第30話 勇者パーティー9:潰走

 『無窮の翼』たちは駆けた。狭い通路を必死に駆けた。

 中でも先頭を走るバートンは意識を失ったクリストフを背負いながら、死物狂いで駆けた。


「なんで。なんでだ。なんでこんな目に会うんだよ。相手はストーンゴーレムじゃないか。なんで、俺たちが負けるんだよ」


 叫びながら、両足を全力で動かす。

 そこまで慌てる必要はないはずだ。

 あの二体のストーンゴーレムは部屋から出ることが出来ない。

 通路に逃げ込んだ今、襲われる危険はない。

 それにチェックポイントまでは短い一本道。

 道中に徘徊型モンスターが出現しないことは、行きの行程で確認済み。

 帰り道で出会う可能性はほぼゼロ。


 冷静に判断すれば、急ぐ必要性は皆無だ。

 しかし、バートンは全力で走った。

 初めて味わう恐怖から逃げようと懸命に走った。


 バートンの背を追いかけるのはクウカだ。

 クウカは涙を撒き散らしながら、嗚咽混じりに声を張り上げる。


「クリストフぅ。ねえぇ、クリストフぅ。しっかりしてよぉ。返事してよぉ」


 しかし、いくら呼びかけても、クリストフが応えを返すことはなかった。


 最後尾はジェイソンだ。その背中には意識を失ったウルを乗せている。

 大怪我を負ったクリストフとは違い、魔力欠乏症による失神状態のウルに命の心配はない。

 放っておいても時間が立てば、魔力が回復し、意識も戻る。

 だから、ジェイソンはウルのことはあまり心配していなかった。


 むしろ、心配なのはクリストフの容体だ。

 ストーンゴーレムの巨拳が直撃した吹き飛んだ衝撃で手足は骨折し、内臓もやられているだろう。

 【聖女】の回復魔法のおかげで一命を取り留めたようだが、後遺症が残るかもしれない。

 最悪、冒険者を引退せざるを得ないかもしれない。


 ――どうしたんだよ、一体。これが『無窮の翼』か?


 ジェイソンは先程の戦闘を回想する――。


 敵のとっさの攻撃にまったく対応できずクリティカルをもらい、一番先に退場してしまう【勇者】。


 ストーンゴーレム相手に立ち回ることも出来ず、防戦一方になった上、簡単に攻撃を喰らって吹き飛ぶ【剣聖】。


 威力が弱く、足止めすら出来ない攻撃魔法しか打てず、あげく、戦闘中に魔力欠乏症で失神する【賢者】。


 味方一人がやられただけで冷静さを失い、取り乱して戦力外になってしまう【聖女】。


 そしてなにより――ロクに連携も取れず、いきあたりばったりで、不測の事態への対処力が絶望的になく、混乱に陥ってしまうパーティー。


 ――駆け出しのパーティーとしか思えないようなお粗末さだ。


 以前、酒場で耳にした言葉が頭をよぎる。


「『無窮の翼』でまともなのはラーズだけ。後はジョブだけの能なしども」


 そのときは僻みとやっかみだと、まったく気にしていなかった。

 『破断の斧』のピンチを颯爽と救ってくれた『無窮の翼』。

 その姿は彼にとっては正に英雄そのものだった。

 それ以来、彼は『無窮の翼』に心酔していた。


 そんな憧れのパーティーに誘われ、ジェイソンは思わず飛びついてしまった。

 こんなチャンスは二度とないと、深く考えずに頷いてしまったのだ。


 もちろん、パーティーメンバーたちに申し訳ない気持ちはあった。

 しかし、冒険者である以上、高みを目指すのは当然。

 『無窮の翼』から声をかけられたら、誰でも快諾するのは当たり前だ。

 そう自分を正当化し、良心の呵責を抑えこんだのだった。

 自分も伝説の一員になれるんだ――その思いに胸を弾ませて。


 ――俺は重大な選択を間違えたのかもしれない……。


 ジェイソンの心に後悔の念が湧き上がり、彼は奥歯を強く噛み締めた――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 なぜ、『無窮の翼』がこうまでも無様な失態をさらしたのか?

 なぜ今まで通りにストーンゴーレム相手に楽勝できなかったのか?


 もちろん、ラーズが抜けたことが理由のひとつだ。

 ラーズの精霊術による支援と連携を成立させようとする立ち回り。

 この二つがなくなったことにより、『無窮の翼』は弱体化した。


 しかし、ラーズ一人が欠けるだけで、ここまで弱体化するのだろうか?

