第49話 勇者パーティー15:作戦会議

 クリストフの号令で、一同はリビングに集められた。

 テーブルを囲むように全員が座っている。

 クリストフの左隣にクウカが座り、向かいには左から順にウル、バートン、ジェイソン。

 潰走から一日半が経過して、ようやくの全員集合だった。


「揃ったな」


 クリストフは立ち上がり、皆に告げる。


「明日、もう一度ストーンゴーレムに挑む。今度は油断しない。必ず倒すぞ」


 その姿は自信に満ち溢れ、無様な敗北の気配は微塵も感じられなかった。


「まあ、昨日のはマグレだろ。いいぜ、リベンジだ」


 バートンはぶっきらぼうに言い放った。

 彼は朝まで娼館で放蕩を尽くし、クウカに呼ばれるまで寝ていた。

 そこを起こされたから不機嫌なのだ。



 しかし、クリストフの発言にはバートンも賛成だ。

 昨日のは何かの不運で、油断しなければストーンゴーレムごときなんの問題もない、と彼は思い込んでいる。


 クリストフとバートンがこのような甘い考えをするようになった原因の一端はラーズにある。

 さすがの『無窮の翼』であっても、今までに全くつまずかなかったわけではない。

 一度目のトライでは勝つことが出来ず、撤退したことも何度かあった。

 しかし、彼らの凄いところは、そんな相手でも二度目のトライではほぼ確実に倒すことが出来たことだ。


 このような経験を積み重ねることによって、クリストフもバートンも「どんな相手でも二度目は勝てる」という誤った認識を持ってしまったのだ。


 二度目が上手く行ったのには、ちゃんと理由がある。

 彼らの能力が高いというのはもちろんだが、ラーズが勝てない理由を分析し、勝つための作戦を組み立てたからだ。


 ラーズの作戦とメンバーの高い能力。

 この二つがあったからこそ、二度目は勝てたのだ。


 しかし、ラーズを過小評価したいクリストフらはその事を理解していない。

 もう一度戦えば、ストーンゴーレムなど楽勝だと思い込んでいるのだ。

 特に、クウカの【英雄の心ブレイブ・ハート】によって過剰な自信に満ちている今のクリストフは恐怖を忘れている。

 勝利に対して、ほんの少しの疑問も持っていなかった。


 そして、そんなクリストフの自信溢れる姿を見て、バートンも大丈夫だと思い込んだ。

 もともと臆病なバートンは、楽観的に思い込むことによって、恐怖から目をそらしてきた。

 彼にとって、自信に満ちたクリストフというリーダーほど頼りになる者はいなかった。

 それこそが、文句を言いながらもクリストフに従う理由だった。

 バートンが欲しているのは、「慎重に危険を指摘する」リーダーではなく、「大丈夫だ、ついて来い」と安心させてくれるリーダーなのだ。


 クリストフの意見にバートンが賛成し、クウカもそれを後押しする。


「ええ、クリストフさんの考えに賛成です」


 クウカは隣でクリストフを見上げ、にこやかに笑っている。

 クリストフの考えにどこまでも付いて行くと伝えるかのように。


 その笑みを見て、クリストフの心に温かいものが生じた。

 今までは「俺に従って当然」と思っていたが、クウカが同意してくれることが無性に嬉しく、心強く思えたのだ。


 彼女を抱いたことによって、クリストフの心境に変化が起こった、いや、そうではない。

 薬と彼女の魔法によって、思うように操られているだけだ。


「…………」


 ウルは下向いて俯いている。

 クリストフは彼女を見て、「いつも通りだな」と判断した。

 いつもと同じく、「意見を述べず、言うがままのお人形」だと。


 クリストフは気が付かなかった。

 いつもは作戦会議中であろうと、食事中であろうと、魔導書に視線を落としているウル。

 しかし、今は魔導書を開かず、俯いて小さく震えていることに……。


 そして、最後にクリストフはジェイソンに視線を向ける。

