第8話 おいおい、冗談きついって!
「現時刻を以て、対象は第一級怪異クラーケンと識別されました」
大型のティルトローター機が駐屯地を飛び立ち、市街地へと向かっていた。
その下に四本のワイヤーで吊り下げられているのは一機の
水平線の彼方に沈みかけている太陽の光を浴びた白銀のボディは茜色に染まり、さながら芸術品の趣さえ感じられる美しいものだ。
全体を直線的なデザインで統一した機体が多いというのがその大きな理由である。
実際に現行機はすべからく、直方体と立方体を組み合わせた旧世紀の幼児向けの電動ロボット玩具に似ているのだ。
ところが、この銀色の
軍用でありながら、曲線を描く細身のフォルムは優美で戦闘の為に生み出された兵器とは思えない。
頭部には人と同じように二つの視認用カメラ――ツインアイを備えており、額から鋭く尖ったアンテナが伸びていた。
特徴的なのは背の下部から、生えている流線形の突起物である。
「作戦区域に到達しました」
「望月三尉。最終的な決断は貴女の現場での判断に委ねられるとのことです」
『了解』
「牽引装置解除……三尉、御武運を!」
ティルトローター機と
白銀の機体は自然落下に身を任せ、重力に引かれるように落ちていく。
操縦席で重力を直に感じているかのように目を瞑っていた
「行くよ、ミネルヴァ」
呼応するように銀の
左右に大きく展開した背部の突起物が
夕焼けの空を背景に高速で飛行するその姿はまるで一筋の流星のようだった。
暴走
その情景はまるで映画の一コマのようだった。
それを全て、台無しにしたのが突如、鳴り響いた緊急警報である。
怪異も空気を読むことを勉強して欲しいものだと憤慨していた悠だったが、異変を明らかに感じていた。
「あれ? な、なんだ……アレ。こっちに向かってないか!?」
巨大ロボット同士の戦闘に人間ドラマまで見られ、久々に感じる血沸き肉躍るこの感じ! と最高潮に高まった余韻を台無しにする為に現れたのではないか。
そう邪推されてもおかしくない怪異の出現だったのだ。
災害級怪異の出現を報せる緊急警報は非常に珍しい。
その大音響が鳴り響くだけでもパニックを起こすのに余りある。
さらに原因と思しき怪異が明らかに自分を目指しているように悠は感じていた。
(気のせいではないよなぁ。なぜかは分からないが、あからさまに向けられる敵意をはっきりと感じる)
軽く、二階建て家屋の高さを超える体高は先程まで見ていた
見た目は海に生息する蛸に良く似ていた。
遠目でも分かるぶよぶよとした頭のように見える胴体とそこから、伸びる八本の腕足は蛸にしか見えない。
しかし、いかんせん大きいのだ。
(あんなに大きな蛸がいるもんか!)
悠は心の中で毒づいていた。
腕足を入れて、十メートルの長さではない。
胴体部分だけで軽く、十メートルを超えているのだ。
もし、腕足部分も含め計測したら、二十メートルを優に超えている。
そう。
蛸である。
警報の発令により、点滅している信号機を薙ぎ倒し、家屋を破壊しながら、海岸線から、一直線に悠のいる坂の方へと向かってきているその怪異の形状は間違いなく、蛸そのものなのだ。
ただ、異常に大きくて、体表が黒く澱んだヘドロのようで気味が悪いことを除けば、蛸なのである。
「しょうがないか。面倒だから、嫌なんだが……」
眼鏡を外し、胸ポケットにしまった悠は『ああ、本当に面倒だ』と思いながらも帰路とは逆方向に向けて、駆け出していた。
幸いなことに避難・退避で人目はない。
路面を思い切り蹴ると一瞬で家屋の屋根に上がった悠の身体能力は人とは思えないほどに高かった。
そのまま、屋根伝いに移動を始めた悠の動きは路上をただ、走るのよりもずっと速い。
「場所を変えるしかないか」
周囲に家屋がなく、被害が出にくい郊外まで蛸を誘導するしかない。
かれこれ、十分くらいは走っただろうか。
ひたすら屋根伝いに駆け抜けてきた悠の周囲の風景が郊外に入って、変化してきた。
家屋が数少なくなり、代わりのように鬱蒼と木々が茂っていた。
今度は枝伝いに飛びながら、移動していく悠の姿フィクションで描かれる忍者のようである。
『これは意外と楽しいかもしれない』と独り言つ悠だったが、木々も薙ぎ倒しながら、進んでくる蛸もどきに顔をしかめた。
「鬱陶しい蛸が付いてこなけりゃ、最高だったんだが」
ロードローラーなのか、アレは。
そう思わずにはいられなくなり、悠は舌打ちをした。
目の前に存在する物体を意に介さず、薙ぎ倒し、踏み潰し、蹂躙して進む。
自分だけをロックオンして、自分しか目に映ってないんじゃないか?
そう疑ってもいた。
それほどに不自然なまでに悠の後を追ってくる。
「変な声……なんだ?」
蛸もどきから、不思議な声が聞こえてくるのだ。
怨嗟の声。
鬱陶しくも未練がましい声である。
『AAAAAAAAAAMAAAAAMIIIIIIIYAAAAAAA』
蛸もどきの化け物に名前を呼ばれても、ゾッとするだけだろう。
悠は苗字だから、ぎりぎりセーフだと思って、聞こえないふりをすることにした。
かなりの距離を走り抜け、大分、市街地からは離れたと考えた悠はもう、そろそろ大丈夫だろうと感じていた。
周囲は既に木々だけで被害が及ぶ人家はない。
ふと足を止め、空を見上げると弾丸のように飛んでくる銀色の物体が悠の目に入った。
「おいおい、冗談きついって!」
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