辺境の人形師

ZOMBIE DEATH

OP前編


 豊かに実った麦畑……本来この季節には小麦色に輝くその場所は戦場となっていた。



 麦畑を無惨に焼き払い、踏みしだきながら進行するオークとゴブリン達。



 それを何とか食い止めようと、悪戦苦闘する人間の騎士団や冒険者達……



 麦畑が広がる最前線の遥か後方にある陣幕の中からは、貴族数名の怒声が聞こえている。



 その陣幕には、報告の兵が絶え間無く出入りを繰り返している。



 今も一人陣幕へ入ったので、当分は終わる事がなさそうだ……



「報告します!右翼百人隊……敗走……。百人隊隊長のザッハ生死不明です!」



「ぬぅ……百人隊も壊滅だと?……ラステル!王都からの援軍は……まだ来ないのか!!」



「き……緊急報告です!!中央布陣の金級冒険者ジム・ルートが、獅子山を縄張りにしているオーク族の族長、斧腕のブラゴとの一騎討ちにて負傷。後退しました!」



「な!?あのジム迄もか!?……」



「ば!馬鹿な!!……王都でも名高い金級冒険者だぞ?」



「ラステル!!援軍はどうした!!……何故いまだに来ない!?……国王陛下は……まさか……我々をお見捨てに!?」



「ラステル侯爵、もう一度近隣領土の貴族へ援軍を要請したらどうだ!?……」



「そうだぞ!ラステル……もはや敵は王都の喉元まで迫っておるのだ。奴等も文句など言ってられん筈だ!」



「ラステル!彼の言う通りだ……悪辣貴族の手を借りたくないお前の気持ちは分かる。だが領地の安全など、最早守れる訳など無い!あのオーク族とゴブリン族の同時スタンピードは止められん!!」



 ラステルと呼ばれた貴族の元に、多くの貴族が集まる……何故ならば、彼等が治める領地を敵に抜かれれば、もう王都に攻め込まれてしまう。


 彼等には、敵を止める為の捨て駒になる以外もう先が無いのだ。


 しかしラステルは重い口を開く……



「奴等に頼るのは無駄だ!!もう既に荷物を纏めて隣国に逃げたと兵士から報告が来た!………それも……領民を見捨ててだ」



「な!?何だと!?それでも奴等は王国貴族か!?」



『ガサ………』



「…………誰だ!?………」



 突然発せられたその報告に驚きが隠せない貴族達だったが、貴族の一人が天幕の外に気配を感じすぐに問いただす。



「伝令です!入室許可を願います……」



「今度は何だ!?さっさと入れ!」



「ほ……報告します!」



「えーい!今度は何だ!?……昨夜に続きトロルに動きがあったか?それとも柳渓谷のオークシャーマンか?……発見報告など最早無駄だ!冒険者ギルドに対応させろ!」



「い……いえ……大魔導師……白金のゼマティス様からの使者が………」



「「「「「な!?何だと!」」」」」



「白金のゼマティス!!……え?聞き間違いか?……使者と言ったのか!?今使者と!!……」



「使者だと!?……本人では無く使者が来たのか?……彼へ何と書いた?ラステル……」



「ラステル!!あの大魔導師が来れば……今は劣勢である我々だが、戦況をひっくり返すどころか勝ちも見えたのに……」



「お……お前たち……ラステルを責めるのは間違いだ!仕方ないだろう!?王国はあの大魔導師様と敵対した……既にお前達は理由も知っているだろう?」



「く………これで我等が王国も終わりか……西の国と同じだ!!ゴブリンとオークの軍勢に滅ぼされた……あの国とな!!」



『ガシャーーン!!』



「レグルス!!周りへの八つ当たりはやめろ!それに……今は使者の話を聞く方が先だ!」



「……使者を通せ!!」



「は……初めまして!私は……コバトと言います……。お爺ちゃん……あ!ゼマティス爺の指示できました。これが手紙です……えっと……手紙はラステルさんに渡せと……」



「わ……私がラステル侯爵だ!……気を楽にしてくれ……」



「ラステル!悠長な事を言っているな!衛兵!今すぐ手紙を此処へ!」



「おい!レグルス!客人に向けて失礼だぞ!!……本来なら我々などに使者を送って貰える筈も無いのだ!」



 ラステルはそう言いつつ、レグルスから手紙を毟り取ると……『今から内容を読む!!』と言い放つ。



『手紙は読んだ!じゃが今は儂は忙しくて行けん!ゴブリンとオークの危機は既に伝えた筈じゃ!悪辣貴族でも盾にせんかい馬鹿共め!……とは言っても儂の棲家を追われるのは癪に触る!じゃから……止むなく使いを出す事にした!あとはコバトに聞け!以上じゃ!』



