記録の紛失
GumBase
第1話
倉庫の天井に届くほどのスチール棚にぎっしり詰まったファイルを、端から一冊一冊中身を確かめては棚に戻すという途方もない仕事をかれこれ一か月は続けていた。数千冊はあろうというファイルを前に、私の仕事はいっこうに終わる気配が無かった。
チーム長から2022年2月23日の記録を紛失したので原本を探してほしいという指示があり、記録とは何のことかと聞けば、オフィスの片隅に山と積まれていた青いプラスチックカバーのファイルを指し示し、あれは実はゴミではなく大事な記録なのだと言った。倉庫に運んでいないぶんを、誰も運ぶ者がいないためオフィスの隅に放置したままになっているのだと言った。
会社設立から今日まで一日も欠かさず記録を取って、一日に一冊のファイルを作成しており、閉じたファイルは会社から車で10分の場所にある倉庫に保管してある。その中から2022年2月23日のファイルを見つけてほしいという仕事だった。簡単な仕事だと思ったが、一か月探し続けても目的のファイルは見つからなかった。表紙にも背表紙にもラベルは無く、日付を確認するにはいちいち中身を調べる必要があった。
22日のファイルと24日のファイルの間に一冊分の空きがあり、最初は誰かに持ち去られたことを疑ったが、倉庫内の他のファイルを調べているうちに全てのファイルが日付通りに整理されているわけではないことが解ったので、端から一冊ずつ日付を確認する作業を続けるしかなかった。
ファイル整理の担当は違う部署の誰からしかった。ある日事務の伊藤さんに担当者を尋ねると、故人でも思い出したかのような口ぶりで、彼は数年前から休職しているのだと言った。オフィスの隅に整理されずに積み上げられていたファイルは彼の仕事を誰も引き継いでいないせいだった。彼がいない今、2022年などという古いファイルがどこにあるかなど誰も知らないのであった。
仮に持ち去った人間がいたとして、何故持ち去ったのかも、いつ持ち去ったのかも知りようがなかった。持ち去ってくれているなら諦めればいいのだが、持ち去られたという証拠が無い限り、持ち去られていないものとして探すしかなかった。
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