オストガルト

第7話

「この子供かい? アンタらじゃなくて?」


 禿頭とくとうに派手な傷跡のある大男はカウンターの向こうで怒鳴った。

 本人に怒鳴った意識はないのだろうが、声が無駄に大きく、周囲を不必要に威嚇するような口調なので気の弱い者であればたまらないだろう。


 ここはオストガルトに駐在する正規の兵隊とは別に、各地からの流れ者が集まる傭兵団の受付であった。

 この大男も、受付カウンターにいるのなら受付の事務担当者であることは違いない。

 荒くれ者が集う場所であり、中には荒くれを通り越した無法者もいることを考えれば、可憐な乙女ではなく、このいかつい男が受付にいることも適材適所の結果なのかもしれなかった。


「ここで働きたいんだとよ。頼むよ」


 セオドアは陽気な調子でパチンと両手を合わせたが、受付の大男は三白眼を細めた。


 それからカウンターに上半身を乗り出すようにしてルドルフの全身をじろじろと眺め、再びセオドアを睨む。


「アンタら、まさか人買いじゃないだろうな。トラブルは御免だぜ」


「ここでコイツを雇ってもらったって、俺達には一銭も入らねーだろ」


「売れねえから手放したいとかじゃねえのか?」


「違うって!」



 長々ながながと続いた問答の末、結局セオドアとリードが共に傭兵団に加入するということでルドルフの入団は認められることになった。

 あの受付の男はなかなかり手であったようだ。

 セオドアとリードは見るからに世慣れているし、二人だけで旅をしているのなら心得があるはずで、傭兵団としては歓迎すべき人材である。ルドルフは明らかにオマケであった。


「あークソむかつく、あのハゲ。人をさんざっぱらガキさらい扱いしやがって」


 すっかり不貞腐ふてくされたセオドアはブーツも脱がず、宿のベッドに身を投げ出した。


「それでいいようにされてちゃ世話ねえな」


 リードがふんと鼻で笑って、部屋に一脚しかない椅子に座り、突っ立っているルドルフの方を見た。


「なあロル、気にすんなよ。この馬鹿の見積りが甘いのがいけねえんだ。いつものことさ」


「うん、ありがとう。二人のおかげで傭兵団に入れた。……でも、ごめん。俺が子供だから迷惑かけて」


 リードは黙って少年を見つめる。セオドアも半分ベッドにうずめた顔をこちらに向けていた。


 開放された宿の窓から夕暮れの色が部屋に侵食してくる。

 それに合わせるかのように、街の外の森の中から獣の遠吠えがかすかに聞こえた。


「あーあー! もう辛気臭えなあ!」


 いきなりセオドアが叫んで、勢いよくベッドから跳び起きた。


もんは仕方ねえ! 久々にでけえ街まで来たことだし、ちょっくらハメ外してくるとすっか!」


「え……」


 呆気にとられるルドルフを尻目にセオドアは扉に向かって歩き出す。

 リードもセオドアの後を追うように立ち上がった。


「んじゃ俺も。ロルはイイ子してな。街から出ねえなら好きにしてていいけど、でも裏通りには行くんじゃねえぞ」


「何だよ、お前も来るのかぁ? やかましい場所は嫌いなんじゃなかったのかよ」


「いいだろ別に。あそこなら風呂も使えるし。俺だってたまには本職プロの女に触りたい時くらいあるさ」


「触ってもらうの間違いじゃね?」


 ぎゃいぎゃいと騒ぎながら出ていく大人二人を見送って、ルドルフはさてどうしようかとがらんとした部屋を眺めた。

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