第2話 公園

目が覚めると、博士は緑の芝生の上に横たわっていた。視線の先では、たくさんのタンポポの花が風に揺れている。ゆっくりと体を起こして辺りを見渡すと、ジャングルジムや滑り台などの遊具と、そこで遊ぶ何人かの子供たちの姿が見える。


「うまくいったわ! ここは私の家の近くにある公園ね!」


自分の発明品が上手く機能した満足感と、これで全てを元通りにできるんだという嬉しさで、涙が溢れてくる。


「けれど少し人が多いわ。未来から飛んできたところを見られたかしら?」


博士が辺りを見回していると、そのとき、博士の後ろで何かが動く気配がした。振り向くと、小さな男の子が立っている。その少年は、博士の顔を見ると驚いて走り去っていった。


「・・怖がらせてゴメンね」


小さな声で博士がつぶやく。


――『うっかりしてたわ。人との接触は極力さけないと』

未来への影響は最小限にしなくてはならない。博士は自分の未来を変えたいだけで、他人の未来を変えてしまうようなことは望んでいないからだ。そこで博士は透明になれる特殊なシートをもってきた。これで体を包めば、誰も博士の存在に気がつかない。博士はこの特殊シートを頭からすっぽりかぶって透明になった。


「次は日時を確認する必要があるわ。この日が事故のあった日か確かめないと。家の近くの商店街に書店があったから、そこがいいわね」


博士のタイムマシンは試作品で、一つ問題があった。それは、移動した日時には最長でも八時間程度しかいられないことだ。それ以上時間が経つと、自動的に未来に戻ってしまう。公園にある時計台の針は午前十一時を指している。博士が事故にあった時間にはまだかなり余裕がある。


タイムマシンで戻る場所をここに指定したのは、この公園が大切な思い出の場所だからだ。博士が公園の入口に向かっていくと、辺りにはキレイな花畑が広がっていた。


「そう、私はおとぎ話のプリンセスになりたかった」


博士は小さな頃にここでよく遊んだこと、10歳の誕生日にここでプレゼントをもらったことを、25年経った今でも覚えている。あのとき、自分は本当にプリンセスになった気がしたし、大きくなったらそうなれると信じていた。


――『この傷がなくなったら、もう一度夢を見ることができるかしら?』


もちろん博士は、そのような夢は誰でも大人になるにつれて諦めることは分かっていた。しかし博士が何より悲しかったのは、そんな夢を見るのを無理やり諦めさせられたことだ。


いつか自分を王子様が迎えに来てくれると期待できなくなったこと、お姫様のようなキラキラした生活を夢見ることができなくなったことが、博士にはとてもつらかった。今では鏡に映る自分を見ると、そんなことはとてもありえないと、諦めの気持ちが押し寄せてくる。博士は、プリンセスに憧れていた子供だった頃のことを思い出すたびに、自分はなんて幸せな夢を見ていたんだろうと、思わず涙がこみ上げてくる。


――『夢の叶う確率がどんなに小さなものだったとしても、それが0%と0.1%では全く違うのよ。今の私の顔では、昔のような夢を思い描くことすらできない』


25年ぶりに訪れた、自分が人生の主役だった頃の風景を見て博士は思う。


――『絶対に、私はこの傷を消してみせる。子供が逃げ出すような顔をしたプリンセスなんていないもの」


博士は強い決意を胸に公園を後にした。


しばらくして、先ほどの少年とその両親が、博士がいた場所にやってきた。


「ここに女の人がいたの?」


少年の両親は少し困ったようにお互いに顔を見合わせている。


「うん。その人がここで倒れていて、泣いていたから、すぐにお父さんたちを呼ばなきゃと思って。」


少年は、心配そうに辺りを見渡した。

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