忍者おじさんとの別れ

 数日後──師匠と呼ばれている忍者の傷も癒えて完治した。

 さすが忍者、驚くべき回復力だった。忍者がピクトグ・ラムに言った。

「小僧、いろいろと世話になったな」

「うん、いろいろと忍者の世話したよ」


 ピクトグ・ラムの言葉に一瞬キレて、忍者刀の柄をつかんだ忍者は、深呼吸をすると柄から手を離して。

 気持ちを落ち着かせるために印を結んで呪文のようなモノを唱える。

「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前」

 ピクトグ・ラムが、忍者の呪文に付け加えて続ける。

寿限無寿限無じゅげむじゅげむ五劫の擦り切れ……海砂利水魚の水行末雲来末風来末……」

 激怒する忍者。

「小僧! 忍者をおちょくっているのかぁ!」


 呼吸を整えて、落ち着いた忍者にピクトグ・ラムは質問する。

「まだ、名前聞いてなかったね……忍者はなんて名前なの、まさか忍びだから名は捨てたとか。格好つけたパカみたいなコトは言わないよね」


 頬をヒクヒク痙攣させながら、忍者は適当に思いついた名前を名乗る。

「名前か……名前は、そうだな『ニ・ホンゴ・ワカリマセーン』とでも、名乗っておこうか。オレは厄災の忍者だ」

「【厄災】」その言葉を聞いて、さすがにピクトグ・ラムも少しだけビビる。


 異界大陸国に災いをもたらす【厄災】……それは、大半の者たちから畏怖される存在だった。

 ニ・ホンゴ・ワカリマセーンが、少しドヤ顔で鎖が巻かれた木箱をピクトグ・ラムに見せて言った。

「小僧、この木箱を……」

 てっきり、自分にくれるものだと思ったピクトグ・ラムが言った。

「いらないよ、そんな小汚ない箱……もらっても、すぐに遠くに放り投げるよ」


 子供の言葉に、ぶちキレる忍者。

「誰がおまえに、やるって言った! 人の話しは最後まで聞け! まったく、おまえと一緒にいると調子が狂いっぱなしだな」

 怒り口調ながらも厄災の忍者は、どこか楽しげだった。

 厄災であるがゆえに、命を狙われ傷つき生きてきた忍者にとって。

 ピクトグ・ラムとの会話は、不思議な安堵感があった。


 話しを続ける忍者。

「この箱の中には、この第一都市【レザリー】に住む、ある綺麗なお姉さんから頼まれて探してきた。暗黒教典の一片が入っている……これを木箱ごと渡してきてくれ……住所は……」

