時は短し恋せよアイドル
夏目綾
Stage 1.Go to the sea if you would fish well
時はアイドル戦国時代。
各プロダクションがしのぎを削って新人アイドルを次から次へと仕向ける。
そんな華やかにも残酷な戦国アイドル絵巻が繰り広げられる芸能界の隅っこでこの女はいた。
伍代智(ごだいとも)。一応、プロカメラマンである。
「はーい。笑顔、笑顔~。いいね~。可愛いね~。」
本職は、自然風景を収めるカメラマン。が、このご時勢そんなもので生活が出来る訳もなく、彼女のファインダー越しにはいつも、名もしれぬ売れないグラビアアイドルたちがいた。
「OK~!お疲れ様~!いや~可愛かったよ。ナナちゃん!」
「もう!伍代さん!私の名前はモモです!!」
「え・・・あれ?そうだっけ?ごめん。」
モモという少女は、このおばさんが・・・という顔をした。
齢、35。もうボケが始まっているのか・・・いやいや、似たようなアイドル(しかも売れてない)が多すぎるこんなご時世が悪いのだ。そう思い直しつつも伍代はため息が漏れる。
一体私は何をしている・・・。
訳のわからない女の子に媚び売って、大したお金にもならないのに。
そうは思ってもこれ以外どうにもならない毎日。
まぁ、致し方のないことだ。
伍代はいつものようにくたびれた様でカメラを担ぐとスタジオをあとにした。
「きゃーーー!!トワだーーー!!」
「マジ!?新CMじゃん!!」
通りすがりの女子高生がいきなり黄色い声を上げる。
その声に反応して彼女たちの目線に合わせてみると、ビルにある大画面にとある女性アイドルが映し出されていた。
どうやら化粧品のリップのCMらしい。
サラリと流れる金髪に、大きな瞳、綺麗な長いまつげ。派手に飾られたネイル。唇はリップの宣伝だけあって絵画の天使のごとく艶やかに潤んでいる。
“トワのリップは新鮮堂。キラメキ二倍。あなたのハートにずきゅん。”
「きゃーーー!可愛いーーーー!!」
そんなトワと言われるアイドルの決めゼリフに女子高生のテンションは最高潮である。
確かに化粧品のCMが様になるだけはある容姿である。
だがそれにしても・・・。
伍代はぐるっと街を見渡した。
街に走るバスに貼られた自身のCDの宣伝広告。ビルにでかでかと貼られた電化製品やお菓子の宣伝広告。店先にある小さなテレビに映るその他諸々のCM。
すべてこのトワではないか。
「さすが、天下の八雲トワ様ってとこか・・・。」
そう、このトワと言われるアイドル。流行に疎い伍代でも知っているほどの天下の大アイドルで、このアイドル戦国時代の頂点に立つ国民的アイドルなのである。
「はぁ・・・このトワってのには私や売れないアイドルの子達の気持ちなんてこれっぽちもわかんないんだろうな。ま、どーせかかわることはないけど。」
そんなことを呟きながら、伍代は次のスタジオに向かった。
電車で移動して約20分。
いつも暇なくせに仕事が重なる時には重なる。
しかも移動は自腹とくる。
まったくやってられない・・・やっとスタジオのあるビルについたものの、なんとなくすぐに入るのが癪で、伍代はビルの前でタバコに火をつけた。
しばらくタバコをふかしていると、ひとりの女性がそのビルに入っていった。おおよそ伍代くらいの年齢である。スーツ姿で自分とは違い、いかにもどこかの偉い方といった感じだ。
が、その女性は入ったと思ったらすぐに出てきて、伍代の顔をジッと覗き込んだ。
なんなの?
