第136話 ロザンナ

 ロザンナさんに案内され、狭い応接室に入る。

 調度品は質素なもので、部屋は清潔に保たれている。


「シンシアさん。狭苦しいところだけど、どうぞ座ってくださいな」

「座ろう」

「ええ」


 シンシアをうながし、ソファーに座る。

 ロザンナさんが淹れてくれたお茶で喉を潤した後、マジック・バッグから取り出した少し大きめの布袋をロザンナさんに手渡す。


「ロザンナさん、いつものです」

「いつもありがとうね。助かるわ」


 定期的に渡している寄付金だ。

 この街を離れてからも、ギルド経由で定期的に送金している。

 ロザンナさんはいつもと違う布袋の重さを感じとったようだ。


「あらまあ、ずいぶんと稼いでるじゃないの。大変だったみたいだから心配してたのよ。でも、安心したわ」


 ロザンナさんは優しい笑みをシンシアに向ける。


「ええ、仲間にも恵まれまして」

「素敵な子じゃない。よく捕まえたわね」

「ははは」

「シンシアさん。この子をよろしく頼みますね」

「はい」

「子ども扱いしないで下さいよ」

「あらあら、冒険者はみんな、私の子どもみたいなものよ」


 ロザンナさんは、築き上げてきた年月があるからこその笑みを浮かべる。

 彼女も元冒険者で、今でも定期的にダンジョンに潜っている。

 強さを維持していると同時に、モンスターを狩って運営費を稼いでいるのだ

 長い袖とスカートに隠されているが、その内側にはバキバキに鍛え上げた筋肉をまとっている前衛職だ。


 院長を含め、ここの運営に携わるのは元冒険者の人たちだ。

 冒険者を目指すガキンチョに、毎日、容赦無い修行を課している。

 子どもたちは音を上げそうになっているが、その厳しさがいつか命を救うことになるだろう。


「それより、大事おおごとに巻き込まれてるんでしょ?」

「えっ!?」

「あらあら、カマをかけてみたけど、当たりだったようね」

「…………」


 咄嗟の問いかけに、つい、顔に出てしまったようだ。

 やはり、ロザンナさんは一枚も、二枚も上手うわてだ。


「ちょっと前に支部長メンザと第40階層でバッタリ出会ってね。なにかあると思ったところで、アンタがこの街に戻って来たと聞いたのよ」


 ロザンナさんも定期的にロードを狩っている一人だ。


「それにいつもの何倍もの寄付金。すぐピンと来たわ」


 大した推理力だ……。


「危ないんじゃないの、二人とも?」


 ロザンナさんは大筋を把握しているのだろう。

 隠し立てすることでもないし――。


「ええ、実は、ちょっと、世界の危機に巻き込まれちゃいました」

「あらまあ。それは大変ね」


 軽い調子で言ってみたら、同じくらい軽い返事が戻ってきた。


「シンシアさんも?」

「はい。私もです」

「せいぜい頑張りなさいよ。頑張るのは若い人の特権だからね」

「「はいっ!」」


 息が重なる。


「ロザンナさんほどではないですが、俺にも守りたいものがあるので、精一杯頑張ってみます」

「頼もしくなったわね」

「おかげさまで」


 俺が頼もしくなったとすれば、導いてくれた先達せんだつのおかげだ。

 もちろん、ロザンナさんもその一人。


「やっぱり、メンザも絡んでいるの?」

「ええ、メンザとその孫のステフも一緒です」

「あらあら、楽しそうなメンバーね」

「ええ、それに、俺には精霊もついてますので」

「じゃあ、安心ね」


 ロザンナさんはなにかを思いついたように、悪戯いたずらそうな笑みを浮かべる。


「そうそう、メンザの昔話をひとつ教えてあげる」

「昔話……ですか?」

「実はね、あの子が若い頃、私にプロポーズしてきたのよ」

「「えっ!?!?」」


 ロザンナさんの過去についてはひと通り聞いていたが、この話は初耳だ。

 衝撃的な事実に声が出てしまった。

 シンシアも驚いたようで、声が重なった。


「そのときは私の方が強かったから『私より強くなったらね』って先延ばしにしたのよ。あの頃は私も若かったわ」


 ロザンナさんが遠くを見つめるように話し始めた。


「でもね、あの子が私より強くなったときには――」


 隣から息を呑む気配が伝わってくる。


「あの子の隣には、すでに可愛い奥さんがいたのよ。ちゃっかりしてるわよね」

「えっ!?」


 シンシアの目が大きく見開かれた。

 ここまでだと悲恋の話だ。

 だが、その結末は――。


「でもね、そのおかげで私はもっと素敵な旦那さんに出会えたの。人生って不思議なものね」


 過去から現在へと戻ってきたロザンナさん。

 俺には理解できないような、遠い遠い時の流れがあったのだろう。

 結末を知ったシンシアはホッとしていた。


 とその時――。


 ――コンコンコン。


 ノックの音。


「おーい、開けるぞ」

「はい、どうぞ」


 扉が開き、入ってきたのは老男性。


「ここに来ているって聞いてな。ラーズ、元気にしてたか?」

「ええ、おかげさまで」

「ちょうどアンタの話してたところよ」

「俺の話?」


 入ってきたのは、ロザンナさんの「素敵な旦那さん」だ。


「よしてくれよ、恥ずかしい」

「ふふふっ」


 二人の間には、年月を経て熟成された絆がある。

 見習いたいほどの素敵な絆だ。


「今日は時間あるんでしょ?」

「ええ、一日、空けてます」

「あの子たちを見てあげてちょうだい」

「そのつもりです」

「年寄りの忠告もいいけど、やっぱり現役の言葉は重みが違うでしょうからね」


 その後しばし、ロザンナさんと旦那さんと歓談に花を咲かせることになった――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 メンザにも若い頃がありました。


 次回――『ララとロロ2』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る