第186話 SS3 メンザとロザンナの若き日

 冒険者ギルド・ツヴィー支部長でラーズと行動しているメンザ。

 ツヴィーの街で孤児院を経営しているロザンナ(136話登場)。

 同世代の二人の若い頃の話です。



   ◇◆◇◆◇◆◇


「ロザンナさん」


 ギルド酒場で一人飲んでいたロザンナは若い男に声をかけられ、訝しげに振り返る。

 男の顔に覚えがあった。

 この街の冒険者なら、ほとんどの者が知っている男だ。


 イケイケパーティー『五帝獅子』。

 破竹の勢いでのし上がってきた若手パーティー。

 今一番注目されているパーティーだ。


 その勢いを体現するかのごとく、ヤンチャなメンバーが揃っている。

 その中で一人、メンザだけが若いくせにやけに落ち着いていた。

 そんな彼が一体なんの用だ――ロザンナは気を引き締める。


「なんだ?」

「ロザンナさん。僕と結婚してください」

「へえ」


 まったくの予想外に、ロザンナは拍子抜けしてしまう。

 彼女は前衛アタッカーだ。

 ゴリゴリの筋肉鎧を身にまとい、拳ひとつでモンスターをバッタバッタと薙ぎ払うスタイルだ。

 自分が女としての魅力があるとは思っていない。

 女であることよりも、冒険者であることを選んだのだ。


「私は自分より強い相手しか興味ない。他を当たんな」


 今までも何人かの物好きがプロポーズしてきたが、ロザンナは今回と同じ対応だった。

 どうせ、冷やかしじゃないかと思っていた。


 半数はこの言葉にビビって去り、残りの者もその拳の前に沈んだ。

 どうせ、この優男も口だけだろう。

 そう思ってすげなく袖にするロザンナだったが、メンザはめげなかった。


「せめて、チャンスをください。貴女あなたより強いことを示してみせます」

「ほう」


 ロザンナはニヤリと口の端を上げる。

 可愛い顔をして、根性はあるようだ。

 やはり、コイツも『五帝獅子』の一員だな。


 まだまだ若い。

 だが、そのまっすぐな若さがイイ。

 一度、鼻っ柱をへし折ってやろう。


「ついて来な」


 ロザンナはグラスを空にすると、歩き出す。

 二人はギルド裏手の訓練場に向かった。

 そこで二人は向かい合って立つ。


「アンタ、タンクだろ。私の一撃に耐えられたら考えてやるよ。ほら、準備しな」


『――【魔導盾マギカ・シールド】』


 スキル発動と同時に、メンザの前に魔法障壁が現れる。


「じゃあ、行くよ――」


 軽い口調だが、ロザンナを包む空気が変わる。

 メンザはヒリつく空気に足が下がりそうになった。だが、意地を振り絞って、その場にとどまる。


「へぇ」


 メンザには怯えた様子が一切ない。

 ロザンナは嬉しくなる。


「うらあぁ」


 闘気を纏ったロザンナの拳が魔法障壁に叩きつけられ――。


 ――ドンッ。

 ――パリン。

 ――ドスッ。


 拳は障壁を叩き壊し、メンザの腹に深く食い込んでいた。


「待ってて……ください。必ず……追いつき……ます……から…………」


 それだけ言い残し、メンザは意識を手放した。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 それからしばらく、メンザがロザンナに話しかけてくることはなかった。

 その代わりに入ってくるのは『五帝獅子』の攻略状況だ。

 今はまだ、ロザンナたちの方が先を行っている。

 だが、『五帝獅子』は凄い早さでその差を縮めていく。


「これなら、すぐに追いつかれちゃうかもなあ」


 『五帝獅子』の活躍を聞くたび、ロザンナは嬉しくなった。


 ――そして、一年後。『五帝獅子』はロザンナのパーティーを追い越した。


 その報が届いた日の夜。


「ロザンナさん、お話があります」


 ついにこの日が来た。

 私も年貢の納め時かな。

 ロザンナの中では、いろんな思いがごちゃ混ぜだ。

 初めての経験だが、悪い気はしなかった。


「じゃあ、裏に行くか」


 一年前と同じ力試し。

 今度はきっとメンザが勝つだろう。

 そのときは――。


 どこから聞きつけて来たのか、大勢のギャラリーが集まっていた。


 一年前と同じように、二人は向き合って立つ。


「準備しな」


 高揚感でロザンナは身体が熱い。


 だが、メンザは――。


「ごめんなさい」


 その場にひざまずき、土下座を始めた。


「は?」

「どうか、この話なかったことにしてください」

「え?」

「自分から切り出した話なのに、本当に申し訳ないです」


 メンザは何度も頭を地につける。

 一方、ロザンナは理解が追いつかない。ただ、身体が冷えていくことだけは感じられた。

 そこに一人の女性が、観客の輪から飛び出してきた。


「メンザさんは悪くないです。悪いのは全部、私です」


 女性はメンザの隣に並んで頭を下げる。

 思わぬ展開に、ギャラリーは沸き上がり、大騒ぎだ。

 見世物としては最高だろう。


「おい。静かにしろ」


 だが、ロザンナが低い声を発すると、場はシーンと静まり返る。

 彼女と目の合った冒険者は、怯えて陰に隠れた。

 落ち着いたのを見計らって、ロザンナは二人に問いかける。


「えっと……どういうこと?」


 メンザが顔を上げて、真っ直ぐな視線をロザンナに向ける。


「僕はこの子――ヨゼフィーネと結婚するんです」

「は?」

「気づいたんです。『自分が好きな相手』と結ばれるよりも、『自分を好きでいてくれる』相手と結ばれる方が幸せだってことに。彼女がそれを教えてくれたのです」


 ヨゼフィーネは冒険者ではない。

 メンザの行きつけの酒場の娘だ。


 この一年間。

 ヨゼフィーネはメンザを支えてきた。

 過酷なダンジョン攻略に向かうメンザを励まし、癒やしてきたのが彼女だった。


 メンザは確かにロザンナに恋していた。

 だが、弱ったとき、苦しいときに隣りにいてくれるのはヨゼフィーネだ。

 彼女の優しさ、清純さ、そして、彼女から向けられる好意。メンザの心は揺れた。


 そして、メンザがひどく落ち込んだある日。

 ヨゼフィーネが胸を貸してくれた。

 彼が落ち着くまで、胸に抱き、優しく頭を撫で続けた。


 メンザの気持ちが落ち着いて、身体を離したとき。

 二人の視線が絡まった。

 吸い込まれるように距離が縮まり――唇が重なる。


 若い二人だ。

 若さを止められず、二人は肌を重ねた。

 二人とも、初めての経験だった。


 夜が明けた――。


 ヨゼフィーネは愛していた。

 出会ったときから恋い焦がれ、惜しみなく愛を注いできた。

 だが、彼女はそれ以上は望まなかった。

 相手は冒険者――留め置くことは出来ない。

 せめて、一夜だけでも――その願いが叶ったので、彼女は満足していた。


 だが、メンザはヨゼフィーネが思っていた以上に生真面目な男だった。

 後朝きぬぎぬの別れ――衣を正し去ろうとする彼女を引き止める。


「僕と結婚してください」


 メンザは責任を取ると言って聞かなかった。

 その真摯な態度にヨゼフィーネは感激し、二人は結ばれることになったのだ――。


 そんな話を聞かされたら、ロザンナとしてはなにも言い返せない。

 落胆はひどいものだったが、年下の二人にそれを見せるのは矜持が許さなかった。


「おめでとさん。私を振ったんだ。ちゃんとその子を幸せにするんだよ」


 そう言い残して、その場を立ち去る。

 その背中に「かっけえ」とか、「ねーさん、男前だなあ」とか、声が届くが、ロザンナはすべて無視して、夜の街に消えて行った。

 そんな彼女を追いかける一人の男がいたが、誰も気づいていなかった――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


136話にあるように、ロザンナはその後「素敵な旦那さん」と結ばれて、幸せな人生を送っているので、ご安心ください。


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