第7話 リュウグウノツカイ

 水中ロボットのアンビリカル・ケーブルが切断された一件をどんな風に報告書にまとめればいいのか、陽は頭を抱えた。


 襲ってきた鮫が実は鮫ではなく、ロボットアームを備えたサメ類似物体であると推察される、などと真っ正直に書けば、失笑を買うのがオチだ。


 一旦そうと思い込んでしまったら、映像を何度見返しても機械鮫メカ・シャークにしか見えないが、思い込みのない第三者の目にはどう映るだろうか。


「巌谷さんにこの映像を見てもらおう」

「……うえっ」


 陽が提案すると、三厨が吐き気を催すような仕草をした。


 甲板部有数の堅物で知られる巌谷の目にも機械鮫として映るなら、報告書にそう上申しても即座に笑い飛ばされることはないだろう。


「巌谷さんのお墨付きがあれば、報告書にメカ・シャークに襲われた可能性……と書いても許されると思う」


「そのまんま書けばいいじゃないですか」


 言外に、巌谷のおっさんのお墨付きなど要らねえっす、と言いたげな嫌悪感がひしひしと滲むが、だからこそだ。新人類もとい深人類・三厨の突拍子もない報告を堅物の巌谷が追認しているならば、報告の重要度は格段に跳ね上がる。


「私は今回の一件、なにか深い闇があるんじゃないかと思う。簡単に見過ごしていいものではない気がするんだよね」


「巌谷のおっさんに直々に報告すると、あたしが病みそうです」


 三厨は全身を掻きむしって巌谷アレルギーをアピールしているが、人間関係の好き嫌いだけを理由に重要な報告が上に届かないほうがよほど罪深い。


「下船したら、クリオネ人形買ってあげるから」

「クレーンゲームで捕るからいいっす」


 駄々っ子を玩具で釣るように言いくるめてみるが、三厨は唇を尖らせて、梃子でも動こうとしない。巌谷過敏反応アレルギーは相当なようだ。ぷいっとそっぽを向いて、我関せずを決め込んでいる。


 ここで巌谷ならば「仕事は遊びじゃねえんだよ」と怒鳴り散らすことだろう。


 陽もそうしたいところだったが、深人類を相手に怒りをぶちまけるのは上策ではない。三厨に怒りの矢を放てば、「陽さんもしょせん巌谷サイドの人間だったんすね」と失望を露わにするだけだ。


 短くとも数週間、長ければ数ヵ月、船内という閉鎖空間で共同生活を送る相手のため、なるたけ波風を立てないに越したことはない。


「クリオネ人形以外だったら、なにがいい?」

「リュウグウノツカイなら考えます」


 時折、浅瀬を泳いでいたり、浜に死骸が打ち上げられているのがニュースになる幻の深海魚竜宮の使いリュウグウノツカイ。直接目にしたことはないが、名前ぐらいは知っている。見た目はどんなだったか、あまり記憶にない。


「リュウグウノツカイね。可愛いよね」

「いや、可愛くはないっす」


 陽が調子を合わせるように笑いかけると、三厨は信じがたい、といった表情を浮かべた。リュウグウノツカイの外見、ほんとうに知ってるんすか、といった疑いの目を向けられた。


「いや、ほら。名前は高貴な感じじゃん。外見はあれだけど」

「まあ、そっすね。名前はイケてますね」


 知らないなりに批評すると、三厨はようやく表情を緩めた。


「今年の二月だったかな。福井の漁港でリュウグウノツカイが二匹、泳いでいるのがニュースになってましたね」


 世間話でもするような何気ない調子で、三厨が言った。


「陽さん、知ってます? リュウグウノツカイが現れるのは大地震の前兆らしいですよ」

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