あの味をまた…
ちょこ
第1話
「よっし!」
俺は腕まくりをして、石鹸できれいに手を洗う。材料は、青魚に鶏肉。それを記憶を頼りに調理していく。包丁で手を切りそうになりながら、火傷しそうになりながらも不器用ながら料理を作り上げる。そして、お待ちかねの試食タイム。出来立て熱々を頬張って、首を傾げた。
「ちげぇ…」
俺が食いたいのは、親父が作ってくれたあの唐揚げ。いつも俺たち兄弟を楽しませようと鶏肉だけじゃなく魚も同じような形に成形されて、からっと揚がっていて、一つのでかい皿にドカッと盛られたやつだ。【なぞなぞあげ】と俺たちが名付けたこの料理は家族でワイワイと食卓を囲んだ思い出と共にあって、思い出しただけでよだれが出る。俺が一番好きだったのは、鶏肉、それも胸肉のなぞなぞあげが大好きだった。それにレモンをかけて食べるのが最高だ。カットレモンなんてこじゃれたものは誕生日やクリスマスの特別な日だけ。普段は瓶に入ったレモン汁だけど、それがないとちょっと物足りなかったのもいい思い出だ。大人になって一人暮らしを始めてからは、居酒屋で注文したり、流行りの唐揚げ専門店に行ってテイクアウトしたりするけれど、最初の一言目に呟いてしまうのは、「ちげぇ…」俺が食べたいのは、これじゃないんだ。料理は苦手じゃないから、記憶を頼りに作ってみたけれど一人暮らしの調理器具じゃあ納得のいくものは当然作れなくて、挑戦するたびに親父には到底及ばないと肩を落とすのだった。そして、年に1度か2度、実家に帰った時のお楽しみにしていたけれど、親父も年を取って大病をしてからは、味覚が戻らず、料理自体をやめてしまったから、もうあの味のなぞなぞあげを食べることは叶わない。
口うるさい親父との思い出はたくさんあるけれど、一番最初に親父とのことを思い出すと飯のことが頭に浮かぶ。調理師の免許を持っている親父は主に休日の夜、飯を作ってくれた。丸ごとの魚を買ってきて捌いてくれたり、一緒に市場に行ったり。おふくろも料理が上手かったが、揚げ物は苦手だからと一切しないで親父の担当だった。そしてもう一度、びっくりあげを作っている親父のことを思い出そうと目を閉じた。
青魚を捌いて、骨抜きで骨を取って、カットする。次は鶏肉の胸肉ともも肉をそれぞれ一口大に。ボールに入れているのは、漬けダレの材料の醤油、酒、みりん、にんにくのチューブ…しょうがのチューブは俺たち兄弟もおふくろも好きじゃないからほんの少しだけ入れて、水道から直接水をちょろちょろ入れて指でかき混ぜて味見をしている。それを魚はポリ袋にタレと一緒に入れて、鶏肉はボールのままラップをかぶせて数時間放置する。そして、片栗粉を付けて深めのフライパンにたっぷり入れた油で揚げている。付け合わせは、ふわふわの千切りキャベツ。四角いちゃぶ台の食卓には、びっくりあげ、大きいザルに入ったままのキャベツがドンと置かれ、大人はビールで子どもはジュース。白いご飯も置かれていたと思うが、思い出せない。待ちきれなくて、早く早くとせかす俺たちに「先に食べていいぞ」って乾杯だけして、親父がキッチンドランカーになるのもいつものこと。目を凝らして、一番好きな胸肉の唐揚げを一番最初に食べようと慎重に選んでいると、弟が横から「一番!」とかっさらっていく。慌てて俺もこれだと思う唐揚げを選んで皿に取る。レモン汁をドバっとかけて、がぶりと噛り付く。
(よっしゃ!)
大好きな鶏の胸肉だった時は、心の中でガッツポーズをして食べ進める。そして、今度は選ばないで上の方から3つくらいお皿に盛る。
「ずりぃ!」
弟も俺のマネをして3つ皿にとって、どっちがレモンをかけるか喧嘩しているうちに最後の唐揚げをあげ終わった親父がやってくる。
「うまいか?」
「「めっちゃうまい!」」
声をそろえた俺たちに、まんざらでもない顔をしてビールを煽る親父の姿が目に浮かぶ。
「パパのなぞなぞあげは最高よね!」
おふくろも顔をほころばせて、ビール片手に唐揚げを食べている。
こんな幸せな食卓を思い出しながら、今しがた作ったばかりの俺流のなぞなぞあげを盛り付けて食卓に並べる。付け合わせは、親父みたいにふわっと切れないから買ってきた袋に入っているキャベツと洗っただけのプチトマトを唐揚げとは別皿に盛りつけてみる。炊きあがったご飯も一緒に夫婦茶碗にそれぞれ盛り付ける。
「お待たせ。やっぱり親父みたいにうまく出来ねぇ…」
言い訳しながら、向かいに座っている俺のカミさんとそのお腹を見た。大分ふっくらとしてきていて、来月には俺たちの息子が産まれる。この息子のためにもまだまだ練習しなくちゃな…そんなことを考えていると、
「いい匂い!」
カミさんは待ちきれないとばかりに手を合わせた。
「いただきます!」
「どーぞ」
カミさんが俺が作った唐揚げに箸を伸ばした。多分口いっぱいに頬張ってニコニコしながら、
「パパの唐揚げ最高!」
「いや、親父とおんなじようには出来ねぇ…」
「これも十分美味しいよ?あ、これは魚だ!」
つわりが終わって、やっと食欲が戻るどころか俺以上に食べ物を欲するようになったカミさんは目をキラキラさせて俺が作った唐揚げを食べてくれる。
「うん、美味しい。私は鶏より魚の方が好きかも!もう少ししょうが多めの味付けも好きだよ?」
「そうなのか?」
「うん!パパの味のスペシャル揚げ、この子が大きくなったら作ってあげてね~」
お腹をさすりながら、幸せそうなカミさんに俺まで幸せな気持ちになれる。
「俺の親父のはなぞなぞあげっつってたんだけど、【スペシャルあげ】、その名前いいな!俺の唐揚げはその名前で!」
「うん!その前にこの子の離乳食とかもお願いしちゃおっかな」
「任せとけって!」
力こぶを作るポーズで俺は答える。俺は俺の家庭を作っていけばいいんだな…まだ見ぬ息子が笑顔で俺のスペシャルあげを頬張る顔を思い浮かべて、目頭が熱くなるのを必死にこらえて笑顔を作ったのだった。
あの味をまた… ちょこ @chiyococo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます