Kill Chaos 〃

白楼 遵

Case 1 Hunting Boys

「で、出たんです!!!!うちの地域に、混沌生命体カオスナーが!!!」

少し薄暗いが白を基調とした部屋。

その中、応接室と思しき一角に置かれた黒革貼りのソファに腰掛けたマダムが少し金切り気味な声で訴える。

「なるほどわかりました、人的被害の方はどの程度出ました?」

落ち着いてはいるが、少し少年のようなトーンの声が応接室に響く。

少し赤みがかった黒髪を粗めに短く切った青年が、スーツを着つつ応対をしていた。

「今の所は、まだ誰にも危害は出てないです、でも、お家の塀が壊されてたりするそうで......!!!」

「まだ人的被害は出ていないのですか、良かった.......」

そう話すのは、眉目秀麗にして鉄面皮の青年。声は平坦に聞こえるが、その中には優しさが籠っている。

「えーと、それでしたらその混沌生命体の体長、容姿、現状出ている物的被害などありますか?」

黒髪の青年が尋ねる。

「体長、ですか..........?遠目ですけど、大体夫と同じくらいなので、180センチくらいで、見た目は.........ゴリラっぽかったです!近所の家の塀が壊されてました、粉々に」

唐突な質問に戸惑うマダム。それでも律儀に答えていく。

「なるほどなるほど..........」

そういうと青年は書類の束を捲り、一通り目を通す。

そして鉄面皮の青年に束を渡す。

彼もまた束を見て

「.........うん、には載ってない。野良だ」

「なるほどな........オーケー、わかった」

少し考えた後に、黒髪は頷く。

「あ、あの駆除して頂けるのですか!?」

食い気味に女性は問いかける。

黒髪はそれにニヤリと微笑んで

「受けましょう、人的被害が出ていないなら今の内に駆除するべきですからね」

そう答えると女性は声が少し上ずりながら

「あ、ありがとうございます!!料金の方は........」

すると鉄面皮が

「見積りで言いますと........成功報酬8万円ですね」

「........えっ!?」

女性はかなり驚いている。

それも当然だ。

「良いんですよ、私達は安全を格安で提供するのがモットーですから」






混沌生命体カオスナー

20年前、突如として現れた異形の生命体。通常の兵器ではほぼ傷つかないモノ。人間を襲い食らう敵性生命体。後に研究が進み、「人間の感情や衝動等の営み」から産まれたモノと判明。同時に人間の活動エネルギーを具象化した「練気」が発見、混沌由来生命体に対する手段として極めて有効で有ることが証明された。

かくして、混沌生命体を駆除する人間と人間を殺す混沌生命体の戦いは始まった。






「えーと航空地図航空地図.........あ“ーーなるほどなぁ面倒くせぇ地形だこと!!」

少し薄暗い部屋のデスクエリアにて、ノートパソコンを見つめ頭をかく黒髪の青年。

「引き受けたんだから頑張ろうよ、ホムラ

静かに、鉄面皮の青年に諭される。

黒髪の青年の名は、黒鉄くろがね ほむら。鉄面皮の青年は名を北見きたみ 凍也とうや

この二人が、この混沌生命体駆除組織、黒鉄北見対混沌相談事務所の経営者にして実地駆除要員なのだ。

尚、二人とも齢18。まだ未来があるのにこの命を賭けた職に就いている。

「とりあえず対策会議は後にして、まずは区役所とかにお伺いを立てないとね」

さっきまでの鉄面皮は剥がれて、凍也は少し表情が出ている。人前だと上手く笑えないのだ。

凍也は自分のノートパソコンを焔に向けて、微かに笑う。

そこには、依頼された地域の区役所、近隣の小学校、中学校等のホームページ。

そう、駆除するには近隣地域にも被害が出かねない。

その為、区役所には住民への司令塔のように外出自粛の呼び掛け、また小中学校には運動場などの広い部分を借り、駆除に当たらねばならないのだ。また、児童達への連絡もしなければならない為、様々な所へ電話をかける必要があるのだ。

それを、口下手な凍也が担当する訳にもいかず。

「..........奴が潜伏しそうなとこ、リストアップしとけ。あと作戦の草案たのむ」

渋い顔をして焔が言うと、そのまま備え付けの固定電話のダイヤルを押して。

「........もしもし?中山区役所地域課でよろしいでしょうか?私、黒鉄北見対混沌相談事務所の黒鉄と申します.........」

電話が繋がるや否や、腰の低い態度で話し始める焔。

それもそうだ、いくら駆除と言えど、できることは駆除のみ。住民への呼び掛け等は向こう任せになってしまうのだ。

平身低頭のスタイルで、電話は進む。



約30分後。

「二時間後の1時から区役所でミーティングだそうだ、準備しとけ。小中学校は快く承諾してくれたよ、地域と児童の安全をお願いします、だそうだ。あ、あと区役所の方が作戦決まり次第国交省に連絡入れてくれるってよ」

受話器を戻した焔は、事の顛末を話す。

「わかった、1時からだね」

「ああ.....それで、草案は出来たか?」

頭を掻きながら、焔は問う。

「もちろんだよ、区役所で喋るより先に説明しようか」

そういうと、二人はノートパソコンを見始めた。





中山区。

この周辺だとそれなりに大きめの区である。開発は進んでいるが、緑もしっかりある、ファミリーには人気の地域だ。

二人は隣区から自転車を漕いで中心部にある区役所にやって来ていた。二人とも、まだ免許は無い。そんな物を取っている暇も無い。


区役所二階、地域課。

そこには、区長、副区長、小中学校校長がいた。

「お待ちしておりました、区長の山下です。こちらは副区長の谷になります」

二人はそういうと、深く頭を下げる。

「ご丁寧にありがとうございます。私達は、黒鉄北見対混沌相談事務所より来ました、黒鉄と」

「北見でございます。本日はどうぞよろしくお願い致します。」

同じく深々と頭を下げる二人。かくして、会議は始まった。





会議室にて。

「では早速ですが、今回の駆除における作戦を説明させていただきます」

そういうと凍也はノートパソコンの画面をプロジェクターで映し出す。

「これがこの周辺の地図です。最終確認情報があった地点がここになります」

レーザーポインターで小学校周辺の住宅街を指す。

「現状、人的被害は出ていません。なので恐らく、薄暗くなった頃、この周辺に出没すると考えられます。その為、この周辺で交通規制及び外出自粛を」

そこまで言った時、待ったの声が上がる。

副区長だ。

「待ちたまえ!」

「......はい、何でしょう」

少し怯えながら、凍也が答える。

「何故、その周辺に出ると分かるんだね!?大体、君達みたいな若造に一体何が出来ると........区長、今からでも遅くありません!政府に依頼し直しましょう!」

「う、うぅむしかしだね」

大声で捲し立てる副区長に、少し気圧される区長。そこへ

「では、よろしいでしょうか?」

焔が声を上げた。

「まずこの周辺に出没すると考えた理由ですが、これまでの統計からです。人的被害が出ていない地域では、一人以上の人的被害が出るまで奴らは居残る、という事が最新の統計で出ています」

そういうと焔は一度プロジェクターの画面を切り替え、そのデータを示す。

「ついで、何が出来るかですが、こちらが駆除実績になります」

さらに画面を切り替える。そこに出ていたのは、大量の公文書データ。

「なっ.......」

「嘘だと思うならお問い合わせください、全て向こうにもデータがございますので........そして、最後についてですが。私達が依頼を受けたのは、地域のかたであり、貴方方ではありません。それを政府に依頼するならばダブルブッキングとなり、手間が増えてしまいます。当然、その間に人的被害が出てしまえば取り返しも付きません」

ぐっと言葉に詰まる副区長。ならば、と声を出そうとすると

「ならば自粛要請は出さない、とでも仰りたいのですね?それを決めるのは区長であり、貴方ではない..........そして仮に出したとして、それで被害が出たら責任は取れますか?私達は依頼を受けて駆除するのみ、そこに人的被害を出したという責任は発生しませんよ?」

淡々と、理詰めを行う焔。

副区長は怒りで顔を真っ赤に染め、今にも怒鳴ろうと口を開けた瞬間

「いい加減にしないか谷くん!!!!!!!!!!」

区長が、鋭い一喝を下した。

「私達がぬくぬくと安全地帯で待っている中、彼らは命を張って駆除をしているんだ!!!!!!!文句ではなく、謝意を述べるべきではないのかね!!!!!!」

その一言で、完全に黙り込んだ副区長。

代わって、区長が頭を下げる。

「すまなかった、不快な思いをさせてしまい」

「いえ、お気になさらず.......僕達、こういうのには慣れてるんで」

焔は気にも留めず答える。

焔の言葉に同調するように、凍也も首を縦に振る。

「この仕事を始めてすぐの頃、言われ続けましたから。お前らみたいな若造に何が出来るんだって」

少し懐かしむような表情を浮かべた後、焔は続ける。

「ですが、僕達にはもう実績がある。任せてください、絶対に駆除します!!!!凍也、続きを」

そう誇らしげに言い切ると、凍也に続きを促す。

心得た、とばかりに凍也は作戦プレゼンに戻る。

「それでは改めまして、作戦概要をお伝えします」





市立中山小学校、3年2組。

普段は元気にはしゃぐ声が聞こえるこのクラスだが、今日は全く声が聞こえなかった。

「今日の午後五時から、とても危険な生物の駆除を行うとの事です。皆さん、今夜は絶対に外に出てはいけませんよ」

先生が、とても真剣な声で言っている。

生徒達は、それを真面目に聞いていた。



午後三時。

区内に住む全住民に駆除をする旨のメールが一斉送信された。

窓、屋外のものの破損時、また万一ショッキングば物が出来てしまった際の防護及び目隠しとしてカーテンを引く事、屋外へ決して出ない事、被害が出た際は役場へ連絡する事などが纏めてある。

住民達は、これを見て急いで買い物や連絡に向かった。




午後四時。

出勤していた区民達が急いで帰ってくる。

日本では19年前に「混沌生命体特別法」が制定され、駆除が行われる区域の住民は、駆除が始まる時間までに帰宅が義務付けられた。

道路などの通行止めで区域に入れず、自分の足で帰る途中の住民が混沌生命体に殺されたという事案から取り急ぎ制定された物である。

メールが送信されてから、学校に行っていた者も仕事に出ていた者も皆帰宅準備を始め、電車は満員、道路は渋滞。

しかし、どんどんそれも解消され、三十分も経てば、路上の人影はまばらとなっていた。





そして、午後五時。


夕日は半分以上を地平線に隠し、夜の色が空を支配し始めた頃。

人影はもはや路上には無く、街頭の明かりが悲しげに暗くなった路上を照らしている。

そんな路上に人影が一つ。

「あー、あー、こちら焔。凍也、聞こえるか?」

動きやすいインナー、防弾と防塵を兼ね備えたウェア、ポケットが多めに付いたベストなど、軍人とスポーツマンの服装を混ぜたような服装に見を包み、身体を伸ばしている。

焔だ。

マイク付ワイヤレスインカムを付けて、凍也と連絡を取る。

『聞こえるよ焔、奴はいる?』

無事、通信は繋がっている。

凍也からは、ターゲットを発見したか問われる。

「いや、まだ見つかってねぇな.........おそらくこの当たりに居るとは思うが。まぁいい、しばらく哨戒しとく。お前の方も見つければ連絡してくれ」

『了解』

焔は、気配を殺して哨戒を開始する。




(..............いないな)

凍也は、小学校の屋上から町を見渡す。

双眼鏡で見回してはいるが建築物が遮蔽になって見れない範囲が大きい。

(地上から焔、上から俺が見る、っていつもの作戦だけど......やっぱり住宅街の索敵は難しいな........)

そういうと、電信柱を蹴ったり家の屋根を伝ったりして別ポイントに動く。

(次はそうだな.......中学校の屋上でいいか)

凍也は、屋根の上を走る。





哨戒開始から約1時間。

区域内を一周し、結局住宅街に戻ってきた焔。

しかし、その目は、完全に見つけてしまっていた。

自身に背を向け、周囲に目を向けながら徘徊する生命体の姿を。

街頭に照らされてその姿はよく見える。

姿はまさしくゴリラそのもの。しかし大きさは事前情報の180センチより大きい。目測約210センチはあろうかという巨体。

青に近い黒色の体色、薄く靄のかかった肉体に、目がらんらんと光り輝く。

(........しっかしまぁ毎度の事ながら慣れねえなぁ、)

混沌生命体は、人間の営みから生まれたモノ。

好感情も悪感情も入り乱れたプラマイゼロで、一切気配は感じられない。

見えていても、気配がわからないが故に、民間人の被害が多発する。


焔は、近くにあった手のひらサイズの石を手に持って

「そいじゃ、やりますかー.........っと!!」

少し角度を付けて投げた。

放物線を描いて石は混沌生命体の後頭部に命中。

振り返った混沌生命体は焔を視認すると吼えだした。

空間が震えだす。

周囲の木々は揺れだし、ブロック塀には亀裂が入る。

そんな状況ですら、焔は顔色一つ変えない。

「こちら焔、ターゲットと遭遇。中学校への誘導を開始する」

『了解、中学校で待つ』

軽く凍也に連絡を入れる。

「さてと........来いよ、クソゴリラ。遊んでやるぜ?」

人差し指を立てて挑発のポーズを取る。

混沌生命体はそれに何を感じたか、焔に詰め寄る。

(.......ッ!クソッ、動きが速ぇ!)

一瞬で詰められた距離が想定以上で焔の反応が遅れる。

急いでバックステップで退避した途端、焔がさっきまで居た地点に放射線状に皸が入り、アスファルトが砕ける。

混沌生命体が両手を地面に叩きつけていた。

「ハッハ、おいマジか!素早さにパワー、どれ取っても一級品!これで人的被害出てねえの奇跡だろ!」

妙にハイテンションで焔はバックステップを繰り返す。

(これ変に背を向ければ死にかねねぇ!おまけに道路の破壊がとまんねぇ........中学校まであと大体100メートルってとこか)

バックステップに次ぐバックステップ。時にバク宙を織り混ぜながら後退していく。

混沌生命体の苛立ちはどんどん溜まる。

何せ、攻撃が当たらないのだ。

渾身の力、最高速度を以てしてもひらりひらりとかわされる。

表情は伺えないが、恐らくとんでもない苛立ちを抱えている事だろう。

十字路でガードレールを巧みに蹴って狙いを定めさせず、路地はその道の細さと混沌生命体の攻撃の粗雑さを利用して攻撃を完封。

完全に自分のペースで事を運び、中学校の通用門に焔は到達。

直通でグラウンドに通じる門を混沌生命体が通った瞬間、凍也はすぐに門を閉めた。

「待たせたな、凍也」

「大丈夫。よく被害をあんまり出さずにここまでこれたね」

中学校から聞いてる限り、轟音は一回だけだったよ、と凍也は続ける。

「.........あれ相手にするの、?

「35秒だ。頼むぜ、凍也」

短く答えると、二人は臨戦態勢を取る。

薄闇の中、二人の目が淡く輝く。

練気使用態勢だ。

人類は練気を使う際、目が淡く輝く。

「凍れ」

凍也が短く言葉を発すると、焔の周囲に氷の壁が聳え立つ。

凍也の練気能力“練気凍結れんきとうけつ”だ。

空気中、池などの周囲の水分と自身の練気を混ぜて、凍結させる。

大きさも薄さも自由自在。

「おいでよゴリラ君、俺が相手だよ」





「.......練気、抽出開始」

目を閉じて、手を付き出す。

インゴット大の練気が、焔の手の中に現れる。

氷の壁の中、焔は作業を開始する。

「鍛造、開始」

思念の中で、インゴットを何度も叩く。

叩く。

叩く。

叩く。

自分の中に戻し、熱する。

叩く。

叩く。

叩く。

炉に戻し、熱する。

叩く。

叩く。

叩く。

刀を作る様に、練気を練り上げる。

思念の中では数十分、数時間に及ぶ作業。

しかし現実時間ではたった30秒にも満たない作業。

「.......あと、少し」





「放てっ」

飛び退る凍也の号令で、拳大の氷の礫が混沌生命体目掛けて放たれる。

その数8個。

普通の人間なら流血沙汰に成りうる攻撃。

吸い込まれる様に礫は飛び、混沌生命体に当たる。

しかし、傷は一切付いていない。

これまでの苛立ちが、そこで爆発したらしい。

混沌生命体は凍也に向けて走りだす。

弾丸のような速度で走ってくる混沌生命体に気圧されるも、凍也は怯まない

(かかった)

一歩も下がらず、対峙するその姿。

それこそが布石であるとばかりに凍也は言葉を放つ。

「堕ちろ」

瞬間、空中から大氷塊が落下してくる。

殴りかからんと握られていた拳は凍也に届かず、混沌生命体の身体は、大質量に押し潰される。

衝撃で氷塊の表面が砕け、舞い散る。

「.......まぁ、当然か」

予想通り、とばかりに数歩下がる凍也。

瞬間、氷塊が砕け、その下から混沌生命体が雄叫びを上げながら起き上がる。

(まぁ、想定内)

