第773話

「グゥオオオオオオオッ!」


 俺は咆哮を上げながら、大剣を構えてアイノスへと突撃していく。


『見せてみろよ愚竜! これから魂を砕かれ、ボクの下僕となるキミの、最期の抵抗をさぁ!』


 アイノスとの決戦、最終盤面。

 勝利条件は単純だ。

 俺のMPが尽きる前に、奴へ〚闇払う一閃〛を二発連続で叩き込んでHPをカラにする。

 それ以外は全部俺の負けだ。


 俺は大剣を右手に握り締めて左手を空け、アイノス目掛けて〚次元爪〛を二発放ってやった。

 アイノスは俺の動きを見ても、避けようとさえしなかった。


 奴の周囲に〚大賢者の盾〛の分厚い光の壁が浮かび上がり、〚次元爪〛の衝撃を受け止めた。

 予告通り全ての攻撃を〚大賢者の盾〛で防ぐことで、余計な隙を晒さない戦法らしい。


 アイノスは分厚い光の壁の奥で、俺へと指を向けた。

 指先に光が灯る。

 またアイノスお得意の精神攻撃だ!


 耐えがたい、強烈な不快感。

 脳が揺さぶられ、腹の底から胃液が込み上げてくる。


『ハハハ、いい顔だねぇ! 幻覚を被せて意識の喪失を防げるとはいえ、苦しいことに違いはないだろう!』


 〚ミラージュ〛の上書きによる、不快感の打ち消し。

 俺はそれを、やらなかった。


「オオオ……オオオオオオオオッ!」


 咆哮を上げ、気力で捻じ伏せる。

 こっちはMPの限界が近いんだ。

 〚ミラージュ〛に使うMPは、全部回復か攻撃にとっておきてぇ。

 こんなことでMPは使えない。


 不快感で歪む視界の中、アイノス目掛けて再び〚次元爪〛をお見舞する。

 〚大賢者の盾〛であっさりと防がれたものの、アイノスは目を見開いて慄いていた。


『こ、今度は、直接受けて堪え切った……?』


 奴の精神干渉は本当に辛い。

 思考も情緒も脳に直接手入れて搔き回されたみてぇにぐちゃぐちゃになって、真っ白になっちまう。

 後に残るのは強烈な負の感情。

 今すぐ全部投げ出して、死を受け入れたくなっちまう。


 でも俺は、アイノスに利用されながらも僅かな抵抗のために身を粉にしてきた過去の英雄達に、そしてこんな化け物の俺を受け入れてくれた皆に、報いなければならない。

 俺がここで朽ち果てたとしても、だ。


『アイノス! 俺を突き動かしてる衝動は、テメェみたいに自分一人の欲を満たすために湧き出るもんじゃねぇ! もし俺が俺のためだけに戦ってたら、とっくに折れちまってたよ。皆を守りてぇから……つまるところ、お前が散々、俺の大事な仲間を盾に人質にとってくれたから、俺はこうして立っていられるんだよ! ザマァ見やがれ!』


『お仲間の存在が、格好付けで見栄っ張りなキミの激情の呼び水や、動機の裏打ちになるのは、全部ボクの計算通りなんだよ偽善者のダブスタドラゴンが! 勘違い甚だしくって、痛々しくって見ちゃられないね。キミは何一つとしてボクの手のひらから逃れられちゃいない! ラプラスの横槍がウザったかっただけさ。そして、それも今、ここで終わる!』


 俺はとにかく〚次元爪〛を放ち続ける。

 俺の攻撃は尽く〚大賢者の盾〛に呑まれていく一方、アイノスからは一方的に〚ヴォイドエッジ〛をお見舞される。


 避け損ねた〚ヴォイドエッジ〛が俺の体表を抉り、骨を削る。

 今、万全の状態で動けなくなれば終わりだ。

 〚自己再生〛を使わざるを得ない。

 それにHPが半分を切ったら〚英雄の意地〛が発動しなくなり、下手したら直接攻撃でワンパンされちまう。


 ただでさえ少ない俺のMPが、ガンガン消化されていく。


 だが、アイノスが警戒しなきゃならねぇ俺のスキルは、実は〚闇払う一閃〛だけじゃねえ。


 俺は〚次元爪〛の連打を叩き込みながら、大きく息を吸う。


『〚カオティックブレス〛!』


 混沌の光の渦が、アイノスの全身を覆い隠す。


 無論、無駄だとはわかっている。

 これもまた〚大賢者の盾〛に阻まれるだけだ。


 俺がやりたかったのは〚カオティックブレス〛の光の渦による目隠し、カモフラージュ。

 次の俺の行動への対応を、ほんの少しでも遅らせること。

 

 混沌の光の渦が薄れていく。

 その渦中にいたアイノスが、閉じていたドラゴンの両翼を勢いよく開く。


『無意味なことを』


『これでも、無意味だって言えるか?』


 〚カオティックブレス〛の残光が消えていく中、別の神々しい白い光がアイノスを包んでいた。

 そう、これは〚リンボ〛だ。


【通常スキル〖リンボ〗】

【聖神教において、教神、及びそれに準ずる存在が、生きることも死ぬことも許されないものを救うために行使する魔法だとされている。】

【かつて一人だけ〖リンボ〗の習得に至った聖女が存在したという。】

【対象を時間や空間の概念の存在しない次元の狭間へと落とす魔法スキル。】

【射程は短く、発動も遅い。ただ、当たれば外敵を永劫に異次元へ閉じ込めることができる。】


 この魔法はダメージを与えるわけではない。

 故に〚大賢者の盾〛でも防げはしない。

 常に盾で身を守ることを念頭に置いている奴でも、絶対に別の対応が必要になるスキル。


『〚レジスト〛』


 〚リンボ〛の光が搔き消える。


『そのスキルはさぁ、ただでさえ遅い上に、万が一バカやったらボクでも詰むんだから、常に警戒してる。想定済みに決まってるだろ?』


 ここしかなかった。

 俺は〚リンボ〛に合わせて、大剣に魔力を込めていた。

 〚神叛のラグナロク〛が聖なる光を纏う。

 〚闇払う一閃〛だ。


 俺は地面を蹴って飛び上がり、大剣の一撃をアイノスへ振りかざす。


‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐

〖イルシア〗

種族:テュポーン

状態:通常

Lv :240/240(MAX)

HP :33746/75663

MP :985/52082

‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐


 もう、本当に後がねぇ!

 ここでアイノスをぶった斬る!


『で、それも想定済みなワケ。〚リンボ〛を起点にボクを崩せないかと、どこかで強引に特攻を仕掛けてくる。ボクだって、バカじゃないんだよ!』


 アイノスが、光を灯した指先を俺へと向ける。

 コイツ、懲りずにまた同じ技を……!


 ここまで来て〚ミラージュ〛は使えねえ。

 とにかく、気力で堪える!


 目を見開いたとき、大剣の刃へと〚ヴォイドエッジ〛が二発叩き込まれていた。


『ぐっ……!』


 剣を持つ手が大きく弾かれ、〚闇払う一閃〛の光が消える。


『キミがどぉんなに高潔な想いで堪えてもさ、別に一瞬隙を作れたら、それはそれで充分なワケ』


 俺の目前で、アイノスが大きく前脚を引いていた。


『しまっ……!』


 アイノスの爪が、俺の腹部を引き裂いた。

 意識が眩む。

 この余裕のない大詰めの盤面で、最後の最後に大ダメージを負っちまった。

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