 当然、ジェイソンも賛同するものと思い込んでいた。

 しかし――。


「対策は? 策もナシに挑んでも同じ結果だぞ?」


 昨日のダンジョンアタックの前までは、新入りということでジェイソンは気を使っていたが、これ以上遠慮するつもりはない。

 なにせ、下手に遠慮してたら命に関わるからだ。


 ジェイソンの態度にクリストフはムッとする。

 格下の新入りメンバーに反論されるとは思っていなかったからだ。

 クリストフにしてみれば、ジェイソンは『無窮の翼』に入れてやっている立場だ。

 言い返されることは飼い犬に手を噛まれるより痛いこと。

 到底許せることではない。

 そう思った瞬間――。


 クリストフの中に激しい怒りが沸き起こる。

 勇者である自分を否定するジェイソンの態度に、許せないほどの怒りが全身を支配する。


 思わず殴り飛ばそうとしたところで――左腕をクウカに掴まれた。


「クリストフ、落ち着いて下さい」


 クウカと視線が合う。

 掴まれた腕から温かさが全身に広がり、怒りがスッと消えていった。

 その様子を満足そうに見つめ、クウカは手を離した。

 クリストフは名残を惜しみながら、クウカから視線を外し、ジェイソンを見る。


「昨日は油断しただけだ。油断しなければ、どうということはない」

「油断しないのは分かった。それで、具体的な作戦は? 陣形は? タンクは誰? 攻撃順は? スキルは何を使う? 回復の優先度は?」


 『無窮の翼』のあまりの不甲斐なさに腹が立っていたジェイソンは、クリストフの無策ぶりが許せず、イラだって畳み掛けてしまう。


「その場その場で臨機応変に対応すればいい」

「なっ!?」

「『破断の斧』みたいな凡人パーティーはどうだか知らんが、俺たちは今までそれでやってきた。それでなんの問題もない」

「なんだとッ!?」


 古巣を侮辱され、ジェイソンもカッとなり立ち上がる。


「そもそも、お前は何をしていた? 確かに俺が油断していたのは認めよう。だが、お前は自分の仕事を果たしたのか? お前にはストーンゴーレムを一体任せた。お前がさっさと倒していれば良かった話だろ。それすら出来なかったくせに、エラそうな口を聞くな。一丁前に『無窮の翼』のメンバーづらするのは、自分の役目を果たせる様になってからにしろッ」

「クッ…………」


 ――ダメだ。こいつには何を言っても通じねえ。とっとと見切りをつけた方がいいかもな。


 ジェイソンは呆れていたが、元から『無窮の翼』の作戦会議はこんなもんだ。

 初期はラーズが作戦を立案し、それを伝えていたが、そのうち誰も従わなくなったので、ラーズもなにも言わなくなった。

 「現場で臨機応変に対応するしかない」とラーズも事前に作戦を伝えることを諦めたのだ。

 その分、攻略時の負担は増えたが、それでもなんとかラーズは支えきった。


 そのツケが今になって回ってきたのだ。

 作戦立案の大事さも分かっていないし、作戦を立てる方法も知らない。

 これで新進気鋭の【2つ星】パーティーを気取っているんだから、ジェイソンならずとも失望して当然であろう。


「よし、午前9時にここに集合だ。では、解散――」


 バートンはあくびを噛み殺しながら。

 ウルは震えたままで。

 ジェイソンは怒りに拳を握りしめ。

 クリストフはクウカの肩を抱いたまま。


 自分たちの部屋へ戻っていった――。


 翌日、『無窮の翼』は第10階層のストーンゴーレムに挑み――再度敗走した。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 作戦?

 原因究明?

 フィードバック?

 なにそれ?おいしいの?


 次回――『火炎窟攻略5日目1:ラスボス』


 こっちはバッチリ対策済みだ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る