幕間 トップオブパンツの苦悩
正直に言えば、大人しく礼儀正しい振る舞いの彼女に初めて会ったとき私はどこかの諜報員が紛れ込んだのでは、と勘繰った。この国の人々は、丁寧な言葉遣いというものを学ばない。七日間もの間、半ば監禁生活を強いたのはその疑いがあったからだ。この国にどうやって来たのか分からない、などという発言も聞き捨てならない話だった。当然だ、犯罪者に匿われて入国した、と発言したことになるのだ。
家人は観察の結果、害なしと判断し──むしろ嬉々として──対面を膳立てた。仕事の斡旋も目の届く所に置いておく建前だったが、結果として私は彼女に心を寄せてしまった。泣き崩れた彼女が無理をして微笑んだ瞬間、この出会いが
「マイ、進捗はどうだ」
マイが邸に執務室を構えてから、私は昼食後のお茶の時間は彼女の部屋に顔を出すのが習慣になっていた。入室すると、カウチに座った彼女は困ったように目を泳がせる。低い卓に茶器をカチャリ、と置いた。
「はい、今日の
マイは非常に真面目で、回遊魚のように邸を移動し働き続ける。初めの内、会議は私も同席することが多かった。この島では女性が全面に出て会議や街の催しに参加することはほとんどないからだ。しかし、彼女の祭りに対する真摯で丁寧な態度は、関係者に認められ始めている。大人しく慎ましいだけの女性ではなかった、と今更ながら私は苦い思いを抱いている。
「そうか。では私からも例年のことについて話しておこう」
少々やましい気持ちを抱いて近寄ったが……。
まただ、彼女は私が歩み寄ろうとすると必ず目を逸らす。目を伏せてしまう。ぎり、と握った拳に爪を立て、問い詰めたい衝動を抑えこむ。その伏せた瞳を奪うにはどうすればいい。何故私を見ようとしない。
「ではあちらで」
と、会議用の卓に視線を逸らす。激しい焦燥に口の中を噛みしめながら、せめて触れたい、と手を差し伸べた。表面上は微笑み紳士の振りだ。そうするとマイは必ず「ありがとうございます」と立ち上がり、今度こそ私に微笑みを向けてくれる。だがそれはどこか心が遠い笑み。
違和感がありはしても渇望していた顔を向けられた私は、深く重く満たされながら、胸を掻き毟りたくなる程切ない想いを持て余す。
あぁエーミル様何故、彼女と出会わせたのですか……!
礼拝堂のエーミル像を頭に浮かべ、マイが立ち上がって拍手を送ってくれたときの感激を思い出す。幾度となく思い出す光景。いつもつれない視線の彼女が、すぐに立ち上がって俺を見つめたあの瞬間を。彼女に清らかな光が降り注ぎ、頬のささやかな産毛すら神々しく見せた瞬間を。
彼女に添える手を、強く握り込んでしまわぬよう、逆さの手で拳を作った。
幕間 了
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