ロスト・マーベル

浦田 阿多留

プロローグ ある魔法使いとその弟子の会話

「師匠。どうして魔法使いはこんなにも嫌われているんですか?」

 革張りのソファに腰かけた俺は歴史の文献を読みながら、隣で同じく何かの本を読んでいる老齢の魔法使いに尋ねた。


 暖炉の魔導具が煌々と炎を燃え上がらせる部屋の一室。外ではしんしんと真っ白な雪が降り積もり、一面の銀世界を作り上げている。


「かつては……神代とその直後までは、魔法使いは人類の英雄として人々に敬われ、重宝されていました。なのに……俺達が生きる現代では、全くの逆です。魔法使いは卑下され、疎まれている」

「功績よりも恐怖が上回ってしまったからじゃな」

 師匠が自分の読んでいた本をぱたんと閉じて、俺に向き直った。


「ウェント。神代以降──古代から現代にかけて生まれた四人の大罪魔法使いのことは、もう教えたな」

「はい」

「テストじゃ。時系列順に簡単に説明しなさい」

「わかりました。一人目は先住民を滅ぼして北の大陸を乗っ取り、今もなお統治を続ける『ジャスターム・ニット』。二人目は自信が生み出した魔法生物をこの大陸に解き放った『魔物』の父、『グラーティア・デーバイディ』。三人目は大陸中央に巨大な人口迷宮『アヴァロン』を建設して世界を混乱に陥れた『ビート・ザクロッカ』。そして四人目は、約百年前に最上位の悪魔を召喚して、大陸東部の大国を滅ぼした『イデア・ワンスアナダイム』……あってますよね?」

「正解じゃ。えらいぞ」

 褒めながら、師匠が俺の頭を優しくなでてくれる。


「その四人だけでも、多くの人間を犠牲にした。『魔王』に殲滅された先住民は三百万人以上。『魔物』の被害者数は今現在もうまれている。広大な穀倉地帯に建てられた『アヴァロン』は、その後の大飢饉を招いた。東の『白痴の悪魔』によって滅ぼされた国は、五十万人の死者が出た」

 師匠が語る罪の数々は、どれも荒唐無稽で現実感の無いものばかりだ。

 ──それでも、その罪は確かに存在している。過去も、今も。誰も何もしなければ、きっと未来でも。


「大罪魔法使いだけでも十分すぎるほどじゃが、多くの魔法使い達によってその何倍もの人々が涙を流してきた。隣国では十年前、違法魔導具で武装した集団が交易都市を占拠し、十万の死者が出た。魔法大国出身の天才が、水源を毒沼に変えて周辺住人を皆殺しにした……ワシも魔法使いの端くれじゃが、さすがに擁護はできんの」

 師匠はそう言って、深くため息をついた。

 けれど……俺はその意見に納得がいかなくて、膝の上にのせた色あせている本に視線を落とす。


「でも……神代では、魔法使いはみんなから尊敬されていて、愛されていたのに……『至高の魔法使い』だって、いたのに……」

「……ウェント。もしや、『至高の魔法使い』を目指しているのか?」

 意外そうな、問いただすような声音が隣から聞こえた。

 見透かされたことが少し恥ずかしくなって、俺は無言で小さくうなずいた。

「………………そうか」


 師匠の顔を覗くと、少し複雑そうな表情をしながら顎に手を当てていた。

「……やっぱり、俺なんかが『至高』に憧れるのは、おかしいですよね……マナも別に多くないし、基礎の魔法も使えないし……」

「──いや」

 誤魔化そうとする俺の言葉を、師匠は静かに、けれど確かな意思を持って遮る。

「彼の在り方を目標にするのは、間違ってなどいない。その心を失わないように、これからも励みなさい」

「師匠……」

「『至高の魔法使い』が死んでから、同じ称号を持つ事を認められた者は未だいない。それは、強力な魔法使いは一人の例外も無く『魔法』という強大な力に心を呑まれてしまったからじゃ」

 滔々と、師匠は語る。


「じゃからのう……ウェント。魔法使いの最大の試練は、正しい心を持ち続けることだと、ワシは思うのじゃ。人々を救い、街を守り、悪を挫く──そんな、物語の英雄の様な心をな」

「……」

 こくり、と俺は頷く。

「ワシは、お前さんにはそれが出来ると思っておるよ」

 師匠はもう一度、俺の頭を撫でた。白銀のその瞳には、慈愛の笑みが浮かんでいた。

 穏やかで、朗らかで、暖かい日常。


 けれどそんな幸せは、ある日突然奪われた。

 炎が上がる。悪魔の笑い声が聞こえる。涙でゆがんだ世界で、血を流した師匠が微笑む。

「──ウェント、至高を目指すのじゃ。強く、優しい信念を持ったお前なら、きっとたどり着ける」

 そう言って朗らかに笑う師匠の顔を、引き起こした自分の罪を。

 ──俺はいつまでも忘れないだろう。

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