パンツの祭りを考える→パンツの国を視察する(海)
「オズワルド様、背の高いテーブルを所望します」
まず私が新たな仕事部屋を宛がわれて、初めにお願いした備品はそれだった。理由はもちろん、冷静にメモをしながらヒアリングを行う為だ。
今まで対等に座って会話をしたのがオズワルド様だけだったので気づかなかったけれど、
しかもそれだけならともかく、
「あり合わせですが」とすぐに運び込まれた物は、自宅で処分したダイニングテーブルと似た木目をしていて不思議と心を和ませた。ふ、と帰りたい、と発作的に泣かなくなって久しいと気づく。随分、ここに馴染んできたようだ、と私はオズワルド様の髪色に似た木目をそ、と撫でた。これで仕事が捗りそうだ。
十日ほどかけてヒアリングを行って分かったことは、この国の男性達は
「だって
確かにそうだろう。彼らにとってはそれが強さの象徴としての最高の装備。その状態で危険なことに挑戦しようとは思わないのだろう、と深く納得してしまった。現代日本ほど整備された芝の競技場であれば、短パンのユニフォームで駆け回り転んでもかすり傷で済むだろうがこの島ではそうは行かない。街は石畳、郊外は砂と石の荒れ地だらけなのだ。
それにスポーツの概念がない人々にルールの簡単なドッジボールやサッカーを説明してみても、いまいち面白さが分からないようだった。この国にはボールも存在しない。
――正直、私は頭を抱えて始めていた。けれど、お祭りを盛り上げるための企画は何としても提案しなければならない。
夕食の片付けをしていても悶々と考え込んでしまう。皿を洗う手が止まってしまっていた。
「おやおやマイ。後はいいから休んじまいな……三日も泊まりがけなんて大変だね。気をつけていっておいで」
どうやら女将さんに気を遣わせてしまったようだ。私は慌てて顔を上げ「ありがとう女将さん」と笑い返す。そしてありがたく甘えることにして手を拭う。
そう、私は明日から島の視察に出掛けることになっていた。地図では土地の状態が分からず、何処をどんな風に整備するかも想像できない。未だどんな企画にするかの大枠も決まっていないけれど、そろそろ会場を決めなければ間に合わなくなってしまうからだ。
「慣れない移動で疲れそうだけど、私は島のことを全然知らないから。丁度良かったかもしれないわ」
女将さんは目尻を下げて肯いた。
「観光だと思えば気が楽だね。あぁ、西の海は最高の眺めだよ! 仕事とは言え楽しんでおいで」
私はそれに肯いて、宿屋の手伝いが出来なくなることを女将さんに謝った。朝晩の食事の準備はひとりでは大変だ。けれど女将さんはいつになく真面目な表情で手元で拭きかけた鍋を置くと、私の肩を抱いた。
「手伝いなんか気にしなくていいよ! あんたがやりたいんなら好きなだけやっておいで!」と破顔して更にぎゅう、と強く抱いてくれた。
私は彼女から伝わる温かさの中で、そうかやりたいことか、と熱っぽかった心がしっとりと着地した心地になった。やれるだけ、やってみよう。
視察のための荷物を抱えてお邸の門をくぐった私を待ち構えていたのは、赤
「オズワルド様……ブ、いえ下衣の色が……」
「あぁ、これは君と視察に行くなら多少変装した方がいいかと思って」
私は目を剥いた。
「……オズワルド様も一緒に?」
「あぁ、やはり私が詳しく君の意見を聞きながら案内した方が早いだろう、と判断した。会場の整備をするにしても雇うのは国だからな。例年通りの祭りの予算では間に合わないだろう」
「なるほど」と私は肯いた。確かに視察を終えて報告して、と手順を踏むよりも早そうだ。日程は既に厳しい状況だから願ってもないこと、と私はオズワルド様に歩み寄った。そして「ありがとうございます、オズワルド様。よろしくお願い致します」と頭を下げた。赤
けれど油断は禁物だった。
郊外の移動は、マーと呼ばれる毛の長い馬のような動物が引く荷台に乗って行う。オズワルド様の他にお伴は彼の家人さん一人――彼は御者をしてくれているので荷台には彼と私が対面で座ることになった。