静かに睨めつけ、次の動向を伺う凍也。

しかし、その直後。


轟音を立てて、氷壁が崩れ落ちる。

否、

その断面は滑らか。

滑るように落ちた氷壁が地面に当たって砕けた音だ。

「待たせたな、凍也!!!」

「大丈夫だよ、焔」

そこに立っていたのは、焔。

手に握られているのは、鉄色の、鍔も柄も無い太刀。

焔の練気能力“創刃そうじん”によって生み出された物だ。

「凍也、いけるな?........10分で片を付ける」

「分かった。速攻で行こう」

そう言うが速いか、焔は走り出す。

練気による身体強化で、アスリート顔負けの速度を叩き出しながら、一気に距離を詰める。

「せ、らぁッ!!!!!」

勢いそのままに横薙ぎ一閃、続けざまに踏み込んで斬りつけ、最後に膝蹴りを一発叩き込む。

微かに浮く混沌生命体の身体。

その隙に氷の槍が地面から生え、混沌生命体を吹っ飛ばす。

「鋭さが足りなかった」

「いやしょうがねぇなありゃ。斬った感じ手応えがとんでもなく硬い」

身体が硬過ぎる、と焔は語る。

「俺の刃は通るが、流石に凍也は相性が悪い。刺突より打撃系とかでいいと思うぞ」

そういうと、もう一度駆ける焔。

(刃が通るなら、幾らでも手立てはある.......実行できるかは別としてッ!!!!!)

上から弱点の頭部目掛けて太刀を振り下ろす。

が、しかし混沌生命体の太い左腕に阻まれる。

反撃とばかりに右腕を横薙ぎに振り回される。

「クソっ」

刃で攻撃を逸しながら後退する焔。

(成程な、パワーとスピードでゴリ押す感じか........当たれば吹っ飛んで南無三ってとこだな)

後退しながら分析する焔。一度の被弾も許されないと悟りつつ、この後を考える。

(戦闘経験が少ない筈だ、動きが粗い........これなら二人ですぐ片が付く)

相手の弱点を分析し、作を立てる。

「凍也、近づいて吹っ飛ばすぞ」

「分かった、じゃあ切り込むよ」

そう言って二人で混沌生命体に向かって走る。

凍也は手に練気を溜め、焔はその後ろから斬り込もうと刀を構え、凍也が初撃を撃ち込もうとした途端──

「──ッ!!!!凍也ッ!!!!!!!!!!仰け反れッ!!!!!!!」

飛ぶ怒号。

「ふッ──」

「ら、ァッ!!!!!!」

混沌生命体のダブルラリアット。当たれば間違いなく首が吹っ飛ぶような一撃。

凍也は仰け反る瞬間、これまで上半身があった位置に氷塊を置いて腕を減速させる。

そして焔は持っていた刀を上へ投げ、手に瞬間でナイフを生成、弾き飛ばして防御する。

(.....チッ、やっぱダメか!!!!)

