第28話 勇者パーティー8:ストーンゴーレム戦3

「バートンッ、どうするっ?」


 背中を向けていたストーンゴーレムがゆっくりとジェイソンの方へ振り返る。

 彼の危機察知本能は最大級の早鐘を鳴らし続けている。

 いち早くも撤退したいところだが、クリストフが倒れた今、パーティーのリーダーはバートンだ。

 だから、彼に判断を仰いだ。


「ちくしょおおお。まさか、ストーンゴーレム相手に苦戦するとはな。だが、大丈夫。ウルの魔法でコイツら弱っている。俺とオマエでやるぞッ! クウカはクリストフの回復を続けろッ!」

「言われなくても、やってるわよっ!!!」

「…………了解」


 クウカは彼女には珍しく、激情のままに叫び返した。

 チッ、とジェイソンは内心で舌打ちする。


――みんな、バラバラじゃねえか。


 これが本当に、『無窮の翼』なのか?

 みんなが憧れる『無窮の翼』の姿なのか?

 以前、助けてもらった時の強さはどこに行ったんだ?


 ジェイソンの頭に疑問が浮かぶが、命令された以上それをこなすしかない。

 大丈夫。バートンが言う通り、ストーンゴーレムは大きなダメージを負っている。


 ――この状況なら、俺でも倒せるかもな。ただ、油断は大敵だ。慎重に行こう。


 ジェイソンは腹をくくり、片腕を失ったストーンゴーレムと向かい合う。

 相手から視線を逸らさず、頭をフル回転させ、作戦を組み立てる。


 ジェイソンはストーンゴーレムの習性を熟知していた。

 彼が先日まで率いていた『破断の斧』はここ第10階層を攻略中だった。

 第10階層最大の強敵はストーンゴーレム。

 だから、ストーンゴーレムの情報を集め、いくつもの対策を練っていたのだ。


 ――ストーンゴーレムは両腕を失わない限り、脚や頭で攻撃することはない。


 ジェイソンはそれを知っていた。

 そして、ストーンゴーレムは右腕を失っている。


 ――だから、左へ左へと、ストーンゴーレムの右半身へ回り込むように攻め続ければ、なんとかなる。それしか、方法はないッ!


 ストーンゴーレムの左腕の打ちおろしがジェイソンに迫る。

 しかし、左腕の攻撃しかこないと分かっていた彼にとって、それは容易に躱すことが出来る攻撃だった。

 左へ避けたジェイソンは気づいた。


――さっきより攻撃が遅い。


 ウルの魔法のダメージ故か、片腕を失って上手くバランスが取れない故か、あるいは、その両方か。

 間違いなく先ほどの攻撃よりは遅く、威力もなかった。


――よしっ、これならなんとかなる。


 ゴーレムが追撃を放とうと左腕を振り上げた瞬間。

 ジェイソンは素早くストーンゴーレムに近寄り、鋭い一撃を放った。狙うはウルの魔法で出来た右脇腹のヒビだ。


 ――ガンッ。


 ジェイソンの斧はヒビを深め、確かなダメージを与えた。

 致命的ではないが、確実にダメージが入る。

 そう考えたジェイソンは、このまま削り続ける作戦に出た。

 ジェイソンは少しずつ、だが、確実にダメージを蓄積させていく――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 ジェイソンは自分の持っている知識をもとに、確実に勝利へと近づいていく。

