コラリリタウンのマリームーン

ひゐ(宵々屋)

01.クラゲのマリームーン

 海辺にあるコラリリタウンは、有名な観光地。家々は淡い珊瑚色、海は透き通った水色と、まるでおとぎ話に出てくるような美しい街です。


 特に美しい時期と言われるのが春で「花桟橋祭り」には多くの観光客がやってきました。


 花桟橋祭りとは、海に伸びた大桟橋で行われるお祭りです。大桟橋は花で飾り付けられ、また街全体も様々な花で飾り付けられます。この時期、空気は甘い花の香りに染まり、また人々の活気と幸福に満ちるのです。風が吹けば紙吹雪のような花弁がひらひら。白波をたてる透き通った海へ踊り出ます。


 少年ジェフの働くお店「フラワーナイト」も、とても賑わっています。海につきだしたこのお店には、街の名物の一つでもあるパンケーキがありますから、観光客が次々にやってきます。そしてここは観光客だけではなく、地元の人々にも愛されるお店。この忙しい時期に、たくさん働いたので一休みしようと、ジェフの顔なじみの人々もやってきます。


「ジェフ! 今日も賑わってるなぁ、手は足りてるかい?」

「やあ貝殻屋のおじさん! 正直に言うと、足りてないよ! でも、おじさんも忙しいでしょ? いつもの奴作るから、ゆっくり休んで待っててよ!」


 ジェフはこの店の一人息子。十四歳の少年です。普段なら、両親がこのお店フラワーナイトを仕切っていますが、花桟橋祭りの時期、二人はお祭りの手伝いにいかなくてはいけません。だからジェフが、他の従業員に支えられながら、お店を切り盛りしていました。


 キッチンに戻れば、ジェフはパンケーキを焼き始めます。と、そのとき窓の向こう、青い海に大きな月を見つけます。


「やあマリームーン! お店を見に来たの? こっちはなかなか大変だよ!」


 海に浮かぶ白い満月の正体は、巨大なクラゲでした。これも、この街の名物の一つ。マリームーンと呼ばれるクラゲです。傘の縁にはフリルがついていて、まるでかわいらしい日傘のように見えます。海中でゆらゆら揺れる触手は繊細なレースのよう。そしてマリームーンはゆったりと漂っていますから、その心落ち着く様子に、皆に愛されていました。


 特にジェフは、街の誰よりもマリームーンを気に入っていました。何故なら、マリームーンがとても優しいクラゲであることを、一番に知っていましたから。


「僕のこと心配してるの? 大丈夫だよ!」


 かつて、ジェフはマリームーンに助けられたことがありました。幼い頃、誤って海に落ちてしまったのです。

 泳げなかった幼いジェフは大パニック。けれどもそこにやってきたのが、マリームーンでした。マリームーンは、その傘にジェフを乗せて、浜まで運んでくれたのです。


「そうだマリームーン、花桟橋祭りはもう見た? 今年も、とっても綺麗で盛り上がってるんだって!」


 マリームーンはゆらゆらと海中で揺れました。その様子を見て、ジェフは微笑みます。そして「それじゃあね」と、できあがったパンケーキを手に、ホールへ去っていきます。


 マリームーンはクラゲですから、言葉を発しません。しかし考えることはできました。


(ジェフ、今年も忙しそうね。でも楽しそう)


 忙しそうにしていたために、心配してやってきたのですが、この賑わいにジェフも心を弾ませているようです。マリームーンはふわふわと海中を進んでいきました。お祭りは地上で行われますが、その賑わいは、海まで響いてきます。するとマリームーンも、なんだか楽しくなってくるのです。


 それと同時に、どうしても、寂しさも感じてしまうのです。


(いつも地上は素敵だけど、お祭りの時期は、もっと素敵ね)


 海から街を見ることはできました。花に飾られた街道、家々。幸せそうな人々。どれも素敵です。しかしクラゲのマリームーンは、そこに行くことができません。


 残念な気持ちを抱えながらも、マリームーンは花桟橋祭りの大桟橋へ向かいます。

 花桟橋祭りは、観光客や地元の人で、とても賑わっていました。沢山の花の鉢植えが並べられた花桟橋祭りの大桟橋は「ガーデン・ピア」と呼ばれていて、先にはガラスの植物園がありました。海上の植物園です。


 花桟橋祭りとは、陸地からこの植物園へ、複数人で踊りながら進むお祭りです。植物園についたのなら、珊瑚色の薔薇がもらえるだけではなく「一緒に踊りながら進んだ者は、仲良くなれる」というお話もあるために、恋人達にとても人気なお祭りです。マリームーンが海から眺めれば、いままさに、恋人同士でしょう若い男女がお祭りに挑もうとしていました。観衆からは冷やかしの声が聞こえて、二人は顔を真っ赤にしていましたが、それでも足をそろえて一歩踏み出します。


 ゆったりとしたダンスです。くるくる回るように少し進めば、二人の顔から緊張が消えます。二人は見つめあい、微笑みあい、気付けば自分達だけの世界に入っていました。


 無事に植物園前に辿り着けば、そこにいた観衆も、陸地にいた観衆も、二人に拍手を送りました。そして二人は珊瑚色の薔薇をお互いの胸にコサージュとして飾り付けあいます。


 お祭りに参加するのは、カップルばかりではありません。夫婦もいますし、友人同士で参加するグループもあります。まだ小さな子供を連れて、ゆっくり踊る家族もいます。


 どれもみんな、素敵です。中にはダンスの後にプロポーズするカップルもいます。


 老夫婦の姿もありました。この老夫婦は、とても愉快でロマンチックなダンスを見せてくれました。最初こそ、まるでワルツを踊るかのように進み始めましたが、突然足でリズムを刻み始めたかと思えば、二人は激しくも軽快に踊り始めたのです。これには観衆も大盛り上がりで、手を叩いていました。もしかすると、二人はプロのダンサーだったのかもしれません。


 海の中から大桟橋を見上げるマリームーンは、うっとりとお祭りを眺めていました。


(私も参加できたらいいのにな)


 花桟橋祭りは、仲良くなるお祭りです。もしもジェフと参加できたのなら、なんて考えてしまいます。


 けれどもマリームーンはクラゲですし、言葉も喋れないのでした。だからこそ仲良くなりたいと思うものの、それはどうにもできないことで、マリームーンはただ、海に落ちてきた薔薇の花弁を触手で遊んでいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る