第11話 自分の身は自分で守るしか、ないよな

 最新鋭と思われる銀色の装甲機兵アーマードマシナリー・ミネルヴァの圧倒的な運動性の高さに悠は舌を巻いた。


(陸自はいつの間にあんなのを造ったんだ? 養父とうさんも人が悪いな)


 あんな凄い物を作れるのなら、自分に教えてくれてもいいのではないか。

 そんなことを考え、悠が逡巡している間に戦況に暗雲が立ち込めていく。

 戦いはミネルヴァが優位に進めていた。

 いや、進めているように見えるだけだったのだろう。


 互いの隙を窺いながら、対峙するミネルヴァとクラーケン。

 どちらも機会を窺うものの次の一手に出れない膠着状態に陥っているように見える。

 だが、ミネルヴァの足元にクラーケンの触腕が地中から、静かに伸ばされていることに悠は気が付いてしまった。


(アレはまずいぞ)


 もし、勝負を仕掛けた時に足元から、掬われれば、形勢は一気にクラーケンに傾くだろう。

 しかし、悠にはそれを報せる手立てがなかった。

 それに眼鏡を外し、本来の紅の眼ルビー・アイを見られるのはあまり、好ましいことではない。

 彼の心に迷いが生じている間にミネルヴァはクラーケンの触腕に捕らえられた。


 それだけではない。

 あろうことか、よりにもよって、自分の方に投げ飛ばされていくとは思っていなかった。


 大木の枝から、地面に降りた悠は倒れ伏したミネルヴァに近付き、その大きさとテクノロジーの凄さに感嘆していた。

 あれだけ、何度も地面に叩きつけられながらも輝く白銀のボディにはこれといって、損傷した部分が生じていないように見える。

 足首にも棘の生えた触腕が巻き付いていたのに損傷していない。

 何より、他の装甲機兵アーマードマシナリーは振り回された触腕が触れるだけで手足がもげていたのだ。

 性能の差は歴然としていた。


「動かないな……それとも動けないのか?」


 装甲機兵アーマードマシナリーの操縦席は胸部が開くタイプが主流となっている。

 記憶の片隅にあった断片から、何かを考えついた悠はミネルヴァの胸部に向かった。


(確か、この辺りに緊急時に外部から、ハッチを開く装置があると思うんだが……)


 悠は朧げな記憶を基に何らかの隠された仕掛けを探し始める。

 躊躇している暇はなかった。

 こうしている間にもクラーケンが次の行動に出ないとも限らないのだ。


「あったぞ。養父とうさんの部屋で見た図と同じだ」


 クラーケンは明らかに自分を狙っている。

 そう思わざるを得ない状態に追い込まれている悠に手段を選ぶ余裕はなかった。

 クラーケンを止めるべく、動いていた陸上自衛隊の作戦もほぼ失敗したとしか、思えないのだ。

 では、自分はどうすれば、いいのか?


「自分の身は自分で守るしか、ないよな」


 悠はそう結論付けた。

 幸いなことに装置の操作は彼が以前、見た図にあった通りだった。

 手順に従い、仕掛けを動かすとハッチがゆっくりと開いていく。

 そこには……


「女の子……?」


 悠は戸惑った。

 自分との年頃に見える女の子が陸上自衛隊の隊服に身を包み、操縦席のシートにもたれるように身動ぎもしないでいる。

 目も閉じられたままなので恐らく、意識を喪失しているのだろう。


 衝撃で脱げたと思われるヘルメットは操縦席の床に落ちていた。

 まとめていたと思われる濡れ羽色の長い髪が零れ落ちるように広がっている。

 その様子は状況が状況でなければ、年頃の少年には刺激が強いものだ。

 つい目を奪われた悠だったが、すぐに我を取り戻すと頬を叩き、気合を入れ直した。


「ちょっと借りるよ」


 悠は陸上自衛隊の隊服を着た少女――望月三尉の体をシートからどけると、左右のコンソールに両手で触れた。


(資料でも一度も見たことがないタイプだな。占い師が持っている水晶球によく似た半透明の球があるだけか……)


 記憶に残っていた操縦席の見取り図は旧世紀の重機のコンソールによく似たものだったからだ。


「まずい……あいつが来てしまう」


 動く獲物を求め、クラーケンがゆっくりと蠢きながら、近づいてくることに気付いた悠の焦る心とは裏腹に操縦法が分からない。


(こいつはどうやって、動かすんだ? こんな水晶みたいなので本当に動くのかよっ!)


 未だに閉まろうともしないハッチから、見える状況は最悪だった。

 鞭のようにしなり、風切り音とともにお化け蛸の触手が迫ってくる。


(間に合わないか!?)

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