第2話 暴かれたくない秘密
「どういうことだよ!」
珍しく俺は激昂していた。そりゃそうだ、クラスメイトの面前でメイドコスプレを確約させられたんだ、こんなバカな話があってたまるか。
ホームルームを終えたその瞬間粟島の席に詰め寄ると、当の本人は目を丸くしてこちらを見上げてきた。
「あら霧生くん、どうしたの? 普段は物静かなあなたが珍しい」
「どうしたもあるかよ。クソ……さっきのアレはなんだ、俺への嫌がらせか?」
「そうね、突然指名したことは悪いと思ってるわ」
「なら……」
「場所を移さない?」
クラスメイトが様々な顔つきで俺たちを遠巻きに見ている。経緯はホームルームで知っているから、複雑な胸中なんだろう。
確かにここで揉めても仕方ない。俺は仕方無しに深い溜め息をついた。
§
粟島に案内されたのは美術室だった。彼女は美術部の部員で、この文化祭が終わったタイミングで部長になるんだとか。三年生の引退がその時期なのだと、ここまでの道中で語っていた。
美術室には誰もいなかった。部員はそこまで多くないし今日は顧問の先生がいないからと粟島が言う。部活動は監督者である顧問がいないと行えない。顧問がいないのに美術室の鍵を当然のように借りてきたあたり、存外図太いのかもしれない。
粟島が内側から鍵を掛け、舞台は整ったと言わんばかりに木製の椅子に腰掛ける。向かい合って座るだけなのに、なんだか居心地が悪かった。
「さて、ではどこから話しましょうか」
「俺に女装をさせると言ったな。あれを取り消せ。俺は同意していない」
「それは難しいと思うわ。そう言えない空気を作ったから」
悠長に話している時間は無駄だと要求をしたのだが、粟島はあっさりと却下する。俺も引き下がるわけにはいかない。
「女装を嫌がる人間云々抜かしてたのはお前だろうが……」
「そうだったかも。でもごめんなさい、私の目的ははじめから霧生くんにあったから」
「俺?」
聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。
「だって霧生くん、関わる気なかったでしょう」
見透かされていた。積極的に意見を出すわけでもなかったからそれを誤魔化すつもりもない。事実俺には関係ないなと思っていたし。
ただ、それで粟島が俺を標的にしたのは頂けない。粟島だって本来ならこんなに自己主張はしないタイプのはずだ。乗り気でないやつなら俺以外にもいる。
「それは、他のやつだって同じだろ」
「そうね。あとは私の個人的な理由。霧生くんと話す機会を作りたくて」
「どうして」
「あなたが私の求めている人材かどうか」
話が見えない。
「まあ、その話はおいおいしていきましょう。どのみちこの三日ですべて決まるわ。霧生くんには悪いことをしたと思ってるけど、ほんの少し羽目を外すと思って、ね?」
「……いやまったく納得できないんだが」
「そこは流されてちょうだい」
流されてたまるか。
俺はまだ異議を唱えるつもりでいたが、粟島はカバンからノートと筆記具を取り出した。さっそく作業に取り掛かるつもりらしい。
三日でって、本当にやるのか。三日後にどんな醜態をクラスメイトに晒せって言うんだ? 悪魔か、こいつは。
「今回はお試しだし、既存のコスチュームを少しいじる程度にしましょう。ただ霧生くん背が高いから、結構布とか追加しないとダメかしら。あと肩幅の誤魔化しは……」
「おい、話を」
「ごめんなさい、ちょっと顔見せてくれる?」
そう言うが早いか、粟島の手が俺の顔の横に伸びてきた。やばい、と思って身を引こうとするも、粟島のひんやりとした指先が俺の左耳をなぞった。
「ひゃうっ」
鼻から抜けるような高い声が出て、思わず俺は飛び退いた。守るように左耳を片手で覆う。
気まずい沈黙が流れた。
「……今のは……」
「何も言うな」
俺は早口で粟島の言葉を遮った。
「なんでもないから一切気にするな」
「霧生くん、もしかして耳が」
「お前が気にすることは何もないし俺も」
「性感帯なのね?」
想像を絶する言葉を掛けられ、俺は瞬時に固まる。それが蠱惑的な粟島の唇を震わせて出た言葉だと理解し……ぶわっと顔が熱くなった。
「〜〜〜〜ッ、もうちょっと言葉を選んでくれないか……⁉」
「あら、私は可愛くていいと思ったけど。クールな霧生くんにも人並みの欲望が」
「苦手なだけだ!」
年中発情期みたいに言われるのは大変心外だ。というか粟島るいってこんなに押せ押せな女だったのか? クラスで見てたときはもっと控えめで、穏やかな性格の人間かと思ってたんだが。
俺は火照る顔を見せたくなくて、粟島から視線を逸らして回答する。
「……触られるのが苦手なだけだ。つーか可愛いとか言わないでくれ。嬉しくない」
「そうね。あんまりいじめて協力してくれないと、私も啖呵を切った手前困ってしまうし」
次に触るときは気をつけるわ、と不穏なフォローをされた。こいつ絶対楽しんでやがる。
こんな情けなくて恥ずかしい秘密を粟島から口外させてはならない。二度と触らせてなるものか、と俺は固く心に誓ったのだった。
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