枕の喪失

白咲夢彩

枕の喪失


 休日の朝、今日も目覚めの悪かった俺は、最近できたという噂の日用品店にやって来た。近所の人によると〝どんな悩みも解決してくれる日用品〟があるらしい。


 きっと俺の目覚めの悪さを解決してくれるグッズもあるはずだ。


 そう思い、入店したと同時に近くにいる店員に声を掛けて聞いた。


「最近目覚めが悪くて……それを解決してくれる日用品ってありませんか?」


 すると、店員は言った。


「ほうほう。なら、質問です。最近、嫌な夢を見てしまったり、日常で嫌な気持ちになることが多かったりしますか?」


 だから俺は即答する。


「します!!」


 すると店員は、「わかりました」とにっこり笑顔で答えて、俺をある品物のコーナーへ案内した。


 そしてある品物を棚から取り出して言った。


「そしたら、この〝枕(まくら)の喪失(そうしつ)〟がおススメです。これは嫌な気持ちを、目覚めた時には全て脳みそから喪失させてくれる優れた枕なんです」

「嫌な気持ちが消えるってことですか?」

「はい、だから目覚めが悪いなんてことはもちろんありません。昨日の出来事を思い出して嫌な気分になることもありませんし、嫌な夢も忘れて起きられます。この枕は、あなたが寝ている間にあなたの全ての嫌な気持ちを消し去ってくれるので、あなたの目覚めも日常も、明日から快適になりますよ」

「へぇ……なら、買おうかな」

「ありがとうございます!あ、お客様!ひとつ伝え忘れていたことがございました。この枕は嫌な気持ちは消えても、出来事は消えないので、そこは間違えないでくださいね」

「ああ、わかりました」

 気持ちだけで十分だ。快適に寝られるなら俺はなんだっていい。


 俺は店員に勧められた枕の会計をレジで済ませて、寄り道をせずにその日は家に帰った。


 そして、寝る時間になると、新しく買った枕に変えて消灯した。


 翌朝、それはそれは最高の目覚めだった。


 いつもなら、うなされて気持ち悪いまま起きるというのに、今日はスッキリとした最高の目覚めだったのだ。

 昨日まであった心のもやもやは、どこかへ消えてくれていた。

そして、朝からポジティブ全開で、仕事も頑張れそうだった。

「この枕すげぇじゃん」

 いつもは月曜日ってだけで憂鬱になる今日も、最高の一日に感じていた。どんなことがあっても大丈夫。そんな気持ちになれた。

 

 俺はいつもと同じように出社して、残業後は家に帰った。帰宅後は風呂に入って、飯を食べて寝た。あの枕で。

すると、月曜日から嫌な出来事はあったが、翌朝起きれば、またその嫌な出来事に対してのもやもやは消えていた。

「すげえ、今日も目覚めが最高じゃん」

 今まで、会社では嫌な出来事ばっかりのせいで、夢にまで嫌な出来事が出てきてうなされてしまっていたのだろう。だから、目覚めが悪かったのだ。俺は相当なストレスが溜まっていたに違いない。

 でも、この枕を使ってから、こんなに目覚めの良い日が来るなんて思いもしなかった。


 いつもなら嫌になる起きたての太陽が、明るく眩しく温かく感じる、ポジティブ全開の最高な朝が来るなんて、俺はついこの前まで知らなかった。


 これからこの枕を使えば、俺は今まで苦しんだストレスとはおさらばできる!


 そして、最高な朝を毎日迎えられる。最高な日々を過ごせる!


 俺はこの枕と過ごす夜が増えるに連れ、もう怖いもんは無いぜと明るくなっていた。


 しかし、ある日から異変に気が付き始める。


 それは彼女とのデートをしていた時のことだった。


「ねえ、楽しくないの?」

「え?」

「最近なんか、デートしてもあんた楽しそうに見えない。私のこと嫌い?」

「え!?そんなことないよ!」

「ならいいんだけれど……」


 あれ、俺楽しいよな?あれ、楽しいか?


 彼女に言われた言葉で、そういえば、何かがおかしいと俺は考え出した。


 俺は楽しくないわけではない、嫌なわけでもない。でも、考えてみると、最近は大好きなアイスを食べても味わうことはなくなったし、休日が来ても前みたいに喜ぶことは無くなったし、友達に遊びに誘われても楽しみと思うことも無くなった。昔幸せだと心から思えたことが何故か無に感じるようになってきていた。


 それは彼女とのデートでも、表情で出てしまっているというのか!?


 それはとてもまずい。


 そういえば、俺、楽しいことが楽しいと心から思えなくなったかも。


 最近なんか変わったことあったっけ……?


 あ……もしかして、枕のせい?


 でも、嫌な気持ちは全部消えて幸せなはずで……ってあれ?


 嫌な気持ちが全部消えたから、楽しいことが楽しいと思えなくなったの?

 辛いことがあったから……もしかして……楽しいと思えた……?


 俺はそう気が付いて、彼女と最寄りでバイバイした後、急いであの日用品店に駆け込んだ。


 そして、あの時接客してくれた店員を見つけて、早口で言った。


「あの!嫌な記憶を取り戻したいんですけれど!!」


 すると、店員はにっこりと笑って俺に言った。


「それならあちらに、お客様にピッタリの品がございますよ」

「本当ですか!?」

「ええ、ついて来て下さい」


 俺は案内する店員の後に急いでついて行った。そして、あるコーナーに辿り着いて、店員は言ったのだ。


「こちらの気持ち戻(もど)ライヤーがおススメです。このドライヤーで髪の毛を乾かせば、あっという間に消えてしまった嫌な気持ちが戻りますよ」

「あ、ならそれください!!」

「ありがとうございます、お会計はあちらです」

「はい!!」


 俺はそのドライヤーを購入した後、急いで帰宅し、お風呂に入って、上がった後濡れた髪の毛を乾かした。


 ドライヤーのブオーンと響く音と共に。


 最悪な気持ちをぶり返しながら、最高の気持ちもちゃんと感じて。

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