第95話 報告書を読んで
――ラーズ、今日でオマエをうちのパーティーから追放する。
あの日、クリストフから冷酷に告げられた一言で、俺と『無窮の翼』をつなぐ糸はプツリと切れた。
みんなとは5年間、クリストフにいたっては物心がつく前からの付き合いだ。
それだけの長い時間――過去を共有してきた。
だが、あの一件によって、共有されるはずであった未来は消え去った。
現在を共有するのは、比較的簡単だ。
全員が並んで立てばいい。
だが、未来を共有するには、並んでいる全員が同じ方向を向いていなければならない。
一度、失われた信頼は取り戻せない。
だから、あのとき、俺の中で『無窮の翼』は過去の存在になった。
現在も未来も共有できない、他人になったのだ。
どちらかが頭を下げてやり直すことは可能かもしれない。
でも、それは決定的に違っている。
大切ななにかが失われた、まがい物に過ぎない。
だから、『無窮の翼』に戻る気は全くなかったし、多少の恨みはあったが、後は勝手にしやがれというのが正直な思いだった。
別の道を歩むことになった彼らがどうなるか知ったことではなかったが、いずれ行き詰まって致命的な事態になるだろうと薄々思っていた。
それくらい、彼ら4人は危うかった。
――『無窮の翼』がダンジョンで全滅した。
このような報告だったら、多少は驚いたとしても、「まあ、当然の結果だ」と受け入れられただろう。
しかし――さきほどヴェントンから受けた説明は、まったく想定していなかったものだった。
彼らの結末を聞いても、どういう流れでそうなったのか全く理解出来なかった。
だから、俺はこの報告書に目を通さなければならない。
知ったことか、とゴミ箱に放り込むこともできる。
だけど、そうできるほど気持ちは割りきれていなかった。
今の俺がすべきことは、きちんとこの問題に向き合い、今夜中に自分なりのケリをつけることだ。
明日から気持ちを入れ替えて、冒険に集中できるように――。
「大丈夫。覚悟はできている」
自室に入った俺は、椅子に座り大きく息を吐き出し、それから、テーブルに乗せた報告書を手に取り読み始める。
――ピンチになってから慌てているようじゃ生き残れない。
――冒険者だったら、前もって肚をくくっておけ。その瞬間はなんの前触れもなく襲ってくる。
――常に最悪を想像しろ。ダンジョンは軽くその上をいく。
冒険者になってから、先輩冒険者たちから口を酸っぱくして言われた言葉だ。
だから、俺は常に覚悟していた。
ダンジョン内で、誰かが戦闘不能になったら、どう行動するか。
怪我した味方を連れ帰るべきか、見捨てるべきか。
誰かがギブアップしたら、代わりに誰を誘うべきか。
冷酷かもしれないが、俺はそこまで考えていた。
いや、俺だけじゃない。
【2つ星】のまともな冒険者だったら、そう考えるのが当然だ。
それくらいの覚悟なしでやっていくには、よほど強力なジョブでもなければ不可能だ。
まあ、奴らはそのジョブが裏目に出たようだが……。
「……………………ふう」
長い長い報告書だった。
喉の乾きを覚えた俺は、水差しから水を飲み、肩を軽く回す。
「…………クウカ」
一番驚いたのはクウカのことだ。
俺も完全に騙されていた。
彼女のクリストフへの執着は理解していたつもりだったが、ここまで歪みきった思いだったとは気づけなかった。
俺の追放すらクウカの望みであったということも。
クウカは到底許容できない動機を持ち、五年間も隠し通してきたのだ。
クウカに関しては報告書を読んでも、なにひとつ理解できなかった。
彼女の生い立ちを情報として知ることは出来ても、それを想像することはその片鱗すら出来なかった。
彼女がどう育ち、どういう人格を形成したのか、きっと俺には理解できないのだろう。
貧しい農村で生まれ育ったが、俺は幸せだったんだなと思ったくらいだ。
ただ、クウカに関してはひとつだけ引っかかっていたことがある。