焔の創刃で生み出す刀剣は、頑丈さと時間が比例している。時間を掛ければ掛けるほど頑丈になる。

当然、瞬間的に作ったナイフは今の一撃で破壊される。

しかし弾いた事でバランスが崩れたか、混沌生命体はバランスを崩してよろける。

「そこだっ」

凍也の掌底が混沌生命体の脇腹にクリーンヒットする。直後に膝蹴りを叩き込み、更にバランスを崩す。

「凍れっ」

凍也の号令で、混沌生命体に付着した練気が凍結を開始する。

突然の異常事態に、混沌生命体は焦りを見せる。

「出ろ.......ッ!!!!!!」

そして凍也が合図と共に横から腕を振る。

瞬間、船の舳先のような氷塊が混沌生命体を吹き飛ばす。


唸りながら吹き飛ぶ混沌生命体。

受け身も取れないまま不時着する。

「──ぅ、おらぁッッ!!!!!!!」

刀から大剣に持ち替えた焔が、飛び込みながら斬り込む。

焔の前体重をかけた一撃は、混沌生命体にめり込む。

ミシミシと混沌生命体の骨が軋む。

地面が微かにひび割れる。

押し切れる、そう思った焔と凍也。



しかし、現実は甘くない。

パキッ、と音がして大剣が砕けた。

「──ッ!!!!!」

すぐさま地面を蹴り、十数メートル後に突き立てた刀の元へと飛び退る焔。


轟音。

砂煙がもうもうと立ち込め、その中に赤い目が爛々と輝く。

咆哮と共に砂煙は晴れ、中には怒りに満ちた声を上げる混沌生命体の姿があった。

「チッ、結局こうなんのか.......」

「逆にこうならなかった経験が無いだろう?」

悪態をつく焔に、相槌を打つように事実を突きつける凍也。

そこには焦燥も絶望も感じさせない二人がいる。

「はいはい、んじゃぁま........いつもどおりすっかね」

「そうなるね、まぁ大丈夫。焔、頑張って」

頭を掻きつつ面倒くさそうに気合を入れる焔。


「来いよエテ公........いやゴリ公。俺が相手してやるよ」

手をくいくいと動かし挑発のポーズ。

混沌生命体は怒りに任せた右フックを打つ。

見切っている、と言わんばかりに焔は転身して回避し、刹那に刀で傷をつける。

混沌生命体は、遂に堪忍袋の緒が切れた。

右に左に上からも、息吐く暇なく襲い来る拳の嵐。

怒りが頂点に達した混沌生命体が繰り出す拳。

その全てを軽業師の様に避け、おまけに刀傷を逆に付けて返すという芸当を以て応える焔。

踊るような攻防に、混沌は翻弄される。


焔は、ニヤリと笑う。

「──不憫だな、俺らより人間的な思考を持つってのは」

そう言って、ピタリと動きを止める。


好機。

これまでの怒り含めて、ここでコイツを叩き潰す。

怒りに任せた一撃。

脳天をかち割らんとする拳。

微動だにしない焔。


拳が、あと数センチで触れる。

その瞬間。

「凍也ッッ!!!!!!」

怒号。

焔の号令に、凍也が動く。

「──凍て付けッ」

その一言で、世界は凍る。


凍也を中心とした半径50メートル以内、地面は凍て付き、雪は降り。

その冷たさは否応無く混沌生命体にも降り注がれていた。

完全に凍結しきったその身体は、一切動かぬ氷像と化した。

「怒りに任せりゃ、周りは見えねえよ」

そう呟き、混沌生命体の背後に焔は立つ。

切腹する武士の介錯の様に、刀を構える。

「──自壊せよ」

一言の命令。

焔の刀は、赤熱を開始する。

刀の姿を犠牲にし、最高威力の一撃を叩き込む為の命令コマンド、自壊。

確実に混沌生命体を殺しきる為の、焔のわざ


「眠れ」


一閃。

紅い輝きが、混沌生命体の首を断つ。

混沌生命体は靄となって消え、刀も砕けて散る。

地面を覆う氷は溶け、不気味な影も消える。


「戦闘終了。周囲の確認回るぞ」

一拍置いて、肩の力を抜きながら、焔は声を出した。





「──以上が今回の総被害ですね、どれも物的損害ばっかりなんで防衛省に申請すれば保険がおります」

一通りの被害を確認し、区長に伝える焔。

「本当にありがとう。君たちのお陰で、ほぼ被害を出さずに駆除が出来た、本当にありがとう」

深々と頭を下げる区長に、焔と凍也は慌てるばかり。

「あ、いや、その」

凍也が焦って言葉を紡ごうとすると、副区長が一歩踏み出す。

そして

「申し訳無かった!!!!!!」

と勢い良く頭を下げた。

呆気にとられる二人に、副区長は喋る。

「正直、君達若造に何ができると下に見ていた!!!だが、今日の仕事を見て、私の至らなさを恥ずかしく思った!!!この通りだ!!」

まるで運動部の部員のように大きな声で謝る副区長に、凍也は答える。

「顔を、上げてください」

その言葉に、はっと顔を上げる副区長。

「僕達に何ができる、って思うのは、きっと普通です。こんな若造に命なんて預けれないですよね.......でも、こうして向き合ってくださって、ありがとうございます」

辿々しくも、言葉を紡いで。

謝意を述べるその姿は、正しく大人であった。




「──ふぃー!!!終わった終わったぁ!!!!」

「うん、お疲れ様だよ、焔」

区役所からの帰り道、自転車に乗った二人は喋りながら道路を進む。

「ま、いつものことながら明日は始末書かぁ.......面倒くせえ」

「いつもの事でしょ、ほら頑張ろ。今日はどっかでごはんでも食べてさ」


これは、人の営みを壊しかねない『人の営み』を駆除する、少年少女の物語。

今はまだ序章にすぎない、彼らの物語。

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