一時の休息

閑話 戦い終わって

(悠視点)


「ふぅ……」


 黒い二機が去っていき、安堵の溜め息が漏れる。

 しかし、それと同時に俺の中で言い知れない寂しさのようなものを感じた。

 それがなぜだかは分からないのが、もどかしかった。


「おーい、こっちだ。無事なようだな」


 声に視線を向けるとライトグレーの機体が手を振っていた。

 その傍にもう一機いる。

 恐らくは湯沢さんと清水さんのメルクリウスに違いない。


「そっか……あっちも無事だったか」


 ほっと胸を撫で下ろした。

 あの二機は狙撃のサポートだったから、比較的、損傷軽微で済んだんだろう。

 電磁弩リニアアルバレストは一回、発射しただけでも相当な負荷がかかるという話をしていた。

 狙撃手の石川さんとそのサポートについていた篁さんの機体はもっとボロボロになっている可能性がある。


 だが、俺の機体マーズは目立った損傷は少ないだけで、これ以上の戦闘が継続可能な状態には程遠い。

 恐らく、少し動いただけで手足の関節部が限界を迎えるだろう。


「どうにか、終わったか……」


 俺は呟きながら、全身の力を抜いた。

 その途端―――


「はっ?」


 一瞬だけ、目の前が真っ暗になった。

 それは刹那の出来事だったが、視界の隅に赤い警告表示の文字が目に入った。

 全天モニターに示された文字列は『ENERGY EMPTY』。

 エネルギー切れの表示だ。


「おい! 大丈夫か!?」

「どうした!?」


 俺の機体の異変に気付いたんだろうか、二人のメルクリウスが慌てて、近寄ってくる。

 同時にコクピットの計器類から、発する光が徐々に弱っていき、機内が薄暗くなっていく。

 メインモニタに表示されていた外の映像すら、ノイズ混じりになって、よく見えなくなった。




 目を覚ますと最初に目に飛び込んできたのは良く知っている天井だった。

 見忘れるはずもない自分の部屋だ。


「案ずることはないさ。疲れていたんだろう?」

義父とうさん!? あれ? どうなったんだ?」


 ベッドの端に腰掛けていたヨレヨレでダボダボの白衣を着た女の子――光宗 回みつむね めぐるが勢いよく、立ち上がった。

 ずり落ちかけた大きな丸眼鏡を慌てて、手で直す。

 その様子だけを見ていると愛らしい、小さな女の子にしか見えない。


 でも、それは見た目だけだ。

 中身は食わせ者の老人みたいなもの……狡猾で悪魔のような人なのだ。

 いわゆるマッドサイエンティストと言うと本人は否定する。

 『違う。ワシは! いやワシこそが世紀の大天才ぞ!』と。


「何てことないさ。メルクリウスが二機小破。二機中破。一機大破。マーズが一機中破。七機大破。どうということはないさね」

「いやいや! 大問題だろ」


 陸自の最新鋭機と現行機がそれだけ、壊れたんだ。

 問題にならないはずがない。

 マーズは無人機だったから、修復するだけで済むかもしれない。

 だが、問題は小暮さんのところの隊員だろう。


「大丈夫さ。死んではおらんよ。人は死んではおらん。一命は取り留めたから、心配はいらんよ。目標も無事に撃破されている。だから、今は休んでおくといい」

「うん……分かった」

「ワシはまた、ちょっとした旅に出る……」


 それだけを言い残し、ヒラヒラと手を振って、義父とうさんは部屋を出ていった。


 大百足は倒せたのか……。

 ぼんやりとした頭で考える。


 倒したのは多分、黒い幽霊シュヴァルツガイストだろう。

 あの時、赤い光を放つ宙に浮かぶ遠隔操作型の武装……。

 アレは道標として、わざと分かりやすくしていたんだ!

 狙えば、目標を落とせると……。


 そこに何の狙いがあるのかは分からない。

 でも、小暮さんも気付いたんだ。

 そして、一か八かの賭けに出た。

 電磁弩リニアアルバレストの二射目で放たれた日緋色金ヒヒイロカネは見事に残りの触覚を破壊した。

 

 そうでなければ、この家に無事に帰ってこれなかっただろう。


「ふぅ……」


 小さく息を吐いて、布団に潜り込む。

 疲れた身体に布団の温もりが心地よい。

 まだ、残暑が厳しいのにおかしいな……。


 それにしても、妙に現実感がない。

 まるで夢の中にいるような感覚がずっと続いている。


「あーっ!」


 いきなり、大きな声が聞こえてきた。

 びっくりして飛び起きてしまう。


「なんだ? 今の?」

「ああ、起きちゃったか?」


 部屋の入り口に義妹アスカがいた。

 いつもの着た切り制服姿ではない。

 Tシャツにジーンズというラフな格好をしている。


「わたしもちょっと出る」

「あ、ああ」

「じゃあ、行ってきま~すっ!」


 そう言いながら、片手を上げると気合十分に出て行った。

 相変わらず、騒々しい……もとい、忙しいヤツだ。

 そんなことを考えながら、再び横になった。

 すぐに睡魔が襲ってきた……。

 抗うことなど出来ず、眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る