第85話 背伸びしたデートプランで草

「じゃ、私は用済んだし帰るね」


 ひとしきり俺と瑠汰をいじめて満足したのか、与田さんはそう言って立ち上がった。


「本当にありがとな」

「いいの。私は可愛い女の子の味方だから!」

「別に可愛くないぞ? 与田さんの方が……」

「嫌味かな?」

「そ、そんな事ないって!」


 ゾッとする声音で聞き返す与田さんに、瑠汰は手をぶんぶん振って否定する。

 瑠汰が若干涙目になると、いつも通りの悪戯な笑みを浮かべた。


「じゃあね」

「おう。助かった」

「あはは。気にしないで~」

「手鏡、大事に使う!」

「勿論。割ったらそのツインテール片方切り落とすからね?」

「ひっ」


 物騒な事を言いながら、与田さんは家を出た。


 静かになった部屋で、改めて瑠汰を見る。

 彼女もまた俺を見つめていた。


「な、なんだよ。ジロジロ見られると恥ずかしいんだが?」

「お前だって俺の事見てるじゃないか」

「家に居る彼氏の顔見てたら悪いのかよ」

「……お前な」


 急にそんな事言うのは反則だろ。

 いつもは訳の分からない暴言でツンツンしてくるくせに、何でこのタイミングでデレてくるんだよ。

 と、頬を掻いて明後日の方向を見ていると瑠汰が近づいてくる。


「えへへ」

「……なんだよ」

「付き合ってから家に入れるの初めてだなっ」

「確かにそうだ」


 そもそも最後に家に入ったのはいつだったか。

 萌夏と一緒に打ち上げした時以来かもしれない。

 思えばもう十月の中旬である。

 時が過ぎるのは早いものだ。


「って、十月の中旬か」

「そうだぞ? アタシはてっきり中間テスト勉強のお誘いかと思ったから、部屋にあげたのに」

「中間テスト……確か再来週だっけ?」

「そう。アタシこの学校のテスト初めてだからさ、すっごい不安だ」

「そうだな」


 瑠汰が転校してきて約二ヶ月。

 授業についていけていないというイメージはないが、彼女の学力は未知数である。


「時に瑠汰さんや」

「どしたの? キモい聞き方して」

「……はぁ。お前、前の学校でどのくらいの成績だったんだ? 模試とかさ」


 中学の頃から、成績の話をした記憶はない。

 瑠汰はうーんと首を傾げ、数秒考えた後に口を開いた。


「学校のレベルが高くなかったからアレだけど、全国模試の偏差値65とかだったような」

「ま、まぁまぁ高いな」

「そうか?」


 高校の偏差値と違って、大学の偏差値はやや低めだ。

 上と下の差が激しすぎるのもあるが、そもそも模試を受ける奴の最低学力が義務教育の中学時に比べて跳ね上がるため当然である。

 そのため、高二の時点で偏差値65というのは化け物と言って過言ではない。

 少なくとも全国偏差値55付近でもがいている俺にとってはッ。


「数学がいっつも偏差値40くらいだったからな。まぁ国語が満点近いから相殺してるんだけど。逆に言えばアドも全部持っていかれてるんだけどな。……っておい。どうしたんだ?」


 こ、国語が満点近い……だと?

 この、いつも日本語を使いこなせていない頭弱い子が?

 嘘だろ。

 俺、これから何を信じて生きて行けばいいのかわからない。


「え、やっぱり光南生にしては低い……か?」

「んな馬鹿な話があるか馬鹿!」

「な、何いきなり大声出し――って今馬鹿って言ったな!? やっぱりレベル低いのか!」

「だまらっしゃい!」


 ふざけんなよ。

 ゲームばっかりしてて、何言ってるかわからないあほの子な瑠汰が、実は勉強できる系キャラだったなんて。

 めちゃくちゃカッコいいじゃねえか。


「お前は最高の彼女だよ。マジで好きだ」

「き、君さっきからおかしいぞ!?」


 慌てふためく瑠汰は話題を変えようと必死に辺りを見渡す。

 と、彼女の目線がヘアリボンに固定された。


「こ、これつける」

「おう」


 慌てながら髪をまとめる瑠汰。

 与田さんからもらった手鏡のデザインに可愛いなんてボソッと呟きながら、俺のプレゼントを装備する。


「ど、どう?」

「うん。最高に似合ってる。可愛い」

「……ありがと」


 鏡を何度も見て笑顔を漏らす彼女に、俺は先ほど貰ったチケットの存在を思い出した。


「なぁ、テストが終わったらデートしないか?」

「急だな……。でも、どこに行くんだ?」

「遊園地だ」


 俺はそう言って二枚の割引チケットを見せる。


「どうだ?」

「……」

「嫌か?」

「違う」


 瑠汰は困ったような顔で笑った。


「……この前のやつ、本気だったのか」

「え? なんて?」

「背伸びしたデートプランで草って思ってただけ。アタシにはハードル高いよ」

「そうか……」

「でも」


 断られる流れかと思い苦笑を漏らすが、瑠汰は続けた。


「もちろん行きたい。楽しみだな! たまにはこういうのもアリかも」

「あ、あぁ……そうだな」

「これ、絶対つけていくね」

「そうしてもらえると嬉しい」


 お互いに自分たちのクサいやり取りに苦笑いし合う。

 なんだかんだ、席替え前みたいな軽い仲に戻れた気がする。

 与田さんには感謝だな。

 誕プレの一つでも貢いだ方が良いかもしれない。

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