第134話 ツヴィーの街外れ

 ――翌日。


 今日は休日。

 天気も良い。


 雲ひとつない空。

 そして、いつもより少し風が強い。

 こんな日には、世界樹の花の甘い香りが、風に乗って街まで下りて来る。


「今日はどこに連れて行ってくれるの?」

「俺にとって大切な場所だ。シンシアには退屈かもしれないけど……」

「ううん、私はラーズと一緒にいられるだけで幸せだわ」

「俺もだよ」


 シンシアが腕がするり、自然な場所に落ち着く。

 今では、これが当たり前になった。

 最初は腕を組んで歩くのもぎこちなかったが、今は無意識に歩調が重なる。

 ずいぶんと慣れた足取りで街外れへ向かった。


 ここツヴィーの街は、世界樹に近い地区ほど栄えており、その分、地価も高い。

 俺たちが目指しているのは、その逆。地価の安い街外れだ。

 とはいえ、この街は治安がよく、他の街にあるようなスラムは形成されていない。

 街外れには、貧しいながらも、質素に正しく生きる者たちが暮らしているのだ。


 ――だが、今日は少し空気が不穏だ。


 半年前よりピリピリしている。

 俺たちに不躾な視線を向ける者も多く、みな、怯えるようになにかを警戒している。

 エルフ王族との会食時、クラウゼ第二王子殿下から聞いた話を思い出した。


 ――不自然な行方不明者がここ一ヶ月で急増しているのです。


 この街で暗躍している非合法組織。

 禁薬に人攫い。


 見慣れぬ俺たちを警戒するのも当然だろう。

 だが、こちらを見ることはあっても、話しかけてきたりはしない。

 離れたところから見定めるだけだった。


 俺もシンシアもやましい気持ちはないので、堂々と胸を張って歩いて行く。


「シンシアはこっちの方に来たことは?」

「ええ、一度だけ。知人が家庭を持っていて、招待されたことがあるわ」


 知人――間違いなく冒険者だろう。

 ここら辺に居を構える者の多くは冒険者だ。

 この街に住み、商業活動に従事するものは、普通もう少し街の中心に近いところに家を持つ。

 この辺りに暮らすのは、冒険者と貧しい者たちだけだ。


 若手ばかりのアインスの街ではあまりいないが、この街だと家庭を持つ冒険者というのはそれなりにいるのだ。


 同じパーティーのメンバー同士。

 この街の住人と恋に落ちる者。

 遊女に惚れ込み、身請けする者もいる。


 一定以上のレベルになれば、風流洞で安定した稼ぎを得られる。

 前に進むことを諦め、家族を養う。

 それもまた、ひとつの選択だ。


 意図せずパーティーメンバーを妊娠させてしまい、冒険者を続けながら父親となる者もいる。

 そこまでではなくても、二人だけの時間と空間を求め、住処を定める者たちもいる。


 冒険者が所帯を持つことには賛否両論ある――。


「守りに入り、腑抜けてしまう」という否定的なもの。

「帰る場所ができるので、意地でも生きて帰ろうとする」という肯定的なもの。


 俺はどちらの立場にも立たない。

 家庭を持って強くなる者もいるだろうし、弱くなる者もいるだろう。

 結局は本人次第だ。


 ――と、今までは他人事のように考えていた。


 だが――。


 隣の美しい女性に目を向ける。

 今すぐどうこうするつもりは、俺もシンシアもない。

 しかし、決して避けては通れない問題だ。

 今のうちから、頭の片隅には置いておかないと。


 ともあれ、それは未来の話だ。

 今日は、今日という日を存分に楽しもう。


 街外れは平屋の家屋が並んでいる。

 簡素ではあるが、自然と調和した建造物。

 エルフの木材加工技術によって建てられた木造建築だ。


 街に溶け込む住居を横目にしながら、道を歩いて行く。

 今日は、やはり、風が気持ちいい。


 ときおり風に流され、シンシアの金髪がきらめくようになびく。

 花の香りとシンシアの匂いが混じり、心から不純物が溶けていく。


 ダンジョンに潜る時とは違う、ゆったりとした時間の流れ。

 最近手に入れた、新しい幸せだ。


 ――しばらく歩き、目的地にたどり着いた。


 一般家屋とは違い、三十人ほどが居住している大きな二階建て。

 広い庭では十数人の子どもたちが思い思いに過ごしている。


 木剣を振り回し、模擬戦を行う子たち。

 淡々と素振りを行う子。

 魔法の練習をしている子。


 そして――。


「やあ、ララ」


 庭外れにある大木の根本に腰掛け、魔導書を広げている少女に声をかける。

 よほど熱心に読み込んでいるのか、俺の呼びかけにも気がつかないようだ。


 相変わらずの集中力だな。


「ララ、ララ」


 何度か繰り返し、ようやく気づいた少女が顔を上げる。


「やあ、ララ、元気にしてた?」


 目が合うと、にっこりと笑顔を浮かべる。

 そして、魔導書を閉じ、ララは立ち上がった。


「ラーズ兄さん……」

「半年ぶりだな。また、少し大きくなったか?」


 半年前より、わずかに目線が高くなった。

 ララは14歳。

 この年頃の子は一日ごとにどんどん成長していく。

 最後に会った時から身長も伸び、顔つきも大人びている。


「そうですか? 自分では分からないんですけど……」


 そう言いながらも、ララは嬉しそうだ。


「ずいぶんと集中してたね」

「ええ、後半年もないですから」


 後、半年で15歳。

 冒険者になれる年齢だ。


 ララとは赤ん坊だった頃からの知り合いだ。

 分かっていたことではあるが、月日の流れの早さを感じる。


「あのう、そちらの方は?」

「ああ、今のパーティーメンバー。回復職のシンシアだ」

「よろしくね、ララちゃん」

「こちらこそ、よろしくお願いします」


 ララは丁寧にお辞儀をするが、疑問を感じている様子がありありと伝わってきた。

 どうやら、俺が追放されたのを知らないようだ。


「まあ、積もる話はまた後にしよう。先に、院長に挨拶してくるよ」


 一度ララに別れを告げ、この場を去ろうとすると――。


「あっ、ラーズ兄(にい)っ!!」


 少年の呼び声が広い庭に響きわたった。


【後書き】

 次回――『ララとロロ』

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