6日目
第26話 学生らしく。
ウインドウショッピングでは、並ぶ綺麗な服を見たり、おしゃれなインテリアを見た。その後、ドアをすり抜けて公開したばかりの映画をのぞき見し、そして夜は屋上で星空を見て一夜を過ごした。
雲のない空に輝く満天の星。星座の知識はなくても、美しい空は時を忘れさせ、つないだままの手は心の傷をいやす。
「ヨウスケさんって、星が好きですね」
「好きというか、なんというか……ずっと見てたからかな。全然名前とかわかんないけど、安心するんだよね」
「それって好きってことですよ、きっと」
そんな会話をしつつも、二人はいつの間にかそのまま眠ってしまっていたミヤビを横に、ヨウスケも一度眠りについた。
次に目を開けたときには、太陽が昇り、雲一つない空が二人を迎えた。
「朝……」
先に起きたヨウスケが、ぼそっとつぶやいて体を起こす。
今日がミヤビの最期の日。彼女のやり残したことを消化するために、他になにがあるかを考える。
ミヤビは『学生らしいこと』をしたい。
ざっくりとした言葉である。一体何が、学生らしいのか考えてもよくわからない。
ヨウスケが学生としてやっていたことをと言えば、学校に行って、授業を受けて、部活に出る。他に何もしていない。
「そうか、学校……! 学校だよ!」
「ふぁぃ……?」
ヨウスケが普通にやっていたことが、ミヤビにとってはやりたいことである。思いついた『学校』は、入院生活が大半だったミヤビには行きたくても行けなかった場所。中学を卒業することなく死んでしまったために、高校という場所がどういうところなのかも知らない。
これは名案じゃないか、とヨウスケは声が大きく出てしまった。それを聞いてミヤビが寝ぼけた声を出す。
目をこすりながら起きる姿がまた可愛いと思い、どきっとしたことはヨウスケの心のうちに秘めておく。
「そうだよ、ミヤビちゃん! 学校に行こう?」
「がっ、こう……?」
「そうだよ。学校! 俺の学校に行こう? 今日は授業が半日だろうから、午後になれば人はほとんどいない。早く行って、授業とかどういう風なのか見ようよ!」
高校の授業がどのように行われているのか。高校とはどのような場所なのか。
行ってみるだけでも雰囲気が味わえるだろう。
ほとんど学校に行っていないというミヤビには、刺激になるだろうし、学校見学のようで楽しいと思ったのだった。
「えっと、今何時だろ? 十二時半には授業が終わるけど……」
「むぅ……?」
寝起きがよくないのか、まだぼんやりとした目のミヤビ。
目の保養になったと喜ぶ心を必死に落ち着かせ、次に向かう場所を決めると、ミヤビの手をとり何とか立たせる。
そのまま手をつないで、ショッピングモールを出て歩く。少しずつ日が昇って行く間に、ミヤビの頭は覚醒した。
学校に着いたのは、正午前――十一時五十分だった。向かう途中、遠回りでもカラフルな花が咲く道を通ったりしていた結果、どんどん遅くなってしまった。それで大して距離があったわけではないのに、この時間になってしまったが、二人は後悔していない。
綺麗なものを見るミヤビは、何をしても楽しそうであるため、ヨウスケは安心していた。
本人も今日が最期の日であることをわかっているため、様々な景色を目に焼き付けようとしていることが、ヨウスケにも伝わった。
「ここが、ヨウスケさんが通っていた学校……」
開いた黒い校門の前に立ち、学び舎である校舎を見上げる。
古びた校舎には、多くの学生が勉強をしている。ヨウスケにとっては数日ぶりになるのだが、何十年ぶりかと思うぐらいにとても懐かしい気持ちになった。
「……まずは外から見ようか。使えそうなら、体育館とかで少し遊べるかも」
「運動! 私にできるでしょうか?」
「できるよ、きっと」
「うふふ。楽しみです」
再び手をつなぎ、歩きはじめる。
もうそこには照れもなく、あたりまえのように感じた。だからこそ、今日で最後なのだと思うと、悲しくなる。その気持ちが、ミヤビの手を握る力を強めた。まるでどこにもいかせないと言わんばかりに。
その行動にミヤビも気づいている。だからそっと、一歩ヨウスケに近づいた。
敷地内を一周し、体育館を覗く。扉が閉まっている様子から、使用されていないということがわかる。
扉をすり抜け、中に入る。閉め切られていたせいで、じめじめとした空気がこもっている。サッカー部であったヨウスケは、あまりこの空気に慣れていないため、眉間に皺が寄る。
「部活の人がくる前に、少し使おうか。バスケとかできる?」
準備室の扉をすり抜けて中に入り、ボールを探す。何事もなかったように触り、ボールを持ちだした。
「バスケ……やったことないですね。ルールもよくわかりません」
「簡単だよ。あそこのゴールにボールを入れればいいだけ。ダブルドリブルとかルールももあるけど、俺たちしかいないから置いておこう。ただただあそこにボールを入れればいいんだよ。ほら」
二回床にボールをついて、ボールを投げる。すると、弧を描いて飛んだボールは、ポスッと音を立てて吸い込まれていった。
「すごい……そんなところからも入るんですね」
「コツさえつかめばできるよ。ほらやってみて」
落ちてきたボールをバウンドさせてミヤビに渡す。
不慣れな動きで受け取ったミヤビは、ヨウスケが投げた位置からシュートしようと見様見真似で投げてみた。
しかし、ボールはヨウスケの時よりも小さな弧を描いて落ちた。ゴールにもかすりもしなかったため、ミヤビは肩を落とす。
「こっち来て。もっと近くからやってみよう?」
ゴールに近い位置にミヤビを呼び、そこからのシュートを狙う。
横でフォームや狙う箇所を説明し、何度もボールを投げた。
練習すること十七回目。
思っているよりも運動神経がよくなかったミヤビに根気強く教え続けてやっと、一回だけ。シュートがきれいに決まった。
「あ……入った……入りましたよ! 見てください、入りました!」
初めて入ったシュートにテンションが上がったミヤビは、喜びを分かち合いたくてそのままヨウスケに抱き付いた。
とっさのことではあったが、ヨウスケはしっかりとミヤビを受け止める。
下からヨウスケの顔を見上げられ、顔がほころぶ。
「でさー……あの先生、俺ばっかに注意してきてさー……ってあれ?」
体育館に部活をしにきたのであろう生徒が入ってきた。その生徒は小さく弾むバスケットボールを見て、言葉が出なくなる。誰もいないはずの体育館に、片づけたはずのバスケットボールが勝手に出てきて動いている。それを見たら驚くのは無理もない。
「おい、今の見ただろ? 勝手にボールが動いて……」
「見たって。なんで……まさか幽霊か……?」
そんな会話を聞くと、二人は子供のように無邪気に笑い合った。
ちょっとしたいたずらのつもりで、静かになったボールを再び手に取ったヨウスケが、反対側にあるゴールへとボールを投げる。
生きている人たちからみたら、勝手にボールが浮いて飛んでいったようにしか見えない。
飛んでいったボールは、ギリギリゴールまで届き、リングにかすったものの、決まることはなかった。
ここで決まればかっこよかったのに、と残念に思った。
「みなさんびっくりしちゃいましたね。こっそり逃げ出しましょう?」
勝手に動くボールにくぎ付けになっている生徒をよそに、ミヤビと体育館から外に出た。
この日の勝手にボールが飛んでいった事件が、後輩たちへと語り継がれる話になったことは、ヨウスケの知る由もない。
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