第2部 セカンド・ダンジョン『風流洞』

第3章 風流洞攻略開始

第93話 ツヴィーの街

第2章スタートです!


   ◇◆◇◆◇◆◇


 アインスの街を出発し、馬車に揺られること二週間。

 ようやく目的地が見えてきた。


 はてなく広がる高原。

 遮蔽物がなにもない高原を二つに分ける街道を馬車は進んで行く。

 この辺りは年中、強い風が吹いている。

 風精霊も喜び、いつもより派手に舞っている。


 沈む夕日に草々が黄金に輝き、すうーっとどこまでもなびいていく。

 俺は外套の襟元を閉め、視線を上げた。


 街道の突き当り。

 そこにそびえ立つ、天まで届きそうな大樹。


 それこそが、俺たちが目指すセカンド・ダンジョン――通称『風流洞(ふうりゅうとう)』だ。


 ファースト・ダンジョンのように地下へ潜るタイプではなく、『世界樹』と呼ばれるこの巨木の内側を登っていくのだ。


 そして、世界樹を取り囲むようにしてできたのがツヴィーの街だ。

 ファースト・ダンジョンを制覇し、意気軒昂とやってくる冒険者。

 サード・ダンジョンで挫折し、失意とともに戻ってくる冒険者。

 他のダンジョン街と同じく、冒険者に溢れているが、ツヴィーの街はひとつの特徴がある。


 この街があるのは大陸の東端。

 王国の支配下を離れ、ここら一帯はエルフ領であり、その都がここツヴィーなのである。

 世界樹はその葉、実、枝など、恵みをもたらす存在であるとともに、エルフ族にとって信仰の対象でもある。

 世界樹とともに生きる民――それがエルフ族だ。


 そして、エルフの里ということは、すなわち――。


「ふああああ、よく寝ました〜〜」

「もう、夕方ですよ」

「よく寝てましたね」


 熟睡して体力全快。

 大きく伸びをする。

 寝ぐせが跳ねた長い金髪。

 そして、長くとんがった耳。


 我らが専属担当官であるロッテさんの生まれ故郷でもあるのだ。

 寝起きの油断しきったロッテさんの姿に俺とシンシアは和まされる。


 旅中ロッテさんは馬車の中で、ずっと寝てた。

 旅立つ一週間前、急遽、俺たちの専属担当官に任命され、後任のミルフィーユさんに引き継ぎを行わねばならず、一週間不眠不休で働き詰めだった。

 最後の日なんか、喰人鬼(グール)みたいな顔色をしていて、こちらが心配したほどだ。


 ロッテさんは引き継ぎから解放され、馬車に乗り込むとすぐに眠りの世界へ。

 道中も食事に起きる以外はほとんど眠りっぱなしだった。

 そんなロッテさんの姿を見て、「無茶せず、ちゃんと休みは取ろう」とシンシアと再確認した。


 やがて馬車は街に入り、俺たちは馬車を下りる。

 行き来するのは暑苦しい冒険者と洗練された美男美女のエルフ。

 まさに、ツヴィーの街であった。


「さすがに、アインスほど久しぶりって感じはしないな」

「ええ、つい最近のことだものね」


 俺もシンシアもこの街を離れてから半年も経っていないので、アインスほどの感慨はなかった。


「では、一度、ギルドに顔を出しましょう」

「ああ」「ええ」


 ロッテさんを先頭に大通りを進み、ギルドを目指す。

 寝不足が解消して、やる気満々のようだ。


 石造りだったアインスとは違い、この街の建物は木造りだ。

 世界樹を中心に自然に溶け込むようにして作られた街並み。

 住人の半分以上を占めるエルフ族のおかげか、王国育ちの俺には浮世離れしてるように感じられる不思議な街だ。

 そして、街を包み込むように漂ってくる世界樹の花の甘くかぐわしい香りもまた、この街特有のものだ。


「では、私は報告してきますので、先に食事してて下さい」


 ギルドに到着すると、ロッテさんはそう言い残して去って行った。

 俺とシンシアはギルド酒場へ足を運ぶ。


 シンシアと向い合って席につき、運ばれてきたのは赤みがかったエールと香草をふんだんに使用した肉料理だ。


 この街の肉料理は様々な香草で風味が整えられているのが特徴だ。

 アインスのようなガツンとした肉の持ち味を全面に押し出した料理も良いが、ツヴィーの肉料理も俺は好きだった。

 まあ、俺はよほどマズいものじゃなければ、なにを喰っても美味しいと感じるんだけど。


「この味はツヴィーに来たなって実感するわね」


 美味しそうに肉にパクつき、赤エールを流し込むシンシアの笑顔に惹きつけられる。


「どうしたの? 食べないの?」

「ああ、そうだな」


 俺はといえば、美味しい食事を前にしても、この後の事が気になって、ソワソワして落ち着かなかった。


 俺はひとつ決意をしていた。

 ツヴィーに到着して初めての晩に実行しようと。


 俺としては、かなり思い切った決断だ。

 だが、こういうキリの良いタイミングでもないと、なかなか踏み出せない。

 この機会を利用すると、俺は決めていたのだ。


 ここツヴィーの街は他のダンジョン街とは異なり、洗練されたエルフ文化のおかげで、オシャレで雰囲気が良い。

 舞台としては文句なし。


 きっかけは後輩冒険者のセラをアインスの拠点に泊めた日のことだ。

 あの時は間の悪いセラの乱入でタイミングを逃してしまった。


 その後も、精霊王様に出会って、魔王復活の話を聞いたりで、それどころじゃないまま、アインスを立つことになった。

 そして、馬車の中では他の人も乗っていて、実行は見送らざるを得なかった。


 そして――今日。


 ようやく、今夜、落ち着いてシンシアと二人きりの時間が取れる。

 待ちに待った時間がやってくる。


 そこで、俺は――シンシアに告白する。


「どうしたの? さっきから落ち着きがないわよ?」

「えっ、ああ、すまん。ちょっと考え事をしてて……」


 ダメだ。告白のことを意識すると、手が震える。

 なんとか気持ちを落ち着けて、骨付き肉を掴んだ。


 ――腹八分目になり、ちょうど気持ちよく酔いが回ってきたところにロッテさんが戻って来た。


「ラーズさん、ちょっといいですか?」

「ああ、はい」

「ラーズさんだけに、ちょっとお話が。シンシアさんはお待ちいただけますか?」

「わかりました」

「じゃあ、行ってくる」

「ええ、待ってるわ」


 シンシアが気にしている気配が伝わってくる。

 俺一人だけ呼ばれる用事とはなんだろうか?

 まったく、想像がつかなかった。


 そして、俺は衝撃的な報告を受けることになる。

 今夜の告白予定なんかぶっ飛んでしまった。


 俺が受けたのは『無窮の翼』が崩壊したという報告だった。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】


 次回――『『無窮の翼』崩壊の報告』

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