「…………な……何だと?コバトに聞け?何が出来るんだ!!この娘に!完全に村娘じゃ無いか!!」



「おい!ラッテル伯爵!言葉に気をつけろ!……この危険な場所まで、この娘は足を運んでくれたのだ!」



 ラッテルと言う貴族は、コバトを睨み付け憤慨する……


 敵がすぐ側まで迫り、自分の命がかかっているのだから、焦りと苛立ちで平常心を失っていたのだ。



「あ……あのぉ……お爺ちゃん……あ!ゼマティス爺の話では、ゴブリンとオークを退治するって話ですけど?合ってますか?」



「はっ!お前が退治できるとでも?あの大群を見ろ!!此処は高台だ。全方位の見渡しが効く、よく見るんだな!」



 そう言ってラッテルは、垂れ幕を開けて外を見せると、太々しく近くの椅子を蹴り飛ばし八つ当たりをする。



「ああ……知ってます。今あそこを通って来たので……『がおー』とか『ふごぉぉぉ』とか言ってました」



「は!?……『通って来たので?』……あそこをか?……」



「ハハハハ……ラステル!この娘の言う事を真に受けるな!成程……コバトと言ったな?お前はハーフリングの突然変異か?『通れても倒せない』のでは意味が無いだろう!!」



「ラッテル!弟と言えども、いい加減見過ごせぬ!先程から失言が過ぎるぞ!」



「そうだラッテル!大魔導師とも有れば、数多くのマジックアイテムも持っていよう?それを我々に託して『打開策にせよ』と言う意味かもしれんだろう?」



 周りの貴族に叱られたラッテルは怒りを露わにするかと思いきや、大きく深呼吸をした。


 そして平民の格好をしているコバトを見て、面倒臭そうな顔をする。



「そ……そうなのか?おい村娘!!大魔導師様に何を言われて此処に来た?何を預かって来た?さっさと出すんだ!」



「ラッテル!お前はもう下がれ!此処の交渉は総大将の私がする!!」



 ラッテルは『チィ』と小さく舌打ちをして引き下がるが、コバトに対しての横柄な態度を直そうとはしない。



 しかし周りの貴族も、期待の眼差しでコバトを見て彼女の言葉を待っている……



「え?……マジックアイテム?……コバトは普通に退治しろとしか……」



 しかしコバトからは、彼等が期待した言葉は出なかった。


 当然ラッテルは再度コバトに暴言を吐く……



「……だから言っただろう?あのペテン師は魔導師でも何でも無いんだって!!……おいコバト。どうやって抜けて来た?オークにでも化けたのか?それなら通れるだろうな!!あ?言って見ろ!」



「え?その通りです……化けたと言うか幻術です。でも……ゴブリンとオーク達はお風呂入ってないので……凄く臭かったです!コバト鼻がいいので、あの匂いは苦手です!」



「げ?幻術?幻術と言うと……ゼマティス老師の得意技では無いか!!」



「ラステル!私は前にゼマティス老師から、敵に使って同士討ちをさせたと言う話を聞いたことがあるぞ!それをすれば……数を減らせるのでは無いか?」



「「「素晴らしい案だ!」」」



 コバトの言葉に一同は驚きが隠せない……


 しかし返したコバトの言葉は想定外な事だった。



「えっと……私が得意なのは……幻影系では無く操作術です。一言で言うと『ゴーレム』ですかね?ちょっと感じがゴーレムと異なるんですけど……」



「ゴーレム!?あの石像を動かす『アレ』か?」



「まぁ有名なのはソレですね……。ですけど、もっと特殊と言うか……見てもらった方が早いです……かね?そろそろ終わるだろうし……えっと……あの辺りを………」



 コバトが指差す方向を、天幕の開いた隙間から一同が見る。


 すると……『奇妙な縫いぐるみ』が、奇声を発して自分達へ向けて飛んで来ていた。



「ぎゃははは!どけどけどけぇぇい!!ぎゃはは!」



「な!?何してるのよ!?グレッチェン!!あなたどうやって飛んでるの!?」



「お?コバト!タイミングバッチリだな。俺を受け取ってくれーー!じゃねぇと………ぶつかっちまう〜〜ぎゃはははははは!」



「み……!!……皆さん!今すぐ避けてください!」



 コバトの慌てた声に一同は、一心不乱に回避行動を取る……



 すると彼等の居た場所を『ぎゃはっは!ちわーす!』と笑いながらナニカがすり抜けて天幕の中へ飛び込んだ。



 そして……天幕奥の装備棚にぶつかり、『ドンガラガッシャーン!』と騒音をたてて周辺を盛大に破壊する。



「ひぃぃぃぃ!グレッチェン……何してんのよ!って言うか何処から来た……ってアレ?……持って来た『箱』間違えちゃった?……テヘ!」


 コバトは可愛らしくベロを出すが、誤魔化せてはいない様だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る