第110話 風流洞攻略2日目1:精霊知覚
さっさと支度を済ませリビングで待っていると、少し遅れてシンシアが降りて来る。
その手には冒険者タグが握られていた。
「ねえ、ラーズ」
「どうした?」
「あのね、今朝起きた時からラーズの回りにいる精霊がね、いつもと違うように感じたの」
「いつもと違う?」
「ええ。いつもより鮮やかで、生き生きとしてて、身近に感じられるの」
「そう? 俺はいつも通りだけど?」
「そうね。最初はラーズが成長したからかと思ったの。でも、違ったの」
シンシアが冒険者タグを俺に見せる。
「【精霊知覚】!」
「ええ、【精霊視】が【精霊知覚】に変化してたの。それで精霊のことが以前よりよく分かるようになったんだと思う」
「良かったね。おめでとう」
「ありがと」
「でも、なんでだろ……あっ!」
俺はひとつの可能性に思い至る。
「もしかして……」
「ええ、多分そうだと思うわ」
シンシアが顔を赤く染める。
「ラーズの感じている世界に近づけた気がして嬉しいわ」
屈託のない笑顔を向けられ、昨晩のことを思い出す。
そのギャップに俺も照れてしまう。
それを誤魔化すように言葉が口をついて出た。
「じゃ、じゃあ、早速ダンジョンに向かって、その能力を確認しよう」
「そっ、そうね」
そういう関係になったのだけど、急に態度は変えられない。
昨日までと同じようなやり取りだけど、確実に二人の距離が縮まったことを感じられる。
距離が縮まったのは気持ちだけでなく、物理的にもそうだった。
拠点を出ると、シンシアが腕を絡ませてきたのだ。
「へへっ。ずっとこうしたかったんだ」
「俺もだよ」
たったこれだけ幸せになる。
なんで、今まで遠回りしてたんだろ。
もっと早く一歩を踏み出せれば良かったとも思うが、きっとこれが俺たちにとってベストなかたちなんだろう。
嬉しいのは俺たち二人だけではなかった。
精霊たちも祝福してくれる。
今までは俺の周りを飛ぶだけだった精霊たちが、今はシンシアの周りも元気よく飛び回っている。
それだけじゃない。
一体の風精霊がシンシアの胸元まで下りて来る。
無意識にシンシアが手を伸ばすと、風精霊は手のひらの上にちょこんと乗っかって、クルクルと回り出した。
喜びを全身で表しているようだ。
俺には精霊の気持ちがなんとなく分かる。
風精霊はシンシアを歓迎しているんだ。
「ヨロシクだって」
「ふふ。こちらこそヨロシクね。精霊さん」
シンシアは俺から腕を離し、精霊の頭を撫でてやる。
風精霊はフルフルと震えて喜ぶ。
「【精霊知覚】って凄いわね。今までは見えていただけだったけど、今では肌でその存在を感じることが出来るの」
「精霊もシンシアを感じてるんだよ。きっと助けてくれるよ」
「ええ、これもラーズのおかげね」
今の俺たちを見て、これからダンジョン攻略に向かうと思う人はいないだろう。
そんな幸せ満載な足取りだが大丈夫。
俺もシンシアも冒険者、気持ちの切り替えは上手だ。
だから、風流洞に着くまでの短い時間だけでも、この幸せに浸っていたい――。
風流洞に着いた俺たちは入り口で第41階層に転移する。
「おはよー、あるじどの」
昨日成長したとはいえ、まだまだ舌っ足らずのサラが出迎えてくれる。
「ああ、おはよう。今日もヨロシクな」
「…………」
俺は普通に挨拶をしたが、シンシアは黙り込んでいる。
「どうした?」
声をかけると、シンシアは飛び跳ねるようにサラに抱きつき――。
「サラちゃん!」
「うぅー」
サラは強く抱きしめられ苦しそうにしているが、シンシアはお構いなく腕に力を込める。
しばらくそのままでいたが、シンシアは我に返り、サラから離れる。
「ごっ、ごめんね。苦しかった?」
「だいじょうぶー」
最初は戸惑っていたサラも、嬉しかったようで笑顔を浮かべている。
「いったい、どうしたんだ?」
「分かんないの。なぜか、急にサラちゃんが愛おしくて……」
「にひひ、サラもすきー」
「【精霊知覚】のせいか?」
「うん、そうだと思う。本当に精霊が身近に感じられるの」
「良かったな」
「うん。まるで妹か娘のように感じるの」
シンシアもサラも俺にとって大切な存在だ。
二人の距離が縮まるのは俺も嬉しい。
自然に笑顔がこぼれる。
今度はサラがシンシアに抱きつく。
「ままー」
「えっ?」
そう呼ばれたシンシアも驚いているが、俺もビックリする。
「あらあら、ママになっちゃったわ」
「えへへ、まま好きー」
サラの頭を撫でるシンシアが更に爆弾発言を――。
「じゃあ、ラーズはパパかな?」
「あるじどのはあるじどのだよ?」
「そっか〜」
理由は分からないが、シンシアはママで、俺は主殿らしい。
火の精霊王様がサラのことを娘と呼んでいたし、きっとパパはあっちなんだろう。
なんかモヤっとするけど、気にしてもしょうがない。
「じゃあ、行こうか」
「ええ」
「うん!」
元気いっぱいのサラと手を繋いだシンシアを先頭に、ゴーレム部屋へ向かう。
二人が仲良くするのは大歓迎なんだが、なんか俺だけ取り残された気がする……。
問題なく通路を進み、部屋が近づいてきたところで、シンシアがなにかに反応し、立ち止まった。
「どうした?」
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
次回――『風流洞攻略2日目2:ガーディアン』
【宣伝】
投稿開始しました。
『見掛け倒しのガチムチコミュ障門番リストラされて冒険者になる 〜15年間突っ立ってるだけの間ヒマだったので魔力操作していたら魔力9999に。スタンピードで騎士団壊滅状態らしいけど大丈夫?〜』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます