第31話 火炎窟攻略1日目5:打ち上げ

 冒険者ギルドでの精算を済ませた俺とシンシアは、ギルドに隣接する別館でシャワーを浴びて着替えを済ませた。

 拠点にもシャワーがあるが、戻るのも面倒くさかったからだ。


 シャワーの使用料は一人100ゴル。

 ギルドの宿泊施設一晩の使用料と同額であり、駆け出しの冒険者にはとても手が届かない値段だ。


 駆け出しのうちは、井戸から汲んだ冷たい水とボロ布で身体を拭いて済ませるだけ。

 シャワーが使えるようになったときの感動を今でもはっきりと覚えている。


 シャワーひとつとってもそうだが、冒険者という職業は自分の成長が目に見えるかたちで分かるようになっている。

 食べるものは豪華になり、飲む酒も高級なものになり、泊まる場所も快適になる。

 装備する武具は強力なものになり、ダンジョン攻略のための消耗品も惜しみなく使えるようになる。

 安直ではあるが、こういった分かりやすい見返りが、ダンジョン攻略への強い原動力になるのだ。


 サッパリとした俺たちは、初冒険の打ち上げのために街へと繰り出した。


 ――炎肉亭。


 最高級とまではいかないが、一人1,500ゴルほど――ギルド食料に換算すると一月分だ――もする中々の高級店だ。

 客層は20階層以降に挑んでいるようなこの街のトップ層の冒険者が中心で、裕福な商人たちもちらほら見ることが出来る。

 『無窮の翼』時代も第20階層を超えたあたりから、しょっちゅう入り浸っていた懐かしい店だ。


「乾杯っ!」

「かんぱ〜いっ!!」


 グラスを交わし、赤ワインを口に含む。

 爽やかな香りと濃厚な風味が口中に広がる。

 しばし口の中で転がした後、飲み下すと芳醇さが喉から鼻に抜けていく。


「美味しいわね」

「ああ」


 冒険者が飲む酒といえばエールだ。

 エールがあれば、誰も文句を言わない。

 それくらい定番だ。


 しかし、『炎肉亭』が供するのは、どっしりと重たい赤ワインだ。

 その理由は、この店の料理にある。


「お待たせしました。『焼き三種』でございます」


 俺とシンシアの前に置かれた二つの皿。

 この店の定番料理である『焼き三種』だ。

 それぞれの皿には大きな肉の塊が三つ、ドンと乗っかっている。

 左から順に、フレイム・リザード、オーク、ミノタウロスの肉――この並びの順番通りに食べるのが推奨されている。

 一塊500グラムほどで、どれも表面はこんがりと焼かれており、この店特製の甘辛いソースがかかっている。

 脇には付け合せの野菜が乗せられているが、肉塊の存在感に肩身が狭い思いをしているように見える。


 この店のウリは塊のようなモンスター肉。それを豪快に強火で焼き上げたもの。

 焼いただけのシンプルな料理だが、モンスター肉の旨味を最大限に引き出している。

 なかなか値が張るが、それに見合った料理を提供してくれる。

 モンスター肉を持ち込めば、割り引いてくれるのも特徴で、『無窮の翼』時代にはここに通うために、一時期肉狩りを行ったことがある。


「わ〜、久しぶりのモンスター肉だ〜」

「ああ。ドライの街じゃあ、なかなか食べれないからな」


 肉の山を前にシンシアがはしゃぐ。

 その気持ちは俺もよく分かった。


 俺とシンシアが先週までいたドライの街。

 魚や野菜を用いた料理は美味しいのだが、モンスター肉を食べることは困難だ。


 ドライの街にあるサード・ダンジョンからは、食肉をドロップするモンスターがほとんど出現しない。

 だから、肉を食べるとなると、外からの輸送されてきたモンスター肉か、獣畜に頼らざるを得ない。

 獣畜の肉はモンスター肉ほど美味しくないし、運ばれてきたモンスター肉は桁ひとつ上の値段だ。

 だから、ドライの街にいるときは気軽にモンスター肉を食べることは出来なかった。


 久々のモンスター肉。

 それも、一口で食べきれないほどのサイズ。

 見るだけで食欲が刺激される。

 さあ、まずはあっさりとしたフレイム・リザードからだ。

 俺もシンシアも思いっきりかぶり付いた。


「おいし〜〜〜」

「旨っ!!!」


 あふれ出る肉汁とともに、口中にこぼれるような旨味が広がる。

 表面はこんがりと焼かれているが中はレアで、噛みしめる度に肉の旨さがダイレクトに伝わってくる。

 しばしの間、二人とも会話を忘れ、肉塊に没頭した――。


 『焼き三種』を片付け一段落したところで、追加オーダーした串焼きを摘みながら会話を再開する。

 ワインで上気したシンシアがいつもより色っぽく、俺の顔も赤くなる。

 俺も酔っているんだろうか……。


「今日はラーズに任せきりだったわね」

「俺のワガママに付き合ってくれてありがとな。どうしても、新しい力を試したかったんだ」

「最初に聞いたときは半信半疑だったけど、本当に第10階層まで危なげなく行っちゃうんだもの」

「ああ、俺が想像していた以上に【精霊統】の力は強い」

「確かに、ラーズの精霊術のバフは凄かったわ。全力疾走しても全然疲れないんだもの。でも、それより驚いたのはラーズの身のこなしよ。ずっと後衛だったんでしょ?」

「まあ、ここ数年はずっと後衛をやっていた。だけど、駆け出しの頃は俺も剣を握って前衛をやってたよ」

「ホント? へえ、知らなかったわ」

「最初の頃はクリストフもバートンもジョブの力を使いこなせず不甲斐なくてね。それに俺自身も魔力が少なくて、精霊術を連発することも出来なかった。だから、俺も前衛をやってたんだ。剣の腕には自信があったしね」

「へえ、意外だったわ」

「もともと、剣士になりたかったんだ」

「多いよね、剣士に憧れる男の子」

「ああ、分かりやすい強さだからな。俺も小さい頃から冒険者に憧れてて、毎日棒きれ振り回して剣術ごっこをしてたよ」

「納得だわ。素人の動きじゃあなかったから」

「シンシアは冒険者になる前はどんな感じだったの?」

「そうねえ――」


 シンシアは過去を思い出すように遠い目をする。

 そして、なにか思い切ったように口を開く。


「お兄ちゃんがいるの」

「へえ、初耳だ」

「誰にも言ったことないからね」

「えっ!?」

「パーティーメンバーにも誰にも言ったことがないの」

「なんでそんな秘密を俺に?」

「ラーズには私のことをもっと知ってもらいたいから……」


 クリクリと目を丸め、微笑みかけてくるシンシアにドキッとする。

 それを誤魔化すようにグラスを傾けると、シンシアは続きを話し出した。


「四つ年上のお兄ちゃんでね、私より先に冒険者になったの。名前はロンバード。今は『フィーアの街』にいるわ」

「…………!? 『フィーアの街』のロンバードって、あの『神速雷霆(しんそくらいてい)』のリーダーの!?」

「ええ、ビックリした?」

「ああ……驚いたよ」


 いたずらに成功した少女のように、嬉しそうにしているシンシア。

 俺は彼女の口から出て来た名前に心底驚いた。


 フィーアの街はサード・ダンジョンの次、フォース・ダンジョンがある街だ。

 第5ダンジョンに関しては、ここ何百年も到達者が出ていない。

 すなわち、フィーアの街にいる【3つ星】冒険者たちというのは、冒険者のトップ集団なのだ。


 その中でも、先頭を走る『神速雷霆』は全冒険者の最先端だ。

 そのリーダーである【雷騎士】ロンバード。

 彼の名を知らない冒険者はいない。

 俺も直接会ったことはないが、彼に関する逸話はいくつも聞き及んでいる。

 俺も目標にしている冒険者の一人だ。

 そんな有名人が、まさかシンシアのお兄さんだったなんて……。


「比べられたくないから、今まで黙ってたんだ」

「ああ、その気持ちは分かるよ」


 親や兄弟が優秀な冒険者だと、どうしても比較されてしまう。

 過剰に期待されたり、失望されたり。

 そういった他者からの圧力に耐え切れず、挫折してしまう者を何人も見てきた。

 ロンバードの妹と明かしたら、周囲は大騒ぎだろう。

 落ち着いた冒険者を過ごすために黙っていたという彼女の判断は間違いではないだろう。


 そんな大事な秘密を俺に明かしてくれたのだ……。

 よっぽど、俺のことを信頼してくれている。

 その期待にしっかりと応えないとな。


「私たちは王都近くのクリーヴの町で育ったんだ」

「ああ、良い町だよね」

「あら、行ったことあるの?」

「うん。陛下に呼ばれて王都に行った時、途中で一泊した。街の人たちは皆、親切にしてくれたよ」


 セカンド・ダンジョン最速クリアしたことと、俺以外の4人がジョブランク3のユニークジョブを授かったことで、陛下から賞賛と激励の言葉を賜ったときのことだ。

 町中に清明な川が流れる風光明媚な町だったのを覚えている。


「ああ、あの時ね。ドライの街まで噂が伝わってきて、大騒ぎだったわよ」

「そうだったんだ」


 どうりで俺たちがドライの街を訪れた際に、やたらジロジロと見られたり、知らない相手から話しかれられたりしたわけだ。


「話がそれたわね。お兄ちゃんもラーズみたいに小さい頃から冒険者になるって決めてて。父さんと母さんが止めても全然聞かなかったんだ。私もそんなお兄ちゃんの真似して、棒きれを振り回してたんだよ」

「ちっちゃい頃はお転婆だったんだ?」

「ええ、今も変わってないかもだけど……」

「そんなことない。今は立派なレディーだよ」

「そうかしら?」

「ああ」


 シンシアは照れたように、はにかむ。

 俺は思った通りのことを口に出しただけだ。

 今のお淑やかな彼女の姿からは、お転婆だった少女時代は想像も出来ない。


「ふふ、ありがと。お兄ちゃんには一回も勝てなくて、悔しかったんだ。だから、回復魔法使いになっても、メイスを振り回してるのよ。いつか、お兄ちゃんに一撃入れてやるの。それが私の目標」

「じゃあ、もっと強くならないとな」

「ええ」


 シンシアは回復魔法を使いながらも、メイスで敵と殴り合う【回復闘士】というジョブだ。

 見た目は虫も殺さないような彼女がどうしてそんなジョブなのか今ままで謎だったが、ようやくその理由が分かった。


「回復魔法を学んだのは?」

「十歳の時に近くの教会の神官さんに回復魔法の素質があるって言われたのよ。それで、その神官さんに二年ほど手ほどきを受けて、十二歳から十五歳までは王都の教会学校で修行したのよ」


 回復職の定番コースだ。

 才能を見出され、学校できちんとした教育を受けて冒険者になる。

 魔法使いも、魔術師に才を見出され、魔術学校へ通うパターンが多い。

 剣士なんかも道場に通ってから冒険者になる者もいるが、どれもある程度の規模の街に限った話だ。


 俺やクリストフみたいな小さな村育ちの者は、自己流の修行だけで冒険者になる。

 きちんとした教育を積んだものに比べて、知識でも経験でも大きな差があり、最初の頃は苦労したものだ。

 その上、精霊術の使い手は俺以外にいなかった。

 だから、書物を読み漁って知識を身につける他なかった。


「へえ、そういう経緯だったんだ」

「ええ」


 俺の過去については以前話したことがあるので、シンシアはすでに知っている。

 なんでか知らないけど、出会ったばかりの頃からシンシアはやたらと質問攻めをしてきて、俺のことを知りたがった。

 『無窮の翼』のメンバーから質問されることがなくなって久しいから、俺も嬉しくなって色々と彼女の質問に答えた。

 今では、元パーティーメンバーよりも彼女の方が、俺について詳しいだろう。


 その一方、俺は彼女のことをあまり知らない。

 お兄さんのことも、甘味オニギリ好きなことも、この街に来て初めて知ったくらいだ。


 にこにこ顔でワイングラスを傾けるシンシア。

 彼女のことを知れて嬉しいし、もっと彼女のことを知りたくなる。

 知れば知るほど、彼女のことを好きになっている自分に気がつき、質問攻めにしたくなる彼女の気持ちが少し分かった。


「それにしても、ビックリしたよ。シンシアがロンバードさんの妹だっただなんて」

「あら、ビックリしてるのは私の方よ」

「えっ?」

「国王陛下から報奨された期待の新星『無窮の翼』のリーダーと一緒にパーティーを組めるだなんて光栄なこと、半年前には思ってもいなかったわ」

「おっ、おう……」


 喜びをあらわにするシンシア。

 役立たずと追い出された俺には余る言葉だと思ったけど、反面嬉しく思う自分がいた。

 そうなんだよな。シンシアは俺が『無窮の翼』にいた頃から、俺を評価してくれていた。

 そんな彼女に救われてきた。

 だから、彼女が追いかけてきてくれたことが、本当に嬉しかったんだ。


「じゃあ、お互いの元パーティーメンバーに感謝しなきゃだな」

「ええ、本当に」


 再度、グラスを合わせ、思いに耽る。

 その余韻が薄れていった頃、シンシアが問いかけてきた。


「それで、明日はどうする予定なの?」

「第20階層だ。今日と同じ、フロアボスを倒して帰還しよう。それと――」

「なにかしら?」

「明日はシンシアが先頭だ」

「えっ!? どうして? ラーズの前衛は安定していたし、今日と同じでいいと思うんだけど?」

「ああ、確かにファースト・ダンジョンなら、俺一人が前衛でも問題ないだろう。だけど、シンシアも前衛をこなせる。今後のことを考えると、シンシアの戦力も把握しておきたいんだ」


