空に昇る
夏木
-1日目
第1話 春の日差し
温かい風によって桜が散り、新緑芽吹く五月。季節が緑と花の洪水となって氾濫する。
入園、入学、進級、そして入社。慌ただしく始まった新しい場所、新しい環境での新しい生活に夢や希望を抱いた人達が、前へ前へと着実に進んでいる時期である。
清く澄んだ空気があたりを包み、風が吹けば、若葉がかすれてカサカサと音が聞こえる。
半袖では寒いけど、長袖を着るほど寒くはない。毎日の服に悩む人がいる中、ヨウスケは学ランを着ずに、変わらぬワイシャツに黒のパンツ制服で学業に励んでいた。
ホームルームから始まり、国語、英語、数学、エトセトラ。長い一日の授業を終えれば、放課後に待ちに待った部活動の時間がやってくる。大嫌いな勉強にも、この部活のために、ジッと堪える。
そしてやっと一日の締めとなるホームルームが終わった。「またね」と声が飛び交う中、
「へい、こっちだ! パスっ!」
放課後、学校のグラウンドには色々な音がまじりあう。例えば、金属とボールが当たる音。時にはラケットで弾むボールを打ち返す音。そしてそれぞれの部活でのかけ声。
多種多様な音に負けることなく、声を出すのは、グラウンドの半分を使って部活動に取り組むサッカー部だった。
ヨウスケはそこに所属し今年で二年目となる。正式入部した一年生から三年生まで、総勢四十人もおらず弱小部であるが、今年度からは新しいコーチが加わったことで、着実に力をつけていて強くなりつつある発展途上の段階だ。
毎回準備運動をした後、レギュラーメンバーを中心としたチームと準レギュラーメンバーで三十分間の練習試合を行っている。
レギュラーメンバーの多くは三年生。しかし、たった二人だけ、そこに二年生が含まれている。
一人はヨウスケ。そしてもう一人は、ヨウスケの親友であるハヤト。
素早い動きというよりも、テクニックを重視した練習を続けたハヤト。巧みにボールを操り、かわして進むことがチーム内で一番うまい。
ハヤトは四人の敵に囲まれ、同じチームのメンバーがどこにいるのか見えない中でもハッキリと聞こえたヨウスケの声に反応し、ボールを回す。
「任せたっ!」
一瞬の相手のスキをついた狂いのないパス。
ボールはヨウスケの足下へ真っ直ぐと向かった。それを受けとり、ゴールを目指して一直線に進む。
「あーらよっと。ほいさっ!」
スピードでは負け知らず。迫ってくる相手を寄せ付けることなく、正面の敵は体をうまく使ってかわし、ドリブルしながらどんどんとゴールへと近づいていく。
ヨウスケの動きに翻弄された相手は、ヨウスケからボールを奪えずに、その場に置いて行かれてしまう。
そして残るは相手チーム二人とゴールキーパーのみ。このまま行けると踏んだヨウスケは、力強く、かつ正確にゴールへ向けてボールを蹴り込んだ。
空中を掻っ切るように進んだボールは、キーパーの手に止められることなく、吸い込まれるようにゴールへと入る。
「ナイスッ、ヨウスケ!」
「へっ! ハヤトのおかげだってーの!」
親友のハヤトから受けとったボールをゴールへ決める。
小学生から地元の少年サッカークラブから何年も一緒にサッカーをやってきているが、この瞬間が一番気持ちよかった。
ハヤトとハイタッチをした後、監督が笛を吹いた。そのピッーと高い音は、練習試合の終了を告げていた。
「二人の連携プレー、なかなかだった。他のみんなも、何が何でもこの二人からボールを奪い取れるよう、練習をするように」
「はいっ!」
短いコメントを挟んだ後、再び次の試合を行う。
高校二年生。上級生と一緒にできる最後の大会でのレギュラー入りが決まっているヨウスケたちは、このままぶっ通しでやり続けなければならない。
勝てばもっとみんなとサッカーができる。勝つためには練習あるのみ。
大好きなサッカーを大好きなみんなと一緒に続けたいから、だからどんなに過酷な練習だとしても苦にならない。
「ハヤトっ!」
二試合目、今度はヨウスケからハヤトへとパスをする。
ハヤトよりも正確なパスではないが、スピードとパワーがあるパス。受け取るには少しテクニックが必要となる。だからハヤトは、自然とボールへと意識が向いたときだった。
「がっっ……」
パスを受けとるため、後方へと注意が向いていたハヤトと、この練習試合に参加していない一年生がぶつかり、二人とも地面へと倒れこんだ。
試合に参加していた部員、そして個人練習をしていた他の部員も慌てて転倒した二人の元へと走って集まる。
「いってぇなあ……お前っ! 何考えてるんだよ! 今は横でパス練のはずなのに、なんでフィールド内に入ってきてるわけ!?」
転倒後、すぐに起き上がったハヤトの様子から、大きな怪我はしていないようである。体についた土を落とすよりも先に、怒りに任せて声を荒らげた。
その怒りの矛先となったのは、ぶつかり合った小柄な部員。新入生であり練習試合にはまだ参加していなかった。練習試合中は基礎練習として、フィールド横の大きく空いたスペースで練習しているはずだったのだ。そのはずなのに、フィールド内で衝突した。納得いかない出来事に、ハヤトの怒りは声に、そして行動に現れている。
「す、すみませんっ! ボールが転がってしまってっ……」
謝る一年生が指をさした先には、二つのボールが転がっていた。一つは練習試合に使っていたもの。もう一つは基礎練習に使っていたものだ。まだサッカーを初めて間もない一年生による操作ミスによって起きたことを物語っている。
それはハヤトも理解している。だがそれでもなお、ハヤトの怒りは消えることはない。むしろさらにヒートアップしている。
「だから何? 周りを見ないで入ってきていいわけ?」
立ち上がりながらやっと服についた土をはたき落とし、低い声で続ける。普段は冷静なハヤトではあるが、大会が近いことがあって、かなりピリピリしていた。
「こっちは大会が近いっていうのに、怪我したらどうするの? 責任持てる? 君が代わりに試合に出るの? 下手くそなのに?」
幸いにも怪我も出血もなく、ただただ転んだだけであったが、ハヤトは鋭い言葉をぶつけ続ける。
精神的に強いタイプであれば、うまく言葉を返すことができたであろうが、うまいこといかない。ハヤトの言葉を正面からその言葉を受け取った一年生は、唇を噛みしめ、泣きそうになるのを必死にこらえて、ただただ黙って聞いていた。
「ねえ、聞いているの? ちょっとは何か言えば? もっと謝るとか、反省するとかさ、何か言いなよ……まさかずっと黙り続けるつもり? それで許されるとでも?」
「ごっ、ごめ、ごめんなさい……」
一年生はハヤトの言葉で怖くなり、小さな声を絞り出し、頭を下げて謝る。その声も体も震えていた。
謝罪を聞いてもなお、ハヤトは納得がいっていないようで、腕を組みながら、地面に正座する一年生に冷たい目を送っている。
「おい、ハヤト。もういいだろ? こうやってちゃんと謝っているんだしさ! な、一年生たちも、次からは気を付けるってことで。な?」
ハヤトと一年生の間に大きな溝ができてしまっては、今後の練習に影響がある。ハヤトの言い分もわかるが、ここは冷静になってもらおうと、二人の間にヨウスケが割って入った。
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