伍代がにらみ返すと女は伍代の肩を馴れ馴れしく叩いてきた。
「あー、やっぱり、やっぱり!伍代じゃん!覚えてる、私のこと?ほら、私だよ私!!」
そう言って女性は自分を何度も指差す。
最初は何を言っているか伍代もわからなかったが、顔をよくよく覗き込んでいるうちに次第に記憶が蘇ってきた。
「え!?え!?まさか、大和先輩!?」
「そうそう!いやー、まさかこんなところで会うとはね!大学以来じゃない?」
「マジですか?大和先輩こそどうしたんですか?あんまりに小奇麗な格好してたんでわからなかったですよ!!まさか、ここで仕事とか?」
「あー、そうそう、ここでちょっと用事があって。ってまぁ、ここではなんだし・・・そうだ、仕事終わってから飲みに行かない?」
そう言われ、伍代は大和に連絡先と店を書いた紙を渡された。
「じゃ、また後でね!」
伍代に手を振ると大和は早々とスタジオのあるビルに入っていった。
このビルには、スタジオの他にもプロダクションや何かが入っている。そのどこかで仕事があるのだろう。大和も芸能関係の仕事をしているのだろうか。
偶然とは恐ろしいものだ。と、伍代は思った。
大和とは伍代が大学時代に世話になった一つ上の先輩である。
同じカメラのサークルに入っており、カメラの熱い論争はもちろん、くだらない好みの男性論争その他もろもろよく付き合ってもらった。
人生の恩師と言っても過言ではない。
ただ、大和が大学を卒業してからというもの一、二年は連絡を取り合っていたのだが、二人共マメな方ではないために、自然と連絡も絶え、お互い何をしているかわからない状況になり今日に至った。
しかしだ。
伍代はビルのウィンドウ越しに映った自分を見てみて先ほどの大和の姿を思い出し比べてみた。
「なんだか、今の今の私を見せるのも恥ずかしいな。ま、仕方ないけど。」
タバコの火を消すと伍代はまたもや肩を落としてビルの中に入っていった。
「伍代!こっちこっち!!」
仕事を終え、大和が指定した居酒屋へと伍代がやってきた。
店は繁華街の気取らない感じの大衆居酒屋といったような感じで、そこは昔の大和のセンスと変わらないんだなと伍代は少し安堵したのだった。
一足先に仕事お終えた大和は既に何杯かビールを飲んでいた。
「お疲れ様です。」
そう言って、伍代は大和の向かいに座る。
「お疲れ、しっかし、久しぶりすぎるわ!ちゃんと生きてたんだ。カメラマンになるって大口叩いてたけど、何してるの?」
「いや、カメラマンですよ。一応。」
「へー。すごいじゃん。何、日本中の山めぐり歩いてんの?」
そう言われ伍代は苦笑いをした。
「まさか。私、そっちの才能ないんすよ。今は売れないグラビアアイドル撮ってます。」
すると大和は大笑い。
「伍代がグラビアね~!!似合うって言ったら似合うけど!!」
「ひどいな~。てか、先輩こそ何してるんですか。スーツなんか着ちゃって。」
「私?私は雑誌の編集とか企画とかやってるんだよ、宝山社っていう。けっこうえらい地位なのよ!」
「え、宝山社ってかなり大手じゃないですか!!すごい!ていうかありえないー。」
「うるさいな!ま、私の才能?ってとこだな。」
「先輩が本に関係することといえば漫画に詳しいっていうイメージしかないですよ。」
「今は、まっとうに清純派アイドル雑誌を担当してます。」
「ははっ!ますます、ありえないっ!!」
ひとしきり大笑いしたあと、伍代は黙り込んだ。
昔、同じように馬鹿やってた先輩が今となってはエリート。それに比べて小さなままの自分が悲しくなったのだ。
「どうしたの?伍代?」
「はぁ・・・私、何やってるんですかね。毎日毎日、よくわからない女の子撮って、ちょっとしたお金もらって。あの頃やりたかったこと、なにもできてない。」
「伍代・・・。」
「このままずっと、私はこんなかんじなんですかね、先輩。」
「伍代、でも私は貴女が撮る写真好きよ。」
「でも、みんなに認めてもらわなければそれまで。カメラマンなんて。はぁ、違う仕事にいっそのこと就いたほうがいいのかな。」
「そんなこと言わないでよ。カメラあんなに好きだったじゃない。だいたい何かきっかけがあればみんなも伍代のこと・・・ってそうだ!!」
「へ?」
大和は身を乗り出して五代の肩を掴んだ。
「伍代!!大きな仕事!!やってみない?」
「大きな仕事?」
「そう、大きな仕事!!」
そう言うと、大和はカバンからなにやら資料を取り出してきて伍代の前に並べた。
「見て!これ!!」
目の前に置かれた資料に大きく書かれた文字を五代は読んでみる。
「八雲トワ写真集・・・?」
「そう、今度うちの出版社でしかも私が企画担当で出すことになったの!もちろん八雲トワは知ってるよね?」
「知ってますけど・・・。」
「そのビッグネームの写真集よ。相当力を入れてる。もちろん売上も期待大!でも色々あって、中々カメラマンが決まらなくて悩んでたの。この際、新人でもなんでもいいからって探してたんだけど。」
「でも、そんな力を入れている写真集のカメラマンに私になっていいんですか?」
「ええ。言ったでしょ?私は伍代の写真が好きなの!伍代ならやってくれるって信じてるよ。」
「先輩・・・。」
「伍代のことだから女の子のアイドルなんて気に食わないだろうけど・・・これは名前を世に、業界に知らしめるチャンスよ。どう?やってみる?」
確かに女のアイドルということは気になるものの、こんなチャンスまたとない事だ。
伍代の返事は決まっていた。
「よろしくおねがいします!!」
「よし!!そうと決まったら!!飲むぞ!!伍代!!今日は私のおごりだ!!」
「はい!!」
それから、飲めよ食えよのどんちゃん騒ぎで、伍代はこれ以降の記憶があまりない。
だが、そんな曖昧な記憶の中、やはり仕事をもらったのは事実らしく、後日、伍代の携帯にメールが来た。
八雲トワとの打ち合わせをするらしい。
そこにはあるマンションの住所が書かれてあった。
トップアイドルともなると、マンションなんかで打ち合わせするのだろうか?
