第3話

「えっ!」


 ぶるぶる、とカップを持つ彼女の手が震えていた。


「私、仕事に熱心なあのひとが好きだったわ。だけどあのひとこう言うのよ。『そんな財産が入るのなら、もう働く必要はないじゃないか』って。ねえメアリ、私、あのひとがあんなこと言うと思っていなかったのよ」

「あー……」


 大口を叩く男だとは思っていたけど。


「それだけじゃないの。私が叔父様と叔母様を探して話したい、ということを言ったら、馬鹿なことは止せ、って私をこう……」


 手の平を振った。

 叩かれた、ということか。


「絶対そんなことはさせない、って。でお義父様とお義母様はかばってくれたのだけど、お義姉様がやっぱり夫と一緒で…… 家の中が今、滅茶苦茶になってしまって」


 私は思わず友人を抱きしめた。


「ああもうライザ! 何で貴女はそう悪い籤ばかり引いてしまうんでしょ!」

「相続の件で弁護士さんが来ても、私が叔母様達のことを口に出そうとすると、彼やお義姉様が口をはさんできて、それを義両親がはらはらして見てるのよ。それに、最近ではどうも、アーロンは昼間からどうも、……いかがわしい街の方へ出かけているらしいの。今まで少しずつ貯めてきたお金を持ち出しているみたいだし…… どうしたらいいのかしら」


 そりゃあもう離婚してやれ、というのは容易い。

 だが家族の縁が薄い彼女からすると、義両親はとてもいい人ということらしいし。

 いや、それも何処か怪しいのだけど。

 まあ、アーロンに関しては、私からすると「やっぱりな」だった。


「ともかく相続して引っ越しするまでは絶対に目を離さない、ですって。買い出しに行く時も最近じゃ『逃げるんじゃないよな』」ってお義姉様がずっとついてくるの。じーっと、無言で」


 あの義姉という女もどうにも嫌な感じはしていた。


「そんな中、よく来れたわね」

「義弟達のおかげよ」

「え!」

「相続はして欲しいけど、それは兄に好き勝手させるためじゃない、今まで苦労してきた私がまず自分のためにもらうべきものだ、自分達はこれから細工職人に弟子入りするから家を出る、無関係になるから、まず安全なところに逃げてほしい、って。そしてしばらくアーロンとのことを考えた上で、それでもあの男に貢ぎたかったらそうすればいいって」

「何ってまともな弟達なの!」


 私は思わず言ってしまった。

 彼女は大きくうなづいた。


「義両親も同じ考えだって言うのよ。突然長男があんな態度に出たのが信じられないって。何で私の相続する金を当てにするのかって」

「で、ライザ貴女、アーロンとはどうしたいの?」

「よく眠って、今朝すっきり目覚めたら、答えが出たわ」


 やっぱりひどく疲れていたのだろう。

 そして環境も。


「ずっと義弟達も私に言ってきたのよ。兄貴の言いなりになっているな、って。だけど何となく、これで家族をまた失ってしまうのか、とか考えたら、なかなかふんぎりがつかなくて。あのひととは離婚するわ」

「そうね、私もそう思う。もし義両親達のことが気になって恩返ししたいなら、まず目の前にあることを何とかしなくちゃね」

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