 一方のバートンは…………。


 モンスターの情報収集。


 『破断の斧』に限らず、どのパーティーでも当たり前にやっていること。

 敵の情報ひとつで生死が分かれる場合があるからだ。

 時間と金を費やして、どんな些細な情報でも集める。


 これが冒険者の常識。

 唯一と言える例外は、『無窮の翼』だけ。

 彼らはジョブの強さとラーズの支援によって、力づくの攻略が可能だったのだ。

 第15階層で躓くまでは。


 それゆえに、彼らは過信していた。

 自分たちの能力を。

 どんな相手でも、力押しで勝てると。


 そして、過小評価していた。

 ラーズの支援効果とラーズがもたらす情報を。


 ラーズだけは違った。


 他のメンバーが酒場で酔いつぶれている頃。

 昼前まで寝過ごしている頃。

 賭場や娼館で享楽に耽っている頃。


 睡眠時間を削って、足を運び、頭を下げ、交渉し、自分の報酬から持ち出して――自分の持てる全てを駆使して情報収集に東奔西走したのだ。


 だが、メンバーたちは取り合わず、臆病者と彼を謗(そし)った。

 「なんで一撃で倒せる相手のことなんか調べなきゃいけないんだ?」

 そう言って、一蹴するだけだった。


 そして、そのツケが今、バートンに回ってきた。

 ストーンゴーレムの重たい拳撃。

 バートンはそれを凌ぐだけで精一杯だった。


 今までだったら、ストーンゴーレムの拳なんて力任せで簡単に弾き飛ばせるし、そのまま叩っ斬ることが出来た。

 しかし、今出来ることは大剣を盾にして、直撃を避けることだけ。それしか出来なかった。


 重い連撃を受け、剣を持つ手は痺れ、握力を失っていく。

 どうしたらいいか分からず、亀のように縮こまって防戦一方。

 バートンの中で焦りが生まれ、次第に大きくなっていった。


 両腕が健在のストーンゴーレム対策は、攻撃を避けるか受け流すかして、隙を付いて背後に回りこみ攻撃を叩き込む。これが基本戦術だ。

 冒険者の間では常識だが、バートンはそれすら知らなかった。


「バートン、後ろに回り込むんだッ!」


 ジェイソンが立場も忘れ、叱咤の声を飛ばす。

 彼はなぜバートンが基本戦術も取らずに、防御に徹しているのか理解できなかったが、つい、我慢が出来ず怒鳴りつけてしまった。


「うるせえ、今やろうと思ってたんだよッ!」


 そう言い返したものの、バートンは困惑していた。

 なぜなら、今までストーンゴーレムの背後に周り込んだことなんてなかったからだ。

 基本戦術すら知らなかったので、当然、その練習なんかしたこともない。


 バートンに出来ることは【剣聖】の能力頼りに力任せに叩き斬ることだけだった。

 防御も満足に出来ないし、敵の背後に回り込むなんて小細工は一度もしたことがなかった。


 今まではそれでも良かった。

 ラーズによる精霊術の支援があったから。

 精霊術で強化された【剣聖】の能力であれば、力押しが通用したから。

 だが、今は……。


「クソっ!」


 それでも、このままだとジリ貧であることはバートンも承知していた。

 ここはやるしかないと、攻撃の合間を掻(か)い潜(くぐ)り、ストーンゴーレムの横を通り抜けようとし――強烈なアッパーカットがバートンの脇腹を襲い、その巨体を持ち上げた。


 高く。高く。

 ストーンゴーレムの頭部よりも高く。


 高く持ち上げられたバートンの巨躯は、そのまま重力に引かれ、石床に激しく打ち付けられる。


「ぐぉぇ」


 バートンの鎧は腹部が大きく凹んでいる。

 内蔵をやられたのか、口からは大きく血を吐く。

 だが、鎧のおかげか、クリストフよりはダメージは少ないようだ。

 これ以上戦えるかは疑問であるが――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 ジェイソンは一歩一歩、勝ちに向かって歩んでいた。