 新たな戦力としてジェイソンが加入したのに?


 ずばり、答えを言うと――彼ら自身が弱くなったからだ。


 その理由を説明するために、一般論から始めよう。


――冒険者を辞める一番多い理由はなにか?


 ダンジョン内で死亡する。

 怪我をして冒険できない身体になる。

 目標としていた金額を貯め、店を開くなど別の道に進む。


 このような理由で引退する者もいる。


 しかし、一番多い理由は――「心が折れた」からだ。


 恐怖。苦痛。怯懦(きょうだ)。


 この病はジワジワと冒険者の心を蝕み、ある日突然喰らい尽くす。


 身体はまだ動く。

 剣も振れる。

 魔法も打てる。


 だが――心がついて来ないのだ。

 こうなってしまったら、もうどうしようもない。

 冒険者を廃業するしか道はないのだ。


 冒険者にとって、精神面の影響は計り知れない。

 ダンジョンの外では、精神状態というのはダンジョン内ほどの影響を持たない。


 場末の酒場の主人が張り切ったところで一流店並みの料理は作れない。

 やる気がない日のギルド職員でも、普段とさほど変わらない書類仕事が出来る。

 パン屋が死ぬ気になっても、いつもの2倍の量のパンを焼くことは出来ない。


 しかし、ダンジョン内では話が違ってくる。

 世界の理(ことわり)なのか。

 ダンジョンの神の思し召しなのか。

 それとも、なんの理由もないのか。


 精神状態次第で、普段絶対に出来ないことが可能になり、普段余裕で出来ることが不可能になる。

 ダンジョンという場所はそういう場所であり、冒険者という生き物はそういう存在なのである。


 冒険者とは冒険する者のこと。

 危険を冒(おか)す者のことだ。


 格下を相手に安全な戦いを行う者ではなく、自分より強い相手にリスクを持って挑み、打ち破らんとする者だ。


 危険に身を晒し、壁に挑み、死力を尽くして破り続ける。

 そうして冒険者たちは研ぎ澄ませていく。


 身体を、技量を、そして――心を。


 『無窮の翼』の一番の弱点。

 それは心を研ぎ澄ませて来なかったことである。

 彼らはここまで冒険してこなかった。


 個々人の能力値とラーズの入念な準備によって、異例のスピードで攻略してきた反面、今まで苦戦や窮地というものを体験してこなかったのだ。


 それでも問題なくやってこれたのは、彼らが強い信念を抱いていたからだ。


 ――自分たちは最強、という信念を。


 彼らは心の底からそれを信じていた。

 だからこそ、ラーズの精霊術が強力な効果を発揮したのだ。

 『無窮の翼』時代、【精霊術士】のラーズの精霊術は対象の精神にしか作用することができなかった。

 それゆえ、支援効果は対象の精神、とりわけ、信念の強さが影響していた。

 「自らが最強」という信念を持つ『無窮の翼』の面々だったからこそ、ラーズの支援はもっとも強力な効果を発揮していたのだ。


 しかし、一ヶ月前、その信念に陰りが見え始めた。

 今まで立ち止まることがなかった彼らが初めて停滞したのだ。


 ――サード・ダンジョン第15階層。


 急激に敵が強くなり、一ヶ月かけても前に進むことが出来なくなったのだ。

 『無窮の翼』にとって初めての挫折だった。


 足止めされ「自らが最強」の信念が揺らぐ。

 信念の揺らぎはラーズの支援効果を弱める。

 第15階層で足止めされる時間が長くなるほど、自信は弱まり、ラーズの支援効果も弱くなっていく。

 やがて、皆、ラーズの精霊術は無能と思い込むようになっていく。


 もし、ここで自分たちを省み、時間をかけてもう一度鍛え直すという道を選んでいたら、また違った結果になっただろう。


 しかし、彼らが選んだのは、原因を自分に求めるのではなく、他者に求めた。

 その結果がラーズの追放だ。

 『無窮の翼』は自ら成長の機会を手放したのだ。


 そして、ささくれ立った彼らの信念に致命傷を与えたのが数日前の出来事だった。

 『疾風怒濤』のロンには抵抗する間もなく喉元にナイフを突き付けられた。

 『闇の狂犬』のムスティーンには狂気をぶつけられ、逆らう気概も見せれず、足元に屈した。


 この二つの出来事で、クリストフらの自信は散々に打ちのめされた。