少し不思議に思いながらも伍代はそこへと足を運んだ。
「はーーー、おっきいーーー。」
伍代は指定されたマンションを見上げた。
都内に建つ高層マンション。一般人には無縁のような建物だ。
その屋上に近い階数の一室が打ち合わせ場所だった。
エレベーターを降りるとそこはしんと静まり返っていた。
慣れない場所だとムズムズしながらも、伍代はメールに書かれた部屋へと入っていった。
「おはようございます。」
「おはよう。」
大和は先に来ていて、資料を広いダイニングルームの机に並べていた。
マンション内は2LDKでダイニングルームは広く、一面にある大きな窓からは都内が一望できた。
「すごいですね。」
「すごいでしょ?まぁ、八雲トワが住むとなればこのくらい用意しなくちゃね。」
「は、住む?」
大和の不可解な発言に疑問を持ったその時だった。ドアがガチャリと開いて、玄関先から大きな声が聞こえた。
「おっはようございまーーーす!!八雲トワでぇーーーす。」
「お、主役登場。」
八雲トワがマネージャーと思われるメガネの女性を引き連れて手を振りながら現れた。
テレビで見たとおりの、くるくるとよく動く大きな瞳、長いまつげ、それでいて小顔。
派手な装飾品がじゃらじゃら付いた腕に、もはやトワの代名詞化としているこれまた派手なアートが施されたネイルが打ち合わせというのにびしっと決まっていた。
そして、よくテレビで見るより実際に見ると芸能人は細く見えるというがまさにそれで、トワは細くまた、小柄であった。
トップアイドルのオーラにただただ伍代が圧倒されていると、トワは訝しげな表情で伍代を覗き込んだ。
「ねぇ、このおばさん・・・誰?」
「な・・・、お、おばさんて・・・。」
「あぁ、トワちゃん、これが今度のカメラマンね。伍代智さん。」
するとトワは頬に両手を当ててのけぞった。
「えええええええええええ!!!!うそーーーーーーー!!!この年増のおばさんが!?」
「そうそう。」
「いやーーーーーー!!35歳の女の人って聞いたから大人のきれーなおねぇさんと思ったのにぃ、このきたないおばさん!?」
「そうそう。このきたないおばさん。」
「おい、ちょっと、待て。人をきたないおばさん扱いしないでよ!それにそこのアイドル、アイドルだからって言いたい放題言うな。」
「最悪、トワに指図する気?」
「指図って・・・大体、トップアイドルかなんだか知らいけれど見たらただのガキじゃない?」
きたないおばさん扱いされたのがよほど頭にきたのか、伍代は悪態をつく。
「ガキって・・・ガキって・・・トワのこと・・・!!水沼!!聞いた!?」
トワはマネージャーのネクタイを引っ張って言う。
「もう、信じらんない、サイテーーー!!トワ、トップアイドルなんだよ!?」
「トップって・・・背は小さいけどね!」
「は・・・・・っっ!!!!と、トワの気にしてることを・・・!!気にしてることを~~っ!!水沼、こいつ潰して、プロダクションの力をすべて使ってこいつの存在を消してぇ!!」
トワは水沼といわれるマネージャーのネクタイをぐいぐいひっぱりながら半泣きで訴える。
「トワ落ち着きなさい。」
水沼は、苦しそうな顔をしながらトワをなだめるが、トワは荒れるばかりである。
伍代はというと完全にトワをからかっているようで、自分の首元くらいしかないトワの身長を強調するかのように、首元で手を前後に振った。
「水沼!水沼!水沼ぁ!!こいつなんとかして!!!」
そんな二人のやり取りを見ていた大和は思わず吹き出した。
「いやー、二人が仲良さそうで安心したよ。」
『どこが!?』
伍代とトワが一斉に身を乗り出して言う。
「お、シンクロ率も抜群。これから一ヶ月一緒に住んでも大丈夫そうね。」
『は、住む?』
「お、またハモった。」
「ちょ、ちょっと待ってください、先輩、住むってどういうことですか?」
伍代があわてて聞くと、大和は机の上にある資料をとんとんと指で叩いた。
「これ読んでみ。」
大和の言われたとおり、資料に目を通してみる。
「“八雲トワ写真集~トワに密着一ヶ月~”・・・なんすか・・・これ・・・。」