 忍者はピクトグ・ラムに、綺麗なお姉さんが住んでいる場所の住所を告げてから、最後につけ加えた。

「この箱を渡して、ここに小僧がもどってきた時、オレたちは小屋から去っている……探すんじゃないぞ」

「うん、探さない……傷が痛まなかったら、どこへでも勝手に出て行って」

「この野郎! いいか、その木箱は絶対に途中で開けるなよ! 絶対だからな! わかったら、さっさと行け!」

 昆虫の頭をかぶった、ピクトグ・ラムが薪小屋から出て行くと、厄災忍者は呟いた。

「あいつ、間違いなく途中で箱を開けて中を見るタイプだな……まぁ、中に入っている紙一枚に、宿っている微弱な暗黒力を浴びても、どうってコトはないが」


 忍者の呟き通りに、薪小屋から出て数メートル歩いた所にあった岩に、木箱を叩きつけて少し割れ目を作って中を覗き込む。暗い箱の中には一枚の紙が入っているのが見えた。


 ピクトグ・ラムは、木箱の隙間から、中に溜まっていた暗黒力をチューチューと吸ってから呟いた。

「あまり、美味しくない」

 ピクトグ・ラムが、そう呟いた時──地面の中から、石造りのアーチ型ゲートがいきなり現れた。

「もしかして、ボクの体に場所移動が出来るゲートを生み出す力が備わった? わーい、これで好きな時間に自由に城の部屋から抜け出せるぞ♪」


 ピクトグ・ラムは、どこでもゲートに入って忍者が指定した住所に住む。

『グレゴール』という名前の、女性の家の前に出てきた。

 ドアをノックすると、ヘビ肉を使った【ゴルゴンバーガー】をモグモグ食べている、一人の綺麗なお姉さんがドアを開け

た。

 木箱を差し出す、ピクトグ・ラム。

「これ、厄災の忍者から渡してくれって」

 綺麗なお姉さん、前身の中身はおっさんの『グレゴール』が木箱を受け取って言った。

「ごくろう、おや? どこかにぶつけたような亀裂があるな?」


 グレゴールはピクトグ・ラムに背を向けて、特殊な鍵で鎖を外すと中に入っていた紙片を取り出して眺め、不気味な笑い声を発した。

「ふふふふふっ……失われていた部分の『ググレ暗黒教典』が全部揃った……これで、【異端暗黒都市オガム】を浮遊させて、大司祭となって暗黒教典を西方地域で広めるコトができる……ふぁははは、これからは『ググレ・グレゴール』と名乗ろう!」


 ピクトグ・ラムは、危なそうな綺麗なお姉さんから離れると、町の中をブラブラ歩いて城がある方向のへ向かった。

 町の中で、森に不気味な化け物が出現しているという噂を耳にする。

 どうやら、アチの世界から来た兵士の一人で、迷彩服を着ていて頭には、軍隊のヘルメットをかぶっているらしい。


 ピクトグ・ラムは、軽食屋のテラス席で、会話をしている者たちの話しに聞き耳を立てる。

「屈強な体躯たいくで肩幅が広く、顔にはでかい口だけしかない化け物が森に逃げ込んで徘徊している……何かの実験をされて、こちらの世界に送り込まれた失敗作の生物らしい」

「元々は人間で志願して実験体になったが、どうして自分はコチの世界にいるのか、わからないまま森の中をさ迷って生き物を貪り食べているらしいな」

「今の城の森には近づかない方が無難だ……あの森には何が潜んでいるのか、わからんからな」

 そんな話し聞きながらも、ピクトグ・ラムは【どこでもゲート】を出現させて最短で森へともどった。


 ゲートから出た真っ正面に、町の人が噂をしていた怪物がいた。

 迷彩ヘルメットの下にある顔には、歯が並んだ口しかなく。

 両生類のような皮膚の体で、上半身の迷彩服が膨れた体で半分破れた、怪物が薄気味の悪い声で呟く。


「ここは……どこなんだよ……オレの体は、どうなっちまったんだよ……仲間はどこに行っちまったんだよぅ……腹が減ったよう、食べたいよう」

 ピクトグ・ラムに襲いかかる怪物。

 食される覚悟を決めたピクトグ・ラムと、怪物の間に、厄災忍者ニ・ホンゴ・ワカリマセーンが滑り込むように入ってきて怪物の腕を斬り落とす。

 斬り落とされた腕はビクビク蠢いた後……溶けて消えて怪物の斬られた腕は再生する。


「ニ・ホンゴ・ワカリマセーンさん!」

「小僧、木箱は渡してきたか?」

「うん、言われた通りに渡してきた」

「そうか……今が厄災としての使命を果す最後の時か……小僧、世話になったな」

「うん、いろいろと忍者の世話をしたよ」

 苦笑する厄災忍者。

 ニ・ホンゴ・ワカリマセーンが、怪物に突っ込みながら叫ぶ。

「化け物、そんなに腹が減っているのならオレを喰え! 小僧には手を出すな!」

 化け物は、厄災忍者を体に取り込むように、付着する……まるで白血球のように。

 顔の半分を飲み込まれながら、厄災忍者がピクトグ・ラムに言った。


「小僧、この世界の厄災を守れ……この異界大陸レザリムスには、厄災の存在が必要不可欠だ。オレの忍びとしての最後の秘術を見せてやる、その目に焼きつけろ……妖賀忍法『炎獄地獄』」


 厄災忍者の体から噴き出した青い炎が、怪物を包み込み溶かしていく。

「忍者! 名前なんて言ったっけ?」

「この状況で、その質問か! もういい、好きな名前で呼べ」

 炎の中で、厄災忍者はピクトグ・ラムに向けて、上げた親指を下に向けた笑い目で。

 怪物と一緒に燃え尽きて消えた。


 ピクトグ・ラムは、残り火に土をかけて森に延焼しないように、火の後始末をすると。

「さぁて、ゴルゴンゾーラ城にもどって。ご飯食べようっと♪ なんか変な術の名前言っていたけれど……早口だったから、忘れちゃった」

 そう言って、ゲートから城にもどった。


 そして、成人したピクトグ・ラムは、昆虫騎士を名乗り。

 ゴルゴンゾーラ城の城主となり。五大厄災の一人、中央地域の厄災となった。


  ~おわり~

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