 今までは、「誰が相手でも負けない」と信じていたのだが、その自信はいとも容易く踏みにじられたのだ。


 そして、彼らの心の底に「自分たちより強い相手には勝てない」という澱(おり)が淀み、彼らを縛り付けることになったのだ。


 その結果、彼らは今までの実力の半分も出せなくなってしまった。

 その結果がストーンゴーレム戦の無様な敗退だ。


 この敗退は結果以上に、深刻な意味を持つ。

 彼らの自信は粉々に砕け散ってしまった。


 身体の傷は回復魔法でどうにかなる。

 しかし、心の傷を癒やすのは容易なことではない。


 折れた心を接ぎ直し、もう一度立ち上がるのは果てしなく難しい。

 特に、今まで心を鍛えてこなかった彼らにとっては――。


   ◇◆◇◆◇◆◇


 『無窮の翼』は通路を駆け抜ける。

 チェックポイント目指して一目散に。

 すれ違った冒険者たちが驚き、思わず道を空けるほどの必死な形相だった。


「うおっ!」

「なんだっ!?」

「おい、今の『無窮の翼』じゃね?」

「ああ、なんかボロボロになってたけどな」

「潰走してる真っ最中って感じだったね」

「なんでこんなトコにいるんだ? ヤツらもっと上の階層にいたはずじゃない?」

「ああ、だよな」

「確か一ヶ月前に第15階層に到達したって酒場で偉そうに自慢してたぜ」

「あー、それ、ワタシも聞いた」


「でも、先頭にいたのバートンだろ? 【剣聖】の」

「ああ、あの巨体は間違いない」

「誰か背負ってたよな?」

「クリストフじゃね? 金髪だったし」

「クリストフやられたんか!」

「こんな階層で?」

「あんなに威張ってたのにな」

「ざまあ、イケメンざまあ」

「おまえ、ホントにイケメンに容赦ねえな」

「うるせー、俺の気持ちがお前に分かるかっ!」

「はいはい、嫉妬は見苦しいわよ〜」


「クウカちゃんもいたな。なんか泣いてたけど」

「勇者様ラブだもんな、クウカちゃん」

「うん、クウカちゃん可愛いんだけどな……」

「勇者様しか見てないんだよな……」

「俺は、ウルちゃん派だっ!」

「つーか、一番後ろの誰よ? ウルちゃんを背負ってたみたいだけど」

「うらやま死刑!」

「黙れ、ロリコンッ!」


「ラーズさんじゃなかったよな」

「ラーズさんはクビになったぜ」

「えっ? マジ?」

「うん、数日前の早朝に馬車でどっか行くの見たヤツがいるらしい」

「え〜、ラーズさん引退かよお。俺、色々と世話になったのに」

「ああ、俺もだ。ショックだわあ」

「あの人、格下の俺達にも腰が低いし、気にかけてくれるんだよな」

「ああ、『無窮の翼』の他のメンバーは偉そうにしてて取っつきにくいけど、ラーズさんはそんなことなかったもんな。会えないってなると寂しいな」

「俺も俺も」


「ワタシも知ってたら、思い切って告白してたのに〜」

「え〜、お前、ラーズさん好きだったの?」

「お前みたいな男女は相手にされないって」

「ウルサイ! 好きなもんは好きなんだよ。乙女心なんだよ。分かれっ!!」

「いやあ、お前も意外と恋する乙女なんだな」

「まあ、ラーズさんに惚れる気持ちも分かる。渋い大人の魅力があるもんな」

「そうそう。俺も女だったら惚れてたかも」

「でしょでしょ?」

「じゃあ、今日は帰ったら、我らが紅一点の失恋祝いで一杯やるか?」

「フッザケんなッ!!! 泣くぞ、コラ!!!」

「わははは」「あはは」「いひひひ」「うへへへ」

「まあ、気晴らしには呑むのが一番だ。みんなで慰めてやろうぜ」

「おう」「だな」「おけおけ」

「…………サンキュ」


「でも、ラーズさんのことだから、また、アインスの街でメンバー集めて、『無窮の翼』を超える最強パーティーで凱旋するかもな」

「ありえねえよ、って言いたいところだが――」

「ラーズさんならやりそうで怖い」

「あー、それ、有りえるかも!」

「だろ?」

「ラーズさんは絶対戻ってくるもん!」

「おっ、まだ諦めてない」

「だな。希望はあるな」

「そうそう。ラーズさんは戻ってくるよ」

「うん。ワタシは信じて待っている」

「戻って来たときは、隣に可愛い彼女を連れてるかもしれんけどな」

「うぎゃー、余計なこと言うなー!!!」

「わははは」「あはは」「いひひひ」「うへへへ」


「つーか、話それたけど、ラーズさんじゃなきゃ誰なんだ?」