「マイ、君は酔うといけないのでこちらに」
と、紳士にも進行方向に向くよう席を指定してくれた。これには不覚にも胸がじわ、と温まるのを感じたけれど、既に危機管理が備わった私は数瞬の躊躇を置き「オズワルド様もこちらに……並んでお掛けになりませんか」と提案した。「ぅぐ……」彼は何かを飲み込んだようだったけれど、「君が言うなら」と応じてくれた。
このとき、私は彼の瞳に浮かんだ熱に気づき僅か罪悪感が過ぎった。そうだ、誘ってしまうような言い方になってしまった、と反省する。思わず「案内していただくのですから、こちらの方が説明しやすいですよね」等と言い訳がましく付け足した。
「あぁそうだな」とこちらに近づく彼の起こしたかすかな熱い風に、私は少しだけ身を縮込ませた。
この島は斜辺が北東―南西を指す丸い直角三角形のような形をしている。島の中心は北側で、私達が住む一番大きな街も北寄りに位置している。視察は街から南西に向かい、女将さんお勧めの西の海で一泊、最南の神聖な森とその近くの集落で一泊。そして東側の荒れ地を北に進んで港を見学して終了という日程になっている。何処に行くにも直線距離なら徒歩でも半日足らず、というのは企画においてもいい立地だ。日本で移動に徒歩で半日、と言ったら無理な話だろうけれど、こちらではそんなもんかと思えるので不思議だ。
街を抜けると突然広がった剥き出しの大地に驚き、椰子に似た木立を見上げ空の鮮やかさに「あ」と声を上げた。ここに来て、空なんて見上げたことがなかった。いや日本でももう何年も空なんて見たことがなかった気がする。
「そうか、マイは初めて街を出たか。自然が剥き出しだろう? 以前話した災害の末、我々民は、最も火山の遠い場所に石畳の街を建設したのだ」
「エーミル様の、ときのですか?」
「そうだ。長い時間を掛けて、我々は石を運び容易には燃えない街を作ろうと苦心した。……この島は木が少ないだろう? 大きな木は育たない土地になってしまった」
でもその代わりに、遮る物が殆どない濃いスカイブルーが澄み渡る。それは何処までも広がっていて体がまるで吸い込まれていくようだった。目が離せない。
「でもとてもきれい、です」
仰いだままの姿勢に荷台が揺れて、オズワルド様が慌てて支えてくれる。「マイ、大丈夫か」覗き込む彼にぼんやりと応えたとき、彼越しに明るい碧の海が見えて再び目を見張った。
私は初めて完全な水平線を、見た。呆然と視線を移すと、ポツポツと浮かぶ黒い島。それを挟む二つのあおを眼前にし、私はやはり別の世界にいるのだ、と思わずにはいられなかった。オズワルド様はしばらく、私の肩を支えてくれていた。
「ここが例年素潜り勝負を行う海岸だ」
途中休憩をとりながら、昼過ぎには停泊する目的地に到着した。細かい白い砂の浜が伸びる、絶好のビーチバレースポット。もし海の家や露天があれば夏祭りの会場としては盛り上がりそうだった。普段は国有地のために庶民の遊び場としては機能していないらしい。観光資源として惜しい、と思ったけれど国の事情があるだろう、と飲み込む。お祭りで開放してくれるなら私の口の出すところではない。
海は穏やかに波を寄せ、砂に反射した日光が強く照りつけて眩しいくらいだった。「君も靴を脱ぐといい」と言われ、サンダルを脱ぐ。砂が指の間をくすぐる感触と足をからかう温かな海水に知らず顔がほころんだ。ぴちゃ、とスカートを持ち上げて波打ち際をゆっくり歩く。後ろからきゅ、と砂の音が聞こえるので、オズワルド様がついて来るようだった。けれど私はそれに夢中で、彼に声を掛けられるまで長いこと裸足で歩いた。見上げればやはり心が抜けてしまうような空が広がっていて、心ゆくまで浜で過ごした。
その間オズワルド様が海で泳ぎたい、と言って見事な遊泳を見せてくれたのは良かったのだけれど、彼が浜に上がったとき、脚に張りつくずぶ濡れの
続く
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