 俺もシンシアも、前衛と後衛どちらもこなすことが可能だ。

 だから多くの選択肢の中から戦い方を選ぶことが出来る。

 二人前衛の平行陣なのか、斜めに並ぶ雁行陣なのか、それとも、一人が前衛もう一人が後衛の縦陣なのか。三つの選択肢がある。


 もちろん、最適な陣形というものは存在しない。

 場合によって、良し悪しがある。

 それに、戦闘中に陣形を切り替える場合もありうる。


 戦況に応じて陣形を選び、切り替えていく。

 そのためには、二人の高度な連携が必要だ。

 そして、連携というのは反復を通じてしか上達しえない。

 お互いがお互いを知ろうと努力し、相手の考えを理解しようと努める。

 そういう積み重ねによって、初めて連携が機能するのだ。


 その点、『無窮の翼』は壊滅的だった。

 なんとか、俺が支えてきたから持ちこたえられたものの、皆が自分勝手に行動するおかげで、それぞれの実力の半分も発揮できていなかった。


 今度はそうならないようにしたい。

 俺とシンシアは元々知り合いだったとはいえ、パーティーを組んでダンジョンに潜ったのは今日が初めてだ。

 出来るだけ早いうちに、上手な連携をとれるようになっておきたい。


「腕が鳴るわね。明日は、ちゃんと私が頼りになることを証明してあげるわ」

「ああ、頼りにしているよ。相棒」

「えへへ。そうよね。相棒よね。よろしくね、相棒」

「ああ」


 掲げたグラスを合わせる。

 カチンと高く鳴る音が、嬉しいような照れくさいような――。


「もう一つ聞きたいことがあるわ?」

「ああ、なんだい?」

「今後の攻略ペースなんだけど、やっぱり『2の1』かしら? ファーストなら余裕あるし、潜り詰めでも大丈夫だとも思うんだけど?」


 ダンジョンに挑む冒険者とはいえ、毎日休みなしで潜り続ける訳にはいかない。

 疲労は蓄積するし、武具も損耗する。

 そこで、定期的に休みをとる必要があるのだが、長年の経験の蓄積から攻略と休息の最適な比率は2対1――2日潜ったら1日休む、とされている。それが通称『2の1』だ。


「いや、『2の1』で行こう。焦る必要はないよ。簡単だからって油断してると痛い目を見る」

「そうね。『気を抜いた瞬間にダンジョンは襲いかかる』よね」

「ああ。だから、明日潜ったら、明後日は休みにしよう。久々にこの街をゆっくり回るのも悪くないだろ?」

「ええ、そうね」


 俺にとっても、シンシアにとっても、この街は冒険者を始めた思い出の街だ。

 行きたい場所もあるし、会いたい人もいる。

 この街には長居するつもりはないから、少ない休みのうちに回るしかない。

 俺は何人かの顔が頭に浮かび、シンシアもそれは同じようだ。


 ――こうして、美味しいお酒と料理、楽しい会話とともにゆったりとした時間が流れていく。

 何本目かのワインボトルも空になり、焼き鳥も最後の一本が皿に残るばかり。


 俺がその一本に手を伸ばしたところで――シンシアの細い指先と触れ合った。


「あっ」「あっ」


 二人の声が重なる。

 お互いに手を引っ込め――。


「どうぞ」「どうぞ」


 またもや重なる声。


 顔を見合わせ、笑みが溢れる。


「じゃあ、半分こしようか」

「ええ、そうしましょ」


 何気ない日常の一場面かもしれない。

 だけど、仲間だと思っていた奴らに見捨てられ、一度は一人で生きていくことも覚悟した俺にとっては、とっても暖かく感じられた。


 幸せな時間は緩やかに流れていき、最後にシンシアがデザート三昧を最高の笑顔とともに満喫し、打ち上げはお開きとなった――。






   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 意外とお転婆シンシア。

 お兄ちゃんとの再会はいつの日か?


 次回――『火炎窟攻略2日目1:前衛シンシア』


 シンシア、メイス、フルボッコ!

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