第94話 『無窮の翼』崩壊の報告
ロッテさんに案内され、ギルド内の個室へ向かう。
小さな部屋には見知らぬ男が待っていた。
「冒険者ギルド・ドライ支部、冒険者対策本部(ボウタイ)の本部長ヴェントンだ。まあ、座りたまえ」
じっとこちらを見つめ、値踏みするような視線だ。
うながされた俺はヴェントンと名乗った男の正面に腰を下ろす。
ロッテさんは俺の後ろに立ったままだ。
それにしても、ボウタイか。
なんとなくは耳にしたことがある。
なんでも、冒険者が絡むトラブルを防ぐために裏で動く組織だとか。
見覚えはないが、目の前の男は間違いなく元冒険者。
それも、凄腕だ。気配で分かる。
これほどの男であれば、名前くらいは聞いたことがありそうなものなのだが……。
俺の訝しむ視線に応えるようにヴェントンは口を開いた。
「名前も姿も仮のもの。ボウタイ本部長という肩書きだけ覚えてもらえればそれでいい」
「なるほど……」
この姿も魔道具かなにかで変えているのだろう。
任務上、素性を知られるわけにはいかないということか。
得体のしれなさを不気味に感じるが、俺はそれを表に出さず、使い慣れた言葉を紡ぎ出す。
「それで、俺になんの用でしょうか?」
犯罪に関わったことはない。
やましいところは一切ない。
堂々としていればいいんだ。
なんと言われても、動じるな。
毅然とした態度を保ち続けろ。
表情筋も汗腺もコントロールしろ。
決して動揺を表に出すな。
だが、まったく想定外だった答えに俺の懸命の努力はあっさりと瓦解することになる。
「率直に言おう。『無窮の翼』は崩壊した」
「はっ?」
意味はかたちをなさず、言葉だけが耳を通り抜ける。
脳がその言葉の意味を理解したのは、心臓が5つ数え、ヴェントンの視線に微量の同情が混じり始めた後だった。
――『無窮の翼』が……崩壊?
確かに俺が抜けて弱体化したかもしれないが、それでもユニークジョブ持ちが四人だ。
そう簡単にやられるとは思えないが……。
「ダンジョンが原因ではない。内部崩壊だ」
「内部崩壊?」
どういうことだ?
「剣聖は鉱山奴隷。聖女は死刑。勇者は再起不能。無事なのは賢者だけだ」
「……………………」
「その賢者にしても、レベルが下がり魔法術士に戻ってしまったがな」
「どっ、どういうことだ? なにが起こったんだ?」
ヴェントンは俺の問いには答えず、分厚い書類を差し出してきた。
「私の口からだと私情が混じってしまう。詳しくはその報告書を読んでくれ」
報告書を受け取ろうと手を伸ばし、自分の手が震えていることにようやく気がついた。
内部崩壊?
鉱山奴隷?
死刑?
再起不能?
バートンとクウカがなにかやらかしたのか?
いや、それより、クリストフが再起不能だって?
なにが起こったのか、まったく理解できない。
「私からの用件は以上だ」
ヴェントンはそれだけ告げると部屋を後にした。
このときの俺は、なぜボウタイ本部長がわざわざ別の街にまで来て、直接、俺に報告書を渡したのか、その理由にまで考えが及ばなかった。
そのことに思い至ったのは、落ち着いて考えられるようになった後のことだ。
今はただ、いきなり突きつけられた衝撃と折り合いをつけるので精一杯だった。
震えの収まらない手で報告書をつかみ、大きく息を吐いてから、立ち上がる。
思わず乱暴な動きになってしまったが、ギルドの高級ソファーは悲鳴ひとつ上げなかった。
「シンシアが待ってる。戻ろう」
「ええ、そうですね。でも、大丈夫ですか?」
「……問題ない」
暴れてる感情を無理矢理肚の底に押さえつけ、短く返事した。
ロッテさんに従って酒場に戻るが、自分の足音も足の下の床もあやふやだった。
一体、なにがあったんだ?
追放され、恨んでいた。
奴らが落ちぶれることを望んでいた。
崩壊したと聞けば「ざまぁみろ」と感じると思っていた。
だが、今の俺を支配しているのは困惑だ。
どうしてこの短期間でこんな結末になったのか……。
「どうしたの? 酷い顔してるわよ?」
「あっ、ああ……」
シンシアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「…………『無窮の翼』が崩壊した」
「えっ!?」
シンシアも驚き、大きく目を見開くが――。
「そう……」
俺を気遣ってくれたようで、それ以上はなにも言わなかった。
「拠点に向かいましょうか?」
「ああ、そうだな」
「ええ、そうしましょう」
ロッテさんの案内でこの街での拠点となる家へ向かうことにする。
ギルドがとびっきりの場所を用意してくれているそうだ。
歩き出したところで、いきなりシンシアが俺の手を握ってきた。
「大丈夫よ。あなたは一人じゃない。ツラかったら私のことを頼ってね」
シンシアが手に力を込める。
「ああ、ありがとう。心強いよ」
俺も強く握り返す。
ヴェントンに話を聞いた時からつきまとっていたフワフワとした感じが、すっと消え去った。
足の下の地面もしっかりと感じることが出来た。
新拠点はギルドのすぐ側だった。
想像していた以上の豪邸だ。
貴人を迎えるための邸宅だろう。
とても冒険者二人にあてがうものじゃない。
これだけでもギルドが俺たちをどれだけ重要視しているかが理解できる。
屋内に入り、ロッテさんが内部の案内と説明をしてくれるが、ほとんど頭に入らなかった。
それよりも、報告書のことが気になって仕方がない。
ロッテさんもそれを察してか、「詳しくはまた落ち着いてからにしましょう」と説明は必要最低限にしてくれた。
「シンシア、気になってるかもしれないが、明日の朝に話すよ。まずはこの報告書を読ませてくれ」
「ううん。ラーズが話したい時でいいわよ。無理しないでね」
「ありがとう。おやすみ」
「ええ、おやすみなさい」
「では、私はギルドに戻りますね」
二人に別れを告げ、俺は私室に飛び込むと、調度品の確認もそこそこに、報告書を読み始めた。
◇◆◇◆◇◆◇
【後書き】
ついに、知ったラーズ。
この問題をどう受け止めるのか?
次回――『報告書を読んで』
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