宿屋でヒーラーやってます

マネーコイコイ

第1話 天使のいる宿屋

 青く長い髪に金色の瞳の少女は、働くことが大好きだ。明るく元気な彼女はお客さんたちにとても人気があった。白い制服もあいまって、エンジェルとみんな呼んでいた。「今日も私は元気にお客様の帰りを待っております」


「エンジェル。そろそろ女将さんがご飯にしろって」


「はい!」


 職業は宿屋でヒーラーをしていた。エンジェルの本当の名前を知るものは少なかった。彼女のことを本名で呼ぶのは家族くらいだ。友達もみんなエンジェルの方が可愛いからといって、そう呼んだ。彼女もそのことにだんだんと慣れて気にしなくなった。でも、男と女が下の名前で呼び合ってるところに遭遇したきは、「誰でもいいから時々呼んでほしいな」っと思った。


 そんなある日のことだ。いつものように仕事が終わると、青年から声をかけられて、相談事が舞い込んできた。彼女は普段なら、悩み事を聞いて、曖昧にうなずいてるだけで解決できたのだが、今回はそうはならなかった。


「わたくし、王国の調査隊の隊長をしております。グランツといいます。実はエンジェル様に折り入って治してもらいたいことがありまして」


 金色の髪を短く整えた好青年は、皮の鎧をきて冒険者のようにもみえた。少年は真剣な表情だった。エンジェルにとっては、初めてのことだった。みんなペンを落としたら、寄付するべきだろうかとか、エンジェルの好きな色で絵を描きたいだとか、どうでもいいような糞な内容で、どこか演出じみた感じで楽しく思えなかった。


「それはなんでしょう?」


「森の守護竜の幼体が傷ついたのを偶然みつけたのですが、どのヒーラーも請け負ってくれなくて。どうか引き受けてもらえないでしょうか。お金は弾みますので、お願いします」


 守護竜とは生態系の頂点に位置するもので、他のなわばりから侵入してきた外敵を狩猟する特性があった。他国がこの国に侵略目的で魔獣を放ったときも、守護竜は果敢に一人で戦った。だが、それで母竜がしんでしまった。さいわい、幼竜がいたから、新たな守護竜として奮闘しているとエンジェルは冒険者の話で知っていた。


「運ぶのが難しいの?」


「はい。竜の幼体といえども、十メートル近くありまして、とても運ぶことが難しいのです。今は私の仲間が周辺の警備をしております」


「わかりました。引き受けましょう。ただし……」


「ただし?」


「私はここをでるつもりはありませんので、私の精霊をおつれください」


「精霊ですか? エンジェル様は精霊魔法も使うんですか?」


「多少心得てるだけです。光の精霊は癒しの力がありますから、必要だと思って学んだまでのことです」


「そ、そうでしたか! それは心強い! では、お願いできますでしょうか」


「はい。では召喚します」


 二人は宿の玄関に出た。外には冒険者たちが出発の準備をしたり、行商人が必要な装備を売っていたり、朝だというのに少し賑やかだった。


彼女が精霊を呼び出す歌を唄うと、天の空が黄金色に輝きだした。それはどんどん強くなって、シュクシの宿へと降り立った。


「明けの明星のホシ君です。二人とも仲良くね」


 星型の人間は握手しようと手を差し出しているが、当のグランツはおっかなびっくりだったが、エンジェルに促されるまま握手をした。「なんだか不思議な気分です」


「は、はあ? あ、ありがとうございます」


「まだ外は暗いですが、じきに明るくなると思います。では、お気をつけて」


 二人は馬にのって仲良く水平線の向こうまで駆けて行った。


「やあ、お嬢さん。きいつけた方がいいですぜ」


 大きな赤くて丸い帽子と白のローブをまとった男だった。


「あなたは? 行商人さんですよね」


「アキナですぜ。そんなことよりも、あいつは嘘つきだ。あんたがあのままついていったらどうなってたと思う?」


「ナンパしてお茶ですか?」


「ちげえよ。そんな平和なもんじゃねぇ。もっと恐ろしいことがおこる。奴は、守護竜の花嫁にあんたを差し出してたころだろうさ」


「花嫁? ですか」


「有名な話なんですぜ。このあたりの連中はみんな知らないけどよ」


「はぁ?」


「まあ、ともかくあいつにはもう関わらないことですぜ。もし、困ったことがあったら、このアキナに相談してくだせぇ。いつでも連絡待っております」


 そういって、紙に住所が書かれたものをエンジェルは握らされた。行商人はニコニコと手をふって、太陽の昇った方向にようようと歩いていった。


「一体、なんだったのかしら」


 紙の内容はちゃんと読まずに適当に制服のポケットへしまった。「いつものナンパよね」もう会うこともないだろうとそのときエンジェルは思ったのだった。


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