第7話 肉眼でリアル・ロボットバトルを見られるとは思わなかったよ。ラッキー♪

「全くの無駄だったわね。役立たずだわ。始末は任せていい?」


 少女は青にも紫にも見える不思議な色――瑠璃色の瞳を細めると猛禽類を思わせる鋭い目つきで床に倒れ伏す少年達を見下ろしていた。

 感情の色が浮かばない氷を思わせる冷たい視線だった。

 ストロベリーブロンドの髪を白く、細い指で気怠るそうに弄ぶさまは年頃の普通の少女にしか、見えない。

 アンバランスな美の彫像と言うべき、美貌の少女だった。


「ああ、いいとも。任せてくれたまえ、サティ君。一……二……ふむ。八だね。丁度いいや。アレにしよう」


 答えた少年の唇が薄っすらと弧を描く。

 酷薄。

 氷の微笑を浮かべる少年の瞳は血の色にまみれている。


「さあ、行こう」


 少年はおかっぱ頭にした薄桃色の髪を揺らし、オーケストラの指揮でも始めたかのような大仰な動作を始めた。

 床に転がっていた不良少年達の体が雑巾を絞るように捩じられていく。

 断末魔の悲鳴と耳を覆いたくなるような骨の砕ける音が響き、多量の血飛沫と臓物が床を汚していく。

 その音を聞く、少年の顔には喜色すら浮かんでいる。


 搾り取られるように流れ出た体液が生命を持った生き物のように重力に逆らって、蠢き始めた。

 数秒も経たぬうちに宙で楕円形の球体が誕生した。

 赤黒く、不気味な剥き出しの心臓は鼓動を刻むように脈動しだすのだった。




(事件は現場で起きてるなぁ)


 被害がどれくらい出ているのか、分からない。

 悠はそのことを不安に思いつつも『まさか、肉眼でリアル・ロボットバトルを見られるとは思わなかったよ。ラッキー♪』と心の中でガッツポーズを取っていた。

 御多分に洩れず、悠もロボットが好きな男の子だったのだ。


 降って湧いたような巨大な人型機動装置同士の戦闘である。

 滅多に見られるものではない。

 ただ、視聴に熱中するあまり、事故に巻き込まれた例も多々、あるのだ。


 五メートルを超えた金属の塊が激突し、喧嘩をする。

 巻き込まれたら、『あいたっ』では済まないだろう。

 だから、巻き込まれない距離感を保ちながら、観察するに限ると悠は傍観者を気取ることにした。


「こ、こらっー! 止まりなさーい!」


 肩と脛に装備されたパトランプを稼働させて、周囲を赤々と染めているのは白と黒のパンダカラーに塗装された警察機兵ポリスマシナリーのカグツチだ。

 耳がキンキンとするような甲高い声から、搭乗しているのが婦警であると予測出来た。

 世界で最も普及した装甲機兵アーマードマシナリーとして、ギネスに記録されたゼファーをベースに開発された純国産ベースの機体である。

 軍用機も民間機も五菱重工が手掛けているのは有名な話だが、警察に供給される機兵マシナリーはかなり好評とされていた。

 原型機のゼファーは直方体と立方体を組み合わせたどこか、カクカクとした面白みのないデザインの外観だった。

 カグツチは市民へのデモンストレーションも兼ね、各部に流線形を取り入れたデザインに一新したことが大きかった。

 その為、小さな子供だけではなく、大きなお友達までファンが多いのだ。


 現行機のカグツチがロールアウトしてから、既にかなりの年月が経過しており、民間の機兵マシナリーによる暴走事故が多発していた。

 そこで事態を打開すべく、開発された次世代機・ミカヅチのロールアウトが近いという噂がまことしやかに囁かれていた。


「んなこと言われても無理なんすよー!」


 五メートルはあろうかというオレンジ色の作業用機兵マシナリーが資材の山を薙ぎ倒し、出来たばかりの壁を破壊しながら、爆走していた。

 その操縦席にはツナギを着たアフロヘアの若い男が激しく動く、機兵マシナリーに体を振られていた。

 警察の呼びかけに半ばキレ気味で粟粒を飛ばして、叫び返す姿を見てると本当にアクション映画の一コマを見ているようだ。

 

