43 13人目の「私」が語る⑤

 ブリジットは悔しそうに女のことをしばし罵った。

 そしてその後。


「夫も夫ですわ。戦地には女が居ない。その中で敬愛している、お慕いしていた、と言ってきた女が居たなら応じてしまうだろう? といけしゃあしゃあと言ってのけたんですのよ!」

「だったらそれは、悪いのは御夫君でしょう?」


 シャーロットは看護婦となった女達が責められるのが辛いのだろう。

 やや声が上ずっていた。


「ええ、一番悪いのは夫ですわ。でもその夫を狙ってやってきていたというならば、必ずしも夫だけが悪いとは言い切れないのでは? だから私も、少しだけ行きましたの。ただし前線への慰問という形で。そしてそこで小さめの軍服で彼女を呼び出して拳銃で頭を撃ち抜きましたわ! 銃の使い方は夫から聞いていましたもの。敵が多いから、君も覚えておいてくれって言われて。おかげで私の敵の頭を確実に一撃で殺すことができましたのよ。そして服を取り替え、私は看護婦の服になって遺体をどうしますか、と兵に頼んで。またそれで着替えて戻っただけのこと。夫は私がやったことにすぐに気付いたわ。だってそのくらいのこと気付かなくて、どうやって大佐まで上ったのか、ですわ! 彼はそう、私のすることを放っておいたんです。そして、私を排除したんですわ。そう、こう言ったんですわ。お前のしたことは判っている。だったら、お前することは一つしかないだろう? と。……だから」

「……可哀想に」


 パメラが泣いていた。


「そう、私そんなことで自殺しなくてはならなったのですよ! 可哀想でしょう!?」

「そうじゃありません。可哀想なのは貴女に殺された令嬢ですわ。それ以外何があると言うのですか」

「あの女が!」

「だって本当に悪いのは夫だと貴女も言ってらしたじゃないですか」


 そこで私が口を挟んだ。


「そう。そして令嬢は妊娠しているのが判った時に、そのまま身をひいて隠れ住もうと思っていた様です。貴女にも、貴女の夫にも知られないところに。ですが貴女は情報を吟味し損ねた。貴女の敗因はそこでした」

「ああ!」


 うずくまる彼女の側頭部から血が噴き出した。

 そのまま床にべったりとしがみつき、おいおいと泣き出す。


「何のために! 何のために私は……!」

「ねえブリジット様、貴女はきっと間違えたのですわ」


 パメラは優しくうながす。


「私も間違えたのです。私を最も愛していたのは誰だったのか」

「パメラ様」

「手紙の話。あれは私自身の話です。夫は早くに亡くなって以来、私は彼のラブレターを書き写して自分自身に送っていました。でも、私自身が動けなくなってからずっと送ってくれたのは執事でした。だから、私は少し容体が良くなった時に、遺産をハイエナの様な親戚ではなく、私を本当に最後まで尽くしてくれた使用人達と、社会に還元することにしたのです」

「……お偉いことで」

「貴女は強い方だから、そう動けたのですよ。私は弱かった。だから、そんなことしかできなかったのです。私が貴女の様な健康な身体と気丈な精神を持っていたなら、どうしたのだか…… ねえ、もうそのことを心残りにするのは止しませんか?」


 ふん、とブリジットは鼻を鳴らした。


「そうね。どうせずっとここに居続けても、爆撃が来るだけなのでしょう? 空から爆弾が降ってくるという」


 ええ、と私はうなづいた。


「がれきの山に埋もれるのは嫌ですわ。そうね。ご一緒してくださる?」

「ええ。宜しかったら」


 そして二人の姿がやはり闇の中に消えた。

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