「金属鎧を装備してたよな?」

「うん、ワタシも見たよ」

「じゃあ、前衛か?」

「俺、知ってる。『破断の斧』のリーダーのジェイソンだよ」

「ああ、斧使いの?」

「うん」

「へー」

「アイツがラーズさんの代わりに入ったんか」

「意外だな」

「ああ」


「でもさあ、パーティーを捨ててまで、『無窮の翼』に入るかね?」

「ジェイソンも悪い奴じゃなかったのに」

「パーティーの頼れる兄貴分って感じだったのにな」

「ちょっとショックだわ。幻滅した」

「理解できねえな」

「仲間を捨てるとか、ワタシも分かんない」

「とか言いつつ、ラーズさんに誘われたら、ホイホイ付いて行くんじゃないの? 恋する乙女さん?」

「アホかっ! それとこれとは話が別よっ! ラーズさんは好きだけど、アンタたちも大事な仲間よ」

「おお、姐さん、かっこいー」

「惚れる〜」「好きだ〜」「結婚して〜」

「もう、すぐフザケるんだから〜」

「あれ、照れてる〜」

「調子のんなッ!」

「イテッ。やめて、グーパンはやめて」

「「「わははは」」」


「だけど、それだけ、魅力的なんじゃない? 『無窮の翼』って名前は」

「人によっては、そうかもな」

「実績はすげーもんな」

「しかも、ラーズさん以外はユニークジョブだろ。しかも、ランク3の」

「【勇者】に、【剣聖】に、【聖女】に、【賢者】か。よっぽどのジョブじゃなきゃ、務まらんよな」

「そんなかで、ラーズさんはよくやってたよな」

「苦労してるみたいだったしな」

「【精霊術士】っていうジョブランク2の不遇職なのにな」

「でもさあ、あの人は戦力的には他の四人に劣るかもしれないけど、ダンジョンの知識はハンパなかったよな」

「ああ。なんでも知ってる感じで、なにか訊いたら、すぐに教えてくれたよな」

「交渉事とかも、全部あの人がやってたし」

「資材調達も一人でやってたしな」

「どれも面倒事だよな。必要ってのは分かってるけど」

「俺たちは分担してやってるのに、ラーズさんは一人でやってたもんな」

「大丈夫なんか、『無窮の翼』? ラーズさんナシで回るんか?」

「「「「…………」」」」


「そもそも、ラーズさんのいない『無窮の翼』とか、ギスギスしてそうで嫌だよ」

「それに、ラーズさんを追い出すようなパーティーとか、絶対にゴメンだよ」

「仲間を見捨てるのはね〜」

「ああ、あれだけパーティーに尽くしていたのにな」

「ジェイソンもよくそんなとこに入ったよな」

「内情を知らなかったんじゃね?」

「結果、ジェイソンも仲間を見捨てて『無窮の翼』に入ったんだから、お似合いかもな」

「加入早々に潰走とか……」

「ジェイソンのせいにされそうだな」

「アイツもすぐに追放されるかもな」

「自業自得だから、まったく同情できないけどな」

「ああ」「そうそう」「だね〜」「うん」


「つーか、今回の潰走もラーズさんが抜けたからかもな」

「有りえる」「確かに」「かもね〜」「うんうん」

「でもさ、『無窮の翼』をあそこまで壊滅させるモンスターって何物だよ。俺たちも撤退するか?」

「ああ、そうだな。念の為にな」

「君子危うきに近寄らず」

「なんか、ダンジョン攻略って雰囲気じゃなくなっちゃったしな」

「じゃあ、今日はなにもしてないけど、ここで撤退するか」

「「「「おう」」」」


 冒険者たちの会話は、必死で退却する『無窮の翼』メンバーたちの耳には届かなかった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 英雄とかっておだてられてても、周囲の評判はこんなもん。


 冒険者たちの『無窮の翼』に対する評価は、


1.関わりが薄く成果から判断して憧れてる派(3割)

2.ラーズがいるから許せる派(4割)

3.調子に乗っててムカつく派(3割)


 以上の3つ。


 ようやく、15層停滞→追放→敗戦までの流れを描写できて一段落。


 勇者パーティーはしばらくお休みして、その後に坂道コロコロ。どこまでも転がるよ!



 次回――『火炎窟攻略1日目5:打ち上げ』


 シンシア「打ち上げはチョコオニギリで良い?」

  ラーズ「絶対ダメ」

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