後編 名人を超え、神となる
ノリマサは師タモキンの言葉を聞き、すぐに西へ向かって旅立った。
師の言葉が耳に残ってやまない。
「我々のストツーのごときはほとんど
もしそれが本当だとすれば、「天下第一のストツーリスト」というノリマサの野望の達成も、まだまだはるか先にあると言わざるを得ない。
児戯、つまりおのれの技がこどもの遊びのごときものかどうか、とにもかくにもそのアマバエ
あせったが新幹線にのっているのでどうあせろうが早く到着するものではない。
その点に気がつくと、ノリマサは平静に戻ろうと屁をひとつ放ち、駅弁をふたつ平らげ、また屁をひとつ放って現地でタクシーに乗り込んだ。
2時間あまりタクシーを走らせ、ようやく目指すニワカ乙の山頂へとたどり着くと、「すべて妻の金でここまで来た」と感慨にふける。
そんな鼻息あらぶるノリマサを迎えたのは、羊のようなやわらかな目をした、しかしひどくよぼよぼのじいさまである。
年齢は100歳を超えているのではないか。
腰が曲がっているせいもあって、長く伸びた白いヒゲを地面にひきずっている。
相手がおじいちゃんなので、耳も遠かろうとノリマサは声をはりあげて来意を告げる。
「老師! 自分の技を見てもらいたいのですが!」
あせったノリマサは相手の返事も待たず、いきなりスマホを取り出すやひょっとこみたいな顔をし、ひょうきんな動きで158コンボを叩き出した。
いやひょっとこみたいな顔をする必要は特になかったのだが、お面をしていたときの
しかしこれで自分が専用コントローラーを用いず、このようなふざけた状態でも
あごのしゃくれ
ほっほっほ、とアマバエ老師はおだやかに笑って言った。
「ひととおりはできるようじゃな」
アマバエ老師は笑みを崩さず、こうつづけた。
「しかし、それはしょせんテストで満点を取って『じょうずにできましたね』とほめられたようなものにすぎん。ボウヤはまだ『ゲーム』という枠にとらわれていなさる」
ムッとしたノリマサを導き、アマバエ老師はそこから少し歩いた崖の上まで連れていく。
そこの
その崖から、1メートルあまり空中へ向かって伸びた、変わったかたちの岩がある。
アマバエ老師はつかつかとその岩にのぼり、ふりかえるとノリマサに言う。
「どうじゃ。この岩の上でさっきの超絶プレイをもう一度見せてくれぬか」
いまさら引き下がることなどできぬ。
ノリマサは不安を
――さっきじいさんが乗ってたんだから、だいじょうぶなはずだ……
ゴクリと
その
からん、ころん、からん。
どこまでも落ちていく石の音が、落ちていく「ノリマサ自身」を連想させる。
立ちあがろうと足に力を入れるが、膝はぶるぶると震え、汗は全身を濡らすほどににじみ出た。
立つことさえできない。
岩と同化してしまったような状態のノリマサに、アマバエ老師は「ほっほ」と笑いながら手を差しのべた。
ていねいにノリマサを岩からおろし、老人はもう一度ひょいと岩にとびのると、
「では、ささやかながらワシのプレイをお見せしようかな」
と言った。
ノリマサはまだ
「しかし、スマホは?」
老人は素手で、なにも持っていない。
「スマホ、あるいはコントローラーも、画面もなく、なにを、どうやってプレイするのですか?」
「スマホ?」
老人は笑う。
「スマホを必要とするうちは、まだ『ゲーム』の枠の中にすぎん。その枠からひとたびそとへ出れば、高精度のコントローラーも、8Kのモニターもいらんのじゃ」
8Kとか意外と
数瞬だけ、オーケストラの演奏を導くような優雅さで手を動かす。
ノリマサが異変を感じ手元のスマホを見やると、ノリマサの扱うキャラクターが乱入を受け418コンボをくらい惨敗していた。
ノリマサは、全身の毛が
いまにして、はじめてストツーというその
こののち、9年のあいだ、ノリマサはこの老人のもとにとどまった。
そのあいだ、どんな修行があったものか、ひとつの動画もアップされず、一本のブログも書かれなかったため、それはだれにもわからぬ。
9年経って山をおりてきたとき、人々はノリマサの顔つきが変わったことに驚いた。
以前の気の強い、勝つためなら相手のプレイも邪魔する
ひさしぶりに旧師のタモキンをおとずれたとき、しかし、タモキンはこの顔つきを見ると
これでこそはじめて天下の名人だ! われらのごとき凡人に、理解の及ぶはずはない、と。
TOKYO、いや、インターネッツの世界は、天下一の名人となって戻ってきたノリマサを迎えて、やがて繰り広げられるであろう超絶プレイへの期待に湧きかえった。
ところがノリマサは、一向にその期待に応えようとはしない。