それは、加入時のことだ。
クリストフとともにパーティーを立ち上げるとき、メンバーとしてバートンとウルは俺が探し出した。
それに対して、クウカを連れて来たのはクリストフだった。
俺は最初クウカのことが気になった。
俺だったら、彼女を誘いはしないだろうと思ったのだ。
理由はないが、なんとなく、嫌な感じがしたのだ。
冒険者生活を五年も続けた今の俺だったら、絶対に断っただろう。
自分の直感をなによりも大事にする。
それが冒険者にとってなによりも大切なことだと身を持って知っているからだ。
だけど、あの頃の俺は直感ではなく、クリストフを信じることにし、クウカの加入に反対しなかった。
あのときの直感を大切にしていたら――。
いや、今さらな話だ。
すべてがもう、今さらだ。
「バートンは鉱山奴隷……」
実質的には死刑と同じだ。
いかにもアイツらしい末路だ。
結局最後まで、強さを偉さと履き違えたままだったな。
トップ冒険者は強いからだけではなく、その立ち振舞いから尊敬を集めているのだと、何度も口を酸っぱくしたのだが、無駄に終わったようだ。
「ウルはこの街に来てるのか……」
報告書によると、ウルはレベルとジョブランクは下がったものの、この街で冒険者として再起を図るらしい。
なんでも、事件前とは別人のように前向きになっているらしい。信じられない話だ。
ウルが冒険者を続けているのであれば、この街で再会する可能性が高い。
彼女と再会した時にどう接するか――それはすでに決めてあったし、報告書を読んだ後もそれは変わっていない。
「そして、クリストフか……」
報告書によると、事件から数日たっても現実が受け入れられず、「俺は勇者だ……」とうわ言を繰り返しているそうだ。
冒険者として再起するのは不可能。
クリストフは第二の人生、それも厳しい人生を受け入れるしかないのだが……。
「あのクリストフにそれができるだろうか……」
ジョブを失い、レベルを失い、両足を失ったクリストフ。
アイツには一体、なにが残っているんだろうか……。
同郷の幼馴染として、思うところがないわけではない。
俺がアイツを冒険者の道に引きずり込んだんだしな。
だが、俺たちは幼馴染である前に冒険者だ。
クリストフにその覚悟があったとは思えないが、少なくとも俺はそうだ。
――自分のケツは自分で拭くしかない。
――退場するのは、そいつの責任だ。
遅かれ早かれ、破綻するだろうなとは思っていた。
何度も何度も注意してきた。
だが、クリストフが態度を改めることはなかった。
ぶん殴って言うことを聞かせることも出来た。
だが、結局――自分で変わろうと思わなきゃ意味がない。
そう思っていたから、強引な方法を取らなかったのだ。
いつか気づいてくれる。
そう信じていたのだが――間に合わなかった。
そのことに後悔はない。
ただ、残念なだけだ。
俺からアイツに会おうとは思わない。
アイツが頭を下げて会いたがったら……まあ、そんなことは起こりえないだろう。
――終わった過去は切り離せ。自分がコントロール出来るのは現在だけだ。
先輩冒険者の言葉を思い出しつつ、強い蒸留酒をグラスに注ぐ。
それを一息で飲み干し、熱い息とともに『無窮の翼』を切り離した。
大丈夫。俺には今がある。
しかも、一人じゃない。
「よし、遅くなったけど寝よう。明日からはまたダンジョン攻略だ」
ベッドに横になる頃には、今後ドライの街に行った時に奴らから嫌がらせを受ける心配がなくなって、むしろ喜ばしいじゃないか、と思えるようになっていた。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
ラーズの、ひいては冒険者の死生観を語ったのですが、共感していただけたでしょうか?
次回――『報告の翌朝』
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