恐る恐る、目線を大和に合わせて聞いてみる。すると大和はニコニコしながら答えた。
「そのまんま。伍代がトワちゃんに一ヶ月、密着して、写真集作れるほどに写真撮るの。ここで。」
「ちょっとまったぁぁぁぁぁっっっ!!!」
先に突っ込んできたのはトワであった。
「何それ、聞いてない。つまり何?何?何なの?どういうことなの?密着って何!?」
「簡単に説明しますと、トワちゃんに一ヶ月密着した写真集を作ってもらいます。一ヶ月間一緒に暮らしてずっと一緒にいて、あ、これおいしいなと思った瞬間をカメラに収めてもらうってこと。ご飯食べてるトワちゃんとか寝てるトワちゃんとか、まぁその他もろもろ一ヶ月。で、このマンションで今から一緒に住んでもらいます。だからあまり人に知られちゃまずいんで、スッタフも今日私ひとりってわけ。」
「なるほど、怪しいと思ってた・・・・って、まってよ先輩。聞いてないよ。住むって、このクソガキと?なんでそんな大事なこと黙ってたんですか!?」
「だって、言ったら絶対断るでしょ?」
「待ってよ、トワだって聞いてないよ!水沼どういうこと!?」
「だって、言ったら絶対断るでしょう?宝山社さんにはお世話になってるし、それにこの写真集が出たら金になる匂いがしたからつい・・・。」
「水沼、トワを売ったの!?ひどい!!!」
現場は一気に混乱の場へと変わった。
「伍代、これも貴女のためなの!この仕事が終われば、伍代のカメラマン生命にも光が!」
「トワ、これもあなたのためですよ。この写真集が出ればファンが喜びますよ!」
『うっっ!!』
お互い痛いとこをつかれ一瞬ひるむ。
「ま、そーゆーこと。細かいことはこの資料に書いてあるから読んでおいて。あとは、邪魔者は消えてお互い語り合うといいわ、撮影は今からスタートよ!伍代、良かったわね、こんないいところに住めて!」
「え、え、ちょっと待ってくださいよ!」
「トワ、私も帰りますんで、また明日、仕事の時間に迎えに行きます。」
「ちょっと待って!水沼も帰っちゃうの!?嫌だよ!このおばさんにトワ襲われたらどうすんの!?」
「襲わないわよ!!!」
混乱する二人をよそに、水沼と大和は帰る用意を始めた。
「じゃあね、伍代。幸運を祈る!」
「それでは、トワ。」
「あ、待って、行かないで!!犯される!!このおばさんにトワ犯されるううううう!!」
「誰が犯すのよ!!!・・・って待ってくださいよ、先輩、本気で暮らすのですか?ちょ!!」
二人の抵抗も虚しく、バタンとドアの閉まる音だけが虚しくこの大きな部屋に響く。
「くっそー、おしつけたな・・・。」
頭をかきながら伍代は横にいるトワを見る。
「・・・・・。」
「・・・・・。」
トワは嫌そうな顔で目を細くした。
「夜這いしないでよ。」
「だから!夜這いなんてしないに決まっているわよ!!私、女よ!?」
「ふん・・・!」
トワは首を大きく振って、二つある部屋のうちの大きい方の部屋に入っていった。
「こっちがトワのなんだからね!入ったら殺す!」
「はいはいはい!勝手にしたら?」
伍代が適当にあしらうと、トワは余計にすねてばんっとわざと大きな音を立てて自分の部屋のドアを閉めた。
「可愛くない!可愛くない!!あーーー可愛くない!!なーにがトップアイドルよ!!クソガキ!!」
ひとしきりイラついたあと、伍代は明日すぐにこの仕事を断ろうかとも考えた。
「どうする、私よ・・・。」
しかしだ。大和の言葉が脳裏に浮かぶ。カメラマン生命に光。確かにこの仕事に成功すれば、業界で名が売れてもっとましな仕事が来るかもしれない。もしかしたら風景の仕事がやりたいと言える身分になれるかもしれない。
「あーーー!もうっ!やるしかないのよ!!」
八雲トワは厄介なものの、ここは賭けてみるしかないのかもしれない。伍代はそう思い直し、嫌々ながらも資料を手に取り読み始めた。
・・・とはいえ、幸先はまったくもって不安、不明瞭であった。
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