 彼の戦い方は堅実そのものだった。

 ストーンゴーレムの拳を躱し、無理のない程度で脇腹のヒビに向かって斬りつける。

 大ダメージを狙える大技は封印し、小技でジリジリとストーンゴーレムを削っていく戦法だ。

 それだけを繰り返した、五回、十回、二十回……。

 『破断の斧』時代に何度も繰り返してきた戦法だ。

 クリストフやバートンのような派手さはないが、彼は仲間の力も借りて、この戦法でいくつもの勝ちを拾ってきた。


――だから、今回も大丈夫だ。


 それは自信であった。

 情報を得て、イメージトレーニングを繰り返し、実戦で調整していく。その反復を数えきれないほどやって来た。

 その積み重ねがあるからこその自信だ。

 能力頼みの自信とはワケが違う。

 経験に裏打ちされた、本物の自信であった。


 パーティー全体で見ればイレギュラーな状況であるが、自分一人に限ればいつもどおりのルーチンだ。


 味方のサポートこそ期待できないが、自分はやるべきことをこなすだけ。そうすれば、必ず勝ちを得られる。


 自信に満ちたジェイソンは、ミスすることなく、ストーンゴーレムを削り続ける。


 そして――その時は唐突に訪れた。


 ストーンゴーレムの脇腹のヒビはジェイソンが斧を振るう度に少しずつ広がり、身体の半分ほどまでに至っている。

 ジェイソンの斧がまた少し喰い込み――ストーンゴーレムは振りかぶった左腕をそのままに、動きを止めた。


 ゆっくりと。

 スローモーションのように。

 ストーンゴーレムは激しい音を立てて、崩れ落ちた。


「ふう」


 なんとかやり遂げたな、とジェイソンは大きく息を吐いた。

 彼が思っていたよりも早くストーンゴーレムは倒れた。

 ウルの攻撃魔法が思いの外、効いていたのだろう。


 額の汗を拭ったジェイソンは、もうひとつの戦いはどうなったのかと、そちらに視線を向ける。

 彼の視界に入ってきたのは、高く打ち上げられたバートンが宙を舞う姿だった――。



   ◇◆◇◆◇◆◇



 倒れたバートンは少し離れた位置に落ちた大剣に這い寄る。

 それを掴むと杖代わりにして、なんとか立ち上がった。


「バートン、大丈夫か?」


 ストーンゴーレムを屠ったジェイソンが心配そうに声をかける。

 バートンはそれを苦々しそうに無視し、クウカに声をかける。


「おい、クウカ。クリストフは後回しだ。俺に回復魔法をかけろ」

「イヤよ! クリストフが。クリストフがぁ〜〜」

「なっ!? …………チッ、撤退だ」


 取り乱しているクウカは、バートンの指示に従わない。

 言ってもムダだと悟ったバートンは苦渋の思いで撤退を決意する。

 ストーンゴーレムからの撤退など、彼にとっては耐え難いほどの屈辱であった。

 苦虫を噛み潰したように顔をしかめている。


 ジェイソンはほぼ無傷だった。

 だから、自分とバートンの二人掛かりならば、もう一体のストーンゴーレムを倒せるはずだと思った。

 継戦を主張すべきか、しかし、自分は新入り。

 意見出来る立場じゃないし、言ったところで聞き入れてはもらえないだろう。


「分かった。どうすればいい?」

「クリストフは俺が背負う。オマエはウルだ」

「了解」


 ジェイソンは直ぐに行動に移った。

 まずはバートンたちを逃がすことだ。

 このストーンゴーレムは部屋から出てこないタイプだ。

 通路に逃げ込めば、確実に逃げることが出来る。


 運良くウルは通路で倒れている。

 だから、バートンたち三人が通路に逃げ込むまで、耐え切る――それがジェイソンの仕事だ。


 ジェイソン一人でストーンゴーレムを倒すのは無理かもしれないが、それまで凌いで時間稼ぎするだけなら十分可能。

 ジェイソンはストーンゴーレムから距離を取って、その周囲を回り、攻撃の隙を与えないよう動いた。


「ほら、行くぞ」

「イヤぁ、クリストフが目を覚まさないのぉ〜〜〜」


 バートンが声をかけるが、泣きじゃくるクウカはクリストフにしがみ付いて離れようとしない。

 バートンは力づくでクウカを引き剥がし、クリストフを背負う。


「ほら、行くぞ」


 クウカの腕を掴み、無理やり立たせると、通路に向けて駈け出した。

 クウカは引きずられるようにして付いて行く。


 三人が通路に退避したのを見届けたジェイソンはストーンゴーレムの隙を付いて股下を潜り抜け、通路に向かって駈け出した。


 五人全員が通路へ避難し、ストーンゴーレムから逃れることに成功した。

 魔力欠乏症で気絶したウルをジェイソンが背負い、『無窮の翼』はチェックポイントに向かって駈け出した。


 沈んだ空気にクウカのしゃくり上げる声だけが響き渡る。

 新体制『無窮の翼』の初攻略は誰もが想像していなかった惨憺たる結果に終わった――。





   ◇◆◇◆◇◆◇


【後書き】

 ジェイソン「もう俺がリーダーでよくね?」


 次回――『火炎窟攻略1日目4:攻略を終えて』


 ロッテ「はぁ(ため息)」

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