 作業用の機兵マシナリーにはヘッドレスと言うあだ名が付けられている。

 理由は簡単だ。

 頭部がなくて、操縦席が剥き出しになった見た目そのまま、なのである。

 胴体の上部に椅子やコンソールといった操縦席が露出した状態で装着されているから、一見するとSF映画に出てくるパワーローダーに近いだろう。


「と、とまりなさーい! う、う、撃ちますよ!?」


 婦警の乗ったカグツチはこれ以上、追いかけても追いつかないと判断したのか、足を止めるとリボルバー型の携行銃を取り出し、構えた。

 カグツチの携行銃は両太腿に収納されている。

 それを取り出す場面を見られただけでも価値があるのだ。

 厳しい制約のある警察機兵ポリスマシナリーは滅多なことで火器を使用しないからだった。


 絡まれ、殴られ、蹴られた散々な一日だったが、密かに好意を抱く百合愛の意外な表情を見れただけではなく、この大捕り物に遭遇した悠は『意外とツイている日なのかもしれない』と思い直していた。


「ほ、ほ、本当に撃ちますからね! 撃っちゃうんですよ! いーんですか!?」


 カグツチが遠目でもはっきりと分かるへっぴり腰の姿勢で構える。

 構えているリボルバーは思い切り、揺れているので目標が全く、定まっていない。


(あんなので撃って当たるのかな?)


「待てーい! ここはワシに任せんしゃい!」


 悠が疑問を感じた時、救世主が現れた。

 本当に映画の一コマを見ているようだった。

 後方を駆けていたもう一機のカグツチが射撃体勢に入った。

 携行銃二挺を西部劇のガンマンのように構える。


(凄い!!)


 火を吹く二挺のリボルバーから、放たれた弾丸が爆走機兵マシナリーの両膝をきれいに撃ち抜き、粉砕していた。

 工事現場から、通りに飛び出す寸前だったから、間一髪だった。

 見事な射撃の腕と言うしかない。


(しかし、リボルバーじゃなくて、もっと適した火器はなかったんだろうか?)


 そんな疑問が心に浮かんできた悠が首を捻り、考え事をしているとけたたましい耳障りな金属音が響き渡った。


「あの婦警さん……射撃じゃないなら、やれる人なのか」


 膝を破壊されて、動けないと思われた爆走機兵マシナリーはまだ、沈黙していなかったようだ。

 無事な両腕を使い、這ってでも通りへと出ようと暴れていたところを追いついた婦警のカグツチが止めの一撃を加え、沈黙させた。

 腰部に収納状態で収められていたストレートバトンを素早く、展開すると胴体中央部に内蔵されている動力部を一突きで仕留めたのだ。


 ようやく終わった大捕り物だが時間としてはそんなに長いものではなかったのだろう。

 長く見積もっても十五分くらいだろうか?

 見応えがあり過ぎて、ショートムービーを見た後のような感覚を覚える者がいてもおかしくはない。


(どうせ、この暴走事故も警察の機兵マシナリーの活躍もニュースで報じられることはないんだろうな。情報統制が敷かれてるからなぁ……)


 養父から、情報統制とその裏に隠された真実について、聞いていた悠は眉をひそめる。

 機兵マシナリーが関わる事故はなかったことにされていたのだ。


(さて、今度こそ、ちゃんと帰るか)


 その時だった。

 悠がポケットにねじ込んでいたスマートフォンが騒々しいチャイムとバイブレーションで緊急事態を報せる。

 同時に市民に緊急避難を喚起するサイレンが木霊するのだった。

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