いや、スマホを手に取ろうとさえしない。
山に入るとき持っていった最新のアイポォーン47も、どこかへ捨ててきた様子である。
じれた末、それをたずねた勇気あるインタビュアーがいた。
「ノリマサさん、スマホはどうしたんですか? もし専用コントローラーが必要なら、ほら、ここに用意しましたよ」
そう質問を受けたノリマサは、ものうげにこう答えた。
「
なるほどわからん。
これがこのインタビューを見たネット民の総意であったが、それでもひと言もの申したい一部の面々はつぎつぎにコメントした。
「達人になるとこの領域に来れるのか」
「宮本武蔵がこれと似た趣旨の発言を
「まるで意味わかんなくて草」
とにかくお祭り騒ぎがしたいだけのネット民はそれぞれ好き勝手に解釈した。
スマホを持たざるストツーの名人は一部の誇りとなり、ノリマサの家はネットにさらされ有名になる。
ノリマサがストツーにふれなければふれないほど、彼の「無敵」という評判は尾ひれ腹びれをもって
尾ひれ腹びれはさまざまなかたちに
いわく、深夜、日付の変わるころ、誰も操作していないはずのストツーが動き出し、人外としか思えぬ動きで戦う映像がライブ配信されていた。
けだし、ノリマサ名人が2つのキャラを同時に動かし修練を積んでいるのであろう。
いわく、ノリマサ名人の自宅の上空で、やけに大きな雲があるなと思ったらストツーのキャラに変じ、
ゲームを超えた、永遠に尽きることのない湧き水のごとき美コンボであった。
いわく、とある空き巣が、ノリマサ名人のウワサを聞き深夜に家へ忍び込もうとしたところ、どこからともなくストツーのキャラであるリョウの波動が飛んできて、頭がアフロになった結果自首をした。
こうしたウワサが広がって以来、邪心をいだくものはノリマサの自宅を避けて通るようになり、空を行き交う飛行機は万が一のため彼の家の上空を通らなくなったとのことである。
雲のように立ちこめるそうした名声の中、名人ノリマサは次第に老いていき、移り変わりの激しいネット界隈では一部のコピペとして残る伝説をのぞき彼のことを忘れていく。
「おれんちの上、飛行機通らないんだけど質問ある? コピペ 元ネタ」のワードで検索する
どろにんぎょうのようと言ったノリマサの顔はさらに表情をうしない、言葉を口に出すこともまれとなり、ついには呼吸しているかどうかも定かでなくなった。
そうしていつしか、風が運動場の砂を運ぶように静かにノリマサはこの世を去った。
そのあいだ、彼は「ストツー」の4文字を口にすることはなく、もちろんストツーをプレイすることもなかった。
できれば、こんな物語を書きはじめたものとして、いっちょ老名人のものすごい武勇伝として118歳にしてストツーの世界大会で無双するストーリーでもこしらえたいところながら、孫の視点で「おれんちのヨボヨボじいちゃんにストツーさせてみたら天下無敵だった件www」というタイトルの
ただ、次のような妙な話がひとつ残っている。
その話というのは、ノリマサの死ぬ1~2年前のことらしい。
ある日、老いたノリマサが知人の家に行ったところ、その家のこどもたちがやっているゲームを見た。
たしか、見おぼえのあるようなゲームだが、どうしてもその名前が思い出せぬ。
ノリマサはその知人にたずねた。
「これはなんていうゲームですかな」
知人は、ノリマサが冗談を言っていると思って「またまた」と大きく笑った。
が、ノリマサはまた真剣になって「このキャラクターの名前は?」とたずねる。
知人は「からみづらいノリだな」と思ってあいまいな笑みを浮かべた。
しかし、
問いかえす代わりにノリマサの目をじっと見つめる。
相手が冗談を言っているのでもなく、気が狂っているのでもなく、また自分が聞きまちがいをしているのでもないことがわかると、彼はほとんど恐怖に近い
「ああ、ノリマサさんが、あの達人であるノリマサさんが、ストツーを忘れてしまったというのか! ストツーのゲームそのものも、キャラの名前すらも!」
その話がインターネットで伝わると、絵を描く人は絵筆を折ってペンタブを物置の奥にしまい、プロゲーマーはコントローラーをドブ川に投げ捨てゲーミングチェアを空気イスへと変え、一部のネットコメンテーターはふくんだコーヒーをパソコンに浴びせながら「ボケてて草」と書き込んだということである。
完
【短編ギャグ】35歳プロゲーマー志望のおじさんだって珍妙な修行をすれば名人になれるんだもん伝 七谷こへ @56and16
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