11 サングス商会夫人イヴリンが語る②
何でもある日、その知り合いの知り合いの奥様、……というか、未亡人が湖のほとりに打ち上げられている少年……青年? を拾ったんですって。
そう、ちょうどその旦那様が若くして亡くなって、傷心中の時に。
ところがこの少年…… 青年……
もう、面倒だわ、青年にしましょう!
歳が判らなかったんですって。
だってその青年、目が見えず耳が聞こえず口がきけなかったのよ。
ただ着ているものは上等だったから、何処かの令息かしら、と思ったんですって。
でもその様な方の話は聞かないし。
と言うか、……まあ、どんなお家でも、そういう方がお生まれになったら隠されますわね。
これが庶民の方ですと、きっと捨てられてしまうのでしょう。
だから裕福なところの、隠された息子だったのではないか、とその方思ったらしいのよ。
まあ、当初はどうやって意思を通じさせればいいのか判らなかったのだけど、どうやら目ばかりは見えていた時期があったらしいのね。
だから手に文字を書いてあげて、それに答えるという感じで。
子供を昔亡くしている方だから、その青年もちょっと大きいけど、手がかかるから、子供の様に思ったのかしら。
使用人達も、沈んでいた奥様が少しでも慰められるなら、って温かい目で見ていたのね。
で、その頃、奥様のご実家のお兄様がよく訪問される様になっていたのね。
元々お兄様の方は、妹君ととても仲が良かったから、自分の一番の親友と娶せたというくらいなの。
だから親友を亡くしたことでお兄様もずいぶん沈んでいらして。
あと、ご家庭の方でもちょっと色々いざこざがあった様で、その憂さ晴らしもあったのか……
そんな中で、その青年を置く様になったのね。
ところがこの兄上、どうもこの青年のことが気に入らない様だったのよ。
まあ普通はそうでしょうね。
何処の馬の骨とも判らない、しかも色々訳ありそうな青年ですもの。
それこそ健康な青年を置いたなら、いっそ若い燕として、お兄様も納得いったのじゃないのかしら。
だけどこの奥様、どうしてもこの青年が、手がかかるだけに愛おしかったらしくて、どれだけ兄上がどうこう言ってもそこはがんとして譲らなかったのね。
で、やっぱり他の付き合いを絶ってしまっているのがよくない、と兄上の奥方のきょうだいに声を掛けて、相手をする様に頼んだのよ。
奥様はわざわざそんなことを、と思ったけど、せっかく兄上が手はずしてくれたということで、その方々の訪問を受け容れた訳。
あ、ちなみにこの時奥様、さっき言っていた、湖のほとりの別荘で静養していたのよ。
そう、静養は心の方!
街中の騒がしい音や、人々の声、気を紛らわせるための買い物に行っても、家族連れの姿を見ると、旦那様やお子さんのことを考えてしまって悲しくてたまらなくなったのね。
気分が滅入って仕方がなかったってことよ。
だから兄上も、結婚も子供も無用とばかりに暮らしている人々ばかり選んで送りつけたわけ。
兄上の奥様って方は、どこかエキセントリックで、まあそのごきょうだいもやっぱり何かしらあってね。
一人は画家、一人はフルートの演奏がお好き、そしてもう一人はボクシングの選手だったのよ。
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