな。


でも、それで侮ってくれたらそれで良いんだよ、俺は。




「コリル、腕を太くしたら指の細さが目立つよ」


仮縫いの上着に袖を通しながら、俺も自分の手を見る。


袖口から傷だらけの骨張った手が覗く。


うん、魔獣の世話ばっかりしてるから小さな傷が絶えないんだよな。


体術の訓練のせいで関節部分がガッチリとしているのに、案外細い指が伸びている。


「手袋にしようかな」


俺が提案するとおばちゃんは唸った。


「指も太く見せなきゃ意味ないよね。


分かった。 コリルのためだ、何とかするよ」


そう言って請け負ってくれた。




 それから俺は、徐々に服のサイズを増やしながら、体型を変えていった。


「いやあ、クオ兄の料理が美味しくて!」


太った言い訳も完璧だ。


なるべく離れ以外では脱がない。


サウナ並みに汗かきまくってるけど、風魔法で何とかなる。


 特別製の服のことを知っているのは王宮内でもごく一部だけである。


「せっかくの男前が勿体ないねえ」


おばちゃんにそう言われながら到達した俺の最終体型は、前世の姿に近かった。 


黒髪で小太りで愚鈍に見える。


二度と見たくないと思っていたのに、それでも俺は見慣れた姿に何故か気持ちが落ち着く。


確認したけど、輪廻の神様のお蔭で俺の容姿はこの世界では嫌われない。


「賢くて、シュッとした殿下もカッコ良いけど、何というか、こっちのコリルも丸っこくて愛嬌があって可愛らしいねっ」


納品に来て、試着した俺におばちゃんが抱き付いてくる。


「わあっ、やめて、おばちゃん!」


盛大にスリスリされてしまった。




「ですが」


ギディが勿体ぶった態度で俺を見る。


「その姿でピア嬢にお会いになられるんですか?」


コホン。


俺にはピアーリナ嬢という遠距離恋愛の相手がいる。


ピアは現在、イロエスト国のヤーガスア領でシェーサイル妃の側近をしているんだ。


彼女とはずっと手紙を送り合ってはいるが、なかなか会えない。


「手紙で仔細は伝えてある。 だから、大丈夫だと思う」


たぶん。




 三年前、イロエスト国王弟殿下である義大叔父おおおじがシーラコークから公女シェーサイル姫を連れ出した際、侍女としてピアも一緒に出国した。


結局のところ我が儘姫のお願いは、義大叔父おおおじも公主陛下も無下に出来なかったようだ。


そして一行は結婚式を挙げるため、シーラコークからブガタリアを通ってヤーガスアへ抜け、イロエスト本都へと向かう。


俺は国から出ることは出来ず、ブガタリア国内だけ同行。


シーラコークの公子であるズキ兄が、シェーサイル妃の身内としてイロエストまで同行して、そのままピアと一緒に結婚式にも参列した。


色々事情があって、ピアは表向きはズキ兄の婚約者である。


ちょっとだけズキ兄が羨ましかったのは内緒だ